4-ⅩⅨ ~心配性なお義兄さん。~
結局のところ、石碑を見ただけなので、そこまで時間はかからなかった。テレビのように撮影の準備をしたり、というわけでもない。
蓮たちの石碑見学は、おおよそ20分程度だ。だが、戻ってきた時には日も暮れていた。
キャンプに戻ると、夕月たちがバーベキューを行っていた。
「おお、もどったか、君たち」
「ええ。面白いものが見れました」
「だろう? 俺たちも驚いた。海の守り神なんて、昔の人はファンタジックだよなあ」
「本当にそうですねえ」
安里はそう言いながら、バーベキューで焼いた魚を頬張る。
「……しかし、野菜も食いてえな、こうも魚ばっかりだとよ」
「そう言うと思って、はいこれ」
愚痴る蓮の皿に、焼かれた山菜がどっさりと置かれた。見ると、愛が笑っていた。
「……いつ採ったんだよ、こんなに」
「食べられそうな山菜、一杯あったから」
見れば、塩コショウの味付けも済ませてある。口に入れて見ればいい塩梅だ。
「うっめ」
「え、ほんとに? ……あ、ほんとだ」
便乗してきた夢依が山菜を食べて声を漏らす。愛はふふん、と鼻を鳴らしていた。
「さすがはお弁当屋さんの娘ですね」
「えへへ、お魚も焼きますよ?」
「どっちかっていうと屋台の娘でしょう、これは」
芸人の言葉にどっと笑いが起きて、島での夜は更けていく。
そしてとうとう眠る時間だ。テントは全部で4つ。テレビクルーの男女で1つずつ。安里探偵事務所の男女で1つずつだ。
「蓮さん、どう思います?」
テントの中、もとい安里探偵事務所の中で、安里はコーヒーを飲みながら蓮に問うた。
「どうって、何が」
蓮も寝転がっているのは、特等席である応接用のソファだ。こいつらはテントの中から、自分たちのホームに一時的に帰ってきていた。
テントの中に入った時に蓮は「できるならこれで行きゃ良かったじゃねえか」とキレたが、安里曰く「事務所からポータルを繋げるのは難しい」そうだ。
「これ、愛さんたちには内緒ですよ」
「わかってるよ。バレたらむくれそうだ、アイツ」
言いながら蓮はスマホを操作して、亞里亞に石碑などの写真を送る。島では圏外で送れなかったからだ。
「それで、どう思います? あの島の事、お宝とやらの事」
「くっそどうでもいい」
「ですねえ」
2人の意見は完全に一致していた。この野郎どもは、ロマンというものに欠片も興味が無かったのだ。
「あ、俺ちょっと家帰っていいか」
「おや。どうしました?」
「翔が無事か心配だからちょっと見てくる」
蓮が気にしているのは、弟の翔のことだ。ストーカーに狙われている彼の貞操が無事か、兄貴としては心配で仕方がなかった。
ストーカーは現役アイドルであり、現在かなり遠くまでロケに行っているそうだが、アイツの事だから何かしらの手段で戻ってきていてもおかしくない。それこそ蓮がこうやって帰ってきたように。
(……芸能人に好かれてるってなりゃ、普通は両手上げて喜ぶんだろうけどな)
なにしろ、窓から不法侵入して弟に不埒な真似をしでかそうとする女だ。両手を上げて逃げるのが普通だろう。
夜中の家路を、駆け足で走る。今の時間は電車も走っていないが、蓮にとってはあまり関係ない。電車を使うより道を走った方が、はるかに速いのだ。
そして、二日前に出たばかりの実家に着く。一応旅行中という体なので、家に入るのはなしだ。すばやく家の屋根に跳びあがる。
すると、やっぱりいた。
「……よう」
「…………えっ!?」
窓を開けようとするピンク髪の女。黒い外套を着て闇に紛れてはいるが、その姿は蓮にははっきり見えた。
現役アイドル、四宮詩織である。
「お義兄さん!? 沖縄にいたはずじゃ……むぐぐっ」
「声でけえよバカ! 翔が起きるだろ!」
叫ぼうとする詩織の口を慌ててふさぐ。詩織もそのまま、状況をすぐに把握できたのか頷いた。
「……よし」
蓮は窓から翔の寝姿を検めた。ぐっすり眠っているようで、起きる気配はない。
詩織を屋根から蹴り落とすと、自分も颯爽と屋根から降りた。
**************
「……あの得体の知れない事務所の所長さんですか」
「おう。察しがいいな」
二人がいるのは、24時間営業の牛丼屋である。客は蓮たちのほかには誰もいない。ワンオペの店員が、ちらちらとこちらを見ているのがわかる。腐っても有名人の詩織のせいだろうか。それとも、黒いコートを着ている格好のせいか。
蓮は頼んだ「チーズ牛丼エンペラー盛り(並盛のおおよそ8倍)」をかきこむ。魚と山菜もいいが、やはり肉と米は最高だ。ダイレクトに胃が満たされる感覚がたまらない。
「うええ……よくそんな入りますね。見てて気持ち悪くなるんですけど」
「おめーのけったいな格好よりマシだろが。……聞きたかねえけどよ、お前その下……」
「? 下着ですけど」
「あのさあ……」
さっきからコートの下からちらちら見えてはいたけれど。こいつの下着、下着とは言えないほどスケスケの布地だ。さっきからコートの下で覗くピンク色は、下着の色だと思いたい。
もしコイツの侵入を許していたら、弟の性癖がゆがむ、最悪トラウマになりかねない。帰ってきて本当によかったと、蓮は安堵した。
「翔も厄介な奴に好かれたなあ」
「厄介って言ったらお義兄さんもでしょ。ブラコンもここまで来たら異常ですよ」
などと、痴女が牛丼食いながらのたまっている。
「はあーあ、お義兄さんが沖縄にいるって言うから、ロケの撮れ高確保してディレクターと「お話」して、速攻で帰ってきたのになあ」
「ほかの連中はどうしたんだよ」
「呆れた顔して一緒に帰ってきましたけど」
蓮は頭を抱えた。この分だと、アリバイ作りのために2、3日学校をサボる腹積もりだろう。
「とにかくだ。俺はいつでも帰って来れるから、変な気起こすんじゃねえぞ」
「はーい」
そう言う詩織は牛丼を頬張る。気づけば最後の一口だ。
「ごちそうさまです」
「は?」
両手を合わせる詩織に、蓮は眉をひそめた。
「この格好で、財布なんか持ってるとでも?」
詩織はニヤリと笑ってコートの胸元を開く。グラビアで武器にしているほどの豊満な谷間を見せつけてくる彼女の頭に蓮は手刀を叩き込んだ。ドヤ顔で見せてきたので、何かムカついたのだ。
結局、支払いは2000円を超えた。牛丼しか食べていないのに、結構な出費である。
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