4-ⅩⅣ ~一方そのころ、夢依たちは~

 夢依が目を覚ますと、目の前にはいかつい鉄仮面の顔があった。


「……ボーグ、マン?」


 ゆっくりと起き上がると、辺りを見回す。マングローブの木々とは、またちょっと違う木々が、そこかしこに生えていた。それに、足場もしっかりしている。


「……どこだろう、ここ」


 生い茂った草の上に、夢依とボーグマンは立っていた。ボーグマンを見やると、びしょぬれになっている。きっと夢依が落ちた時、真っ先に助けてくれたのだろう。


「……ありがとね、助けてくれて」


 夢依がそう言っても、ボーグマンは特に答えることもない。ロボットであるボーグマンに、言語機能は搭載されていなかった。


「叔父さんたちはどこにいるんだろ。分かる?」


 そう尋ねると、ボーグマンの胸が開く。そこにはモニターが付いていた。

 モニターには、ボーグマンの顔と夢依の顔、さらに蓮と愛の顔、安里と朱部の顔が映っていた。これは互いの現在地だ。


「おおー……やるねえ。ここに叔父さんがいるわけね」


 夢依の言葉に、ボーグマンがこくりと頷く。分かりやすく、方角までモニターに映っているのは、安里の細かいところだ。それも、立体的に映っているので、どちらに進めばいいか迷うこともない。


 何にせよ、早めに合流した方がいいに決まっているのだ。


 幸いにも、リュックは常に背負っていたため、流されてもいない。持ち物は十分だ。


「よし、行こう」


 そう決めた夢依は、マングローブを歩き出す。ボーグマンも、その後に続いて歩き出した。


 マングローブの生えているところは浅瀬で、夢依の身長でも上半身が浮くくらいの水位である。濡れるのは嫌なのでなるべく木の出ている部分を歩いて進んでいく。


「叔父さんのことだから、多分待ってるでしょ。下手に動かないで」


 モニターを見る限り、蓮たちもはぐれている。となると、安里は最高戦力を持っていないことになる。そうなったら、おそらく動かずに様子を伺うはず。短い付き合いながら、一緒に暮らしていると安里修一が紅羽蓮にどれだけ信頼を置いているかが、子供の夢依にもよくわかった。

 それにあの紅羽という男は、たぶん叔父とどっこいどっこいの危険生物だ。手元に置いておかないと、危ないと思っているのだろう。


 まあ、今は関係ないことだし、早めに合流しないとこっちが危ないのは明らかだ。


「やっぱり紅羽さんたちも移動してるね」


 逐一モニターを確認していると、蓮と愛のアイコンが安里の方へと向かっている。どういうわけか、島の位置を把握できているらしい。無線でも拾ったか、あるいはガイドでも見つけたのか。


