4-ⅩⅤ ~変身少女・安里夢依~
「夢依、ちょっと」
「ん?」
出発直前、時間が押しているからという理由で、安里たちはボーグマン・ギガントに乗り込んでいた。朱部が動作チェックを行っている最中、夢依は暇なのでリュックの中身をチェックしていた、そんな時の事である。
「これ、あげます」
安里がそう言って渡してきたのは、黒丸に顔が付いたぬいぐるみのような、クッションのような物体2つだった。
「なにこれ?」
「なにこれじゃねえヨ!」
黒丸はそう言って叫んだ。それに夢依は目を丸くし、安里は困ったように笑っている。
「性格は……ちょっとね。入れ込んだ人格がちょっと粗暴でして」
「で、何なのこれは?」
「お守りヨ」
黒丸のもう一つが答えた。どうやら口調的に、こっちは女の子らしい。見た目で判別するのは不可能に近いが。
「お守り?」
「まあ、別行動をした時に怪物に襲われたりも、あるかもしれないですからね」
「いや、普通ないでしょ」
冷静に突っ込む夢依を、安里は華麗にスルーする。
「まあ、僕が暇つぶしに造ったものです。せっかくなので夢依にあげますよ」
「嘘つけヨ、俺たち造ってて遅れたくせにヨ!」
「案外心配性よねエ、造物主サマは」
ケタケタ笑う様は、結構安里に似ている気がする。安里はリュックに彼らを押し込めると、夢依にリュックを押し付けた。
「ま、いざとなったら使いなさい。名前が起動の鍵になってますから」
「名前? 名前付いてるの? これに?」
「ええ」
安里は頷きながら、コックピットに座り発進までの最終調整に入る。
「名前を言えば、本当の力を発揮するでしょう。そいつらの名前はですね……」
安里の放った名前は、ボーグマン・ギガントの発進音に掻き消えた。
***************
マングローブの林の中で、白い怪物と黒の拳が並び立っていた。
白い怪物はうねうねと動き、黒い拳との距離を図っている。
「……どうしよう」
「どうもこうもねえヨ! 早く俺の名前を呼びやがレ!」
「馬鹿ねェ、アンタよりアタシの方がいいわよ、ねえ、夢依ちゃん?」
「……そうなの?」
「そうよォ。コイツは「切り刻みたい」だけなんだから。その点、アタシはスマートにできるわよォ」
二つの声を聴いて夢依はしばらくうーん、と考えていたが、少しして「よし」と頷く。
「じゃあ、お願い……「メランコリー」!」
名前を叫んだと同時、「メランコリー」はリュックから飛び出した。
「オッケーイ! いくわよォーーーーーーっ!」
飛び出したメランコリーは形を変え、布のように広がると夢依を包み込んだ。
そして、魔法少女アニメの変身よろしく、彼女の姿がゴシックロリータの姿へと変わっていく。メランコリーの顔がポーチとなり、スカートがひらりと揺れた。
最後に黒地の赤リボンがついたリボンとパラソルを着け、髪形がツインテールへと変化したら、完成!
