4-ⅩⅧ ~無人島の謎の石碑~

「着いたぞ、ここだ」

「おおー……」


 ヤシ落としが案内してくれたのは、いかにもな感じの洞穴だ。


「石碑は、この中にある。見るなら好きにしろ」

「なるほど……じゃあ」


 最初はテレビクルーが入り、後で蓮たちが入る段取りだ。石碑の映像だけでも、先に撮ってしまうらしい。


 テレビクルーと夕月たちが先に入っている間、蓮たちは洞穴の前で待っている。この島は電波が届かないところにあるらしく、スマホは圏外だった。

 だが、蓮はスマホをあちこちに向けると、写真に次々と収めていく。


「おや、写真なんて撮る性分でしたか?」

「亞里亞に『資料になりそうな写真送れ』って頼まれてんだよ。忘れたらどやされる」

「ああ、妹さんですか」


 そしてしばらく黙り込んだ後、安里は気づいた。


「……今になってそんなことをするという事は、今の今まで忘れてましたね?」


 もっといい撮影ポイントなら、たくさんあったはずなのに。


「うるせえな、仕方ねえだろ! 色々あったんだからよ」


 つまりは、その前までは本当に忘れていたのだ。


「帰りに、またあの海底都市でも寄りますか。あそこ、ゲームの素材にちょうどよさそうですし」

「……そう言えば、帰りってどうするんです? あの人たちも、ボーグマンさんに乗せるんですか?」

「うーん……なんか適当に繕っておきましょうか」


 やろうと思えばどこぞのカプセルのようにボートを出すことも可能だが、実際そんなことをやったら大騒ぎになるに決まっている。ボートを適当に用意しておくにしても、ばれないようにこっそりやる必要があった。


「なんだ? お前ら。海底都市って」


 夢依と土いじりをしている(いつの間にか仲良くなっていた)ヤシ落としが、安里の言葉に反応した。


「ああ、ここに来る途中海の中で見つけたんですよ」

「海の中? それってここの近くか?」

「そうですねえ、マングローブの近くだったはずですけど」

「だったらお前ら、村をみてきたってことか」

「村?」


 蓮が首を傾げると、ヤシ落としが説明してくれる。


「この島、昔はもっと陸地が多かったんだ。長い年月で、海に沈んじまったけどな」

「ってことは……」

「ここも元々は大きな山のてっぺんだったんだが、今じゃあこの有様よ」

「村の人は、この山に来たりは?」

「そりゃあ、していたさ。お前らの言う石碑ってのは、祭壇にあるんだから」


 この島のてっぺんにある石碑。かつて、村に住んでいた人々は高い山を登ってお参りに来ていたらしい。


 それこそヤシ落としが精霊として自我の芽生える前から、その石碑はあったのだそうだ。


「人間たちも、こんな高い山の上によくもまあ来るもんでなあ。殊勝なもんだと思ったもんだ、当時は」

「その石碑っていうのは、一体何なんです?」

「海の守り神の石碑よ。この海には守り神様がいて、それが俺たちを守ってくれるんだ」

「守り神、ねえ」


 蓮は周辺の写真を撮りながら呟いた。実際のところ、ヤシ落としの話にほとんど興味はない。亞里亞にどやされる方が、まだ関心があった。


(……石碑、使えるかもな)


 そんなことを考えていると、洞穴からテレビクルーが出てくる。どうやら石碑の撮影が終わったらしい。


「終わりましたか?」

「ええ」


 安里に問われた夕月が、にこりと笑って答える。笑った顔は、どことなく安里に似ているような気がする。とはいえ、こっちは胡散臭いものとは違い、心からの笑顔だろうが。


「いやあ、いい画が撮れたよ」


 ディレクターたちの表情も、どこか安堵に満ちている。最低限の撮れ高は確保できたようだ。


「それじゃあ、次は僕たちが」

「ああ。俺たちはキャンプを用意しておくから、さっきの浜辺に戻ってきてくれ」

「お願いしますね」


 安里たちが用意したキャンプ用のテントを張りに、ディレクターたちは戻っていった。


「じゃあ、お前らも見に行くか?」

「ええ、そうしましょうか。乗り掛かった舟ですしね」


 安里がそう言ったのを皮切りに、蓮たちも洞穴の中へと入っていった。


**************


「なんか、明るいですね」


 洞穴の中を歩く中、愛が呟いた。

 外の光はもう刺しこまないところまで歩いているだろうに、不思議なことに視界は明瞭なのだ。


「ヒカリゴケですね。そこかしこに生えてます。ここまで発光しているのは妙ですが」

「ん? 海の向こうのコケは光らないのか?」


 首を傾げるヤシ落としに、安里は困ったように笑った。


「普通は光らねえんだよ、コケってのはよ」

「そうなのか。お前ら不便なところに住んでるなあ」


 こいつら、本土に来たら一体どんなリアクションをするのか。


「ところで、石碑ってことは何かの意味があるんですよね? それは知ってるんですか?」

「ああ、聞いたわけじゃないが、一目見ればわかると思うぞ。海の守り神を祀ったものだな」

「守り神……ですか?」

「ま、見ればわかる」


 ヤシ落としがそう言って笑う間に、外からの光が差し込む場所に出た。そこには蓮の身長の2倍ほどの石板が立っている。それを囲むように、人工の石造りの痕跡が残っていた。祭壇とやらの跡だろう。


「これだ、これが石碑になる」

「おお……」


 石碑に描かれているのは、おそらくこの島であろう大地に立って喜んでいる人々。

 その上、上空に浮かび、手をかざす巨人。

 そして、その巨人と向き合っている、これまた大きな獣のような生き物の姿だった。巨人のかざした手からは光が伸び、獣の口の中へと注ぎ込まれていることが見て取れる。


「これは……?」

「海の守り神が、島を襲った怪物を退治している時の絵だ」

「へえー」


 蓮はスマホを構えながらヤシ落としの話を聞き流していた。


「海の守り神というのは、いったいどんな名前だとかは分かるんですか?」

「いや、わからん。俺たちも見たことないしな」

「見たことない?」

「俺たちが精霊としての自我を持つ前から、あの石碑はあったしなあ。だから、詳しくは知らないんだよ。人間は好きだったが、そんなに関わってたわけでもないしな」

「なるほどなあ」


 蓮たちはぺたぺたと石碑に触りながら、その話を聞いていた。

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