 一方で夢依たちの移動ペースは、蓮たちの半分と言ったところか。夢依の歩く歩幅や体力の問題であり、ボーグマンは彼女の側を離れないためペースはなかなか上がらない。


「つーーーーかーーーーれーーーーたーーーー!」


 歩き始めて20分ほどで、夢依は木の根っこに座り込んでしまった。

 足場も悪く、おまけに泥に足がとられる。9歳児の夢依にはかなりきついのも無理はない。


「ねえボーグマン、飛んだりできないの?」


 着いてきていたボーグマンにそう言うと、彼の胸に再びモニターが現れる。


「何? ……飛ぶのは×ムリ? ふーん……でも、大きくなったら飛んでたじゃん?」


 そう言った夢依の言葉に、バツ印を示していたモニターが再び映像を変えた。


「……ああ、大きくなるにはUSBが必要で、それは叔父さんが持ってるわけね?」


 わかりやすい映像を夢依が解説すると、ボーグマンはこくりと頷いた。夢依はがっくりうなだれる。


「あーーーーーもーーーー歩けないーーーー! 足痛いーーーー! お尻痛いーーーー!」


 ワーワー騒ぐ夢依だったが、ボーグマンに言語機能はないので、ただただおろおろするばかり。

 とはいえ、それでも歩くしかないので渋々歩くが、そのペースは芳しくない。5分歩いては座り、また5分歩いては座りを繰り返している。


「はーーーー。クッションとかないかなあ」


 そうは言っても、こんな森の中にクッションなど、あるわけない。


 あるわけない、のだが。


 夢依の目の前にふと現れたのは、木の根元にあった、白くふわふわそうな何かだった。


「……クッション!?」


 先程の疲れが飛んでいるような感じなのは若さゆえだろうか。ともかく、夢依は先ほどの疲れはどこへやら、その白いふわふわに座り込む。


 ふわふわで柔らかい感触が、夢依の尻を柔らかく包む。木の固い感触など微塵も感じない。


「おおおおおお……!」


 感動したのか、体重を何度も白いふわふわにかけてみる。程よい弾力が、夢依の身体を上下させていた。

 先程まで不機嫌だったが、これだけですっかり楽しくなってきたようだ。

 それを眺めていたボーグマンだったが、そんな彼からピーピーと音が鳴る。

 これは生体反応のアラートだ。生命体が近くにいることを示している。

 その反応の方向は、言うまでもなく夢依の尻に敷かれていた。


 白いふわふわが、急にもぞもぞと動き出した。そのまま激しく動き、夢依をはるか上空へと吹っ飛ばす。


「うおーーーーーーーーーっ!」


 叫びながら吹っ飛んでいく夢依を、ボーグマンが空中でキャッチする。


「ぐえっ!」


 地面に叩きつけられるよりはマシとはいえ、金属の塊に抱えられてのキャッチによるダメージは夢依にヒキガエルのような変な声を出させる。


 白い塊はもぞもぞと動き出すと、大きく伸びあがる様相を見せていた。


(……あれ? これ、さっきの……)


 夢依はその様子に、先ほど船から吹っ飛ばされた時のことを思い出す。あの時も、なんだか毛むくじゃらな白いものがボートへと飛んできていたはずだ。


(でも、あんなサイズじゃなかった……もっと大きかったはずだけど)


 そう思うのもつかの間、夢依たちのもとへと白い塊は跳びかかってくる。


 ボーグマンが反射的に手から光線を放つが、塊はそれをさっと躱した。


 そのまま、ボーグマンへと体当たりをぶちかます。夢依を抱えていたボーグマンは受けきれずに、体勢を崩した。仰向けに転倒するも、ギリギリ夢依だけは守り抜く。

 夢依はボーグマンから飛んで、すんでのところで体当たりを避けていた。


「……!」


 白い塊が、夢依の方を向いた……ような気がする。実際どうなのかは、目とかわからないから何とも言えないが。


「や、やっぱり怒ってんのかな」


 さっき思いっきり座ったりしたせいか。そう思ったが、白い塊はうねうねしたまま答えない。


 そしてとうとう、うごめいていた白い塊が夢依めがけて跳びかかった。

 今度こそ、夢依には身を守ってくれるものはない。ボーグマンも仰向けにひっくり返っており、とてもじゃないが間に合わない。


 白い塊が、夢依に衝突した、その時だ。


 彼女のカバンから、黒い拳が二つ、突如として現れると、白い塊を力強く殴り飛ばした。


 白い塊は吹っ飛んで木に当たると、そのままばらばらに散らばってしまう。


 夢依のリュックのカバンのファスナーが、ひとりでに開く。そして、黒く丸いぬいぐるみのようなものが二つ、夢依の頭にちょこんと乗っかった。


「夢依ちゃん、身に着けてろって言われてたでショ?」

「……あ、忘れてた」

「忘れてんじゃねえヨ!」


 二つの黒い丸には、白い丸目と口のアップリケが付いていた。口のアップリケがパクパクと動きながら、本来出るはずのない声を発している。


「全くヨ、お前にケガさせたらあとで俺らがどやされるんだゼ!」


 黒い丸が、ケタケタと笑いながら叫んでいた。

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