「モード・メランコリー。完成よォーーーーっ!」
ビシッとポーズを決めた夢依だったが、リアクションをしてくれる人は幸いにも誰もいなかった。
当の夢依は、顔が真っ赤になっている。
「……いや、恥っず!? なにこれ!?」
「なにこれって、これが私を使った姿よォ。すっごいんだから」
「いやでも、何? 叔父さん、わざわざ遅刻してまでこんなの造ってたの?」
「実力は折り紙つきよォ!」
突然の変身に白い怪物も一瞬ひるんだようだったが、すぐに体勢を立て直した。そして、夢依めがけて再び跳びかかってくる。
「わっ!」
咄嗟に飛ぶと、何と木々の高さを軽々と越えてしまった。
「え、なにこれ!?」
「私が着いてるから、身体能力もブーストしてるわヨ!」
そう言っている間に、白い怪物は夢依の着地を狩ろうとする。
今度はよけきれず、怪物の突進がまともに夢依にぶち当たった。
「いっ……たくない?」
「防御力なんて、ミサイルだってへっちゃらなんだから!」
「ええ、怖……」
メランコリーは得意げに叫ぶが、夢依はむしろドン引きしていた。なんであの叔父はそんなものを造れるのか。確か作ってたのは出発前の1時間くらいだったはずだが。
「さ・ら・に! 夢依ちゃん! パラソルを使って!」
「え、パラソル?」
夢依は持っていた傘を両手持ちにすると、白い怪物めがけて振りかぶる。
すさまじい音とともに、白い怪物は木の幹をへし折りながら吹っ飛んでいった。
「ナイスヒットー! 夢依ちゃん、やるぅ!」
「……マジ?」
どうやら腕力もブーストがかかっているらしい。本当にどんだけのものを造っているのか。
だが、白い怪物はやる気のようで、もぞもぞと動きながら戻ってきた。だが、明らかに動きが先ほどより鈍っている。ダメージが大きいのは、夢依にも見て取れた。
「……なんか、弱い者いじめしてるみたいで嫌なんだけど」
夢依が小学校にまだ通っていた時、そんなことをしている男子がいた。傘で葉っぱやらを叩いては、虫を叩き落したりする奴。あるいは動物を傘で叩いたりする奴。今やっているのは其れと同じだ。
「……ねえ、もうやめよ? おとなしく逃げるなら何もしないよ」
思わず、怪物に向かって語り掛けていた。だが、怪物はうごめきを止めようとはしない。じりじりと勢いをつけ、先ほどよりも素早く跳びかかろうとしている。
「ねえ、何とか大人しくさせるとかできないの!?」
「オッケー、それならむしろ得意分野よ! 傘をあいつに向けて!」
メランコリーが言うままに、夢依は傘を怪物へ向けた。
途端、傘が振動を始める。夢依がたまらず両手持ちになるほどの振動だった。
「え、なにこれ!? 何が起こるの!?」
「いっくわよぉーーー、『メランコリック・ウェーブ』!」
叫びとともに、黒い波動のようなものが傘から放たれた。それは白い怪物にぶち当たり、それと同時に怪物の動きはぴたりと止まった。
「……な、何が起きたの?」
傘を下ろした夢依はそう問うたが、答えはおのずと分かった。
白い怪物が形を保てなくなったのか、崩れていった。残っているのは、たくさんの白い毛玉である。
「……これって……」
夢依は恐る恐るその毛玉を拾って見てみる。白い毛玉だが、よくよく触ってみると小さい手足があった。
そして、毛の中に小さい目と、小さい牙の生えた口があった。生き物だ。
白い怪物は、この毛玉の集合体だったのだ。
そして、この白い毛玉は先ほど襲ってきた威勢はどこへやら、すっかりおとなしくなっている。
なんだか、元気がないようだった。
「わ、これどうしよう? さっきのビームのせい?」
「そうでしょうネ」
慌てる夢依に、メランコリーはあっけらかんと答えた。
「そうでしょうねって……あれ何だったの? 毒とかなの?」
「そんな危ないものじゃないわよォ。そうね、いうなれば「鬱」にするビームってとこかしら」
「う、鬱!?」
それなら夢依も知っている。何しろ、晩年の父はそれの薬ばかり飲んでいたからだ。挙句、彼は夢依の前からいなくなってしまった。
なので、それがどれだけヤバいかは、夢依はよくわかっている。
「わあああ、ごめん! そんな危ないものだって知らなくて……!」
慌てて謝る夢依だったが、毛玉のどんよりしたオーラは治まるところを知らない。
「どどど、どうしよう! ボーグマン何とかできない!?」
夢依は起き上がっていたボーグマンの方を向くが、ロボットのボーグマンに、生き物の、しかも未確認生物の鬱の治療などできようはずもない。
「……叔父さん、何とかしてよーーーーーーーーーーーーっ!」
夢依の叫びが、マングローブの林にこだました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます