4-Ⅻ ~急襲、ヤシの実~
水中で目を開けた愛は、目の前に蓮を見つけた。
(あ、いた……)
愛が少しほっとしたのも、一瞬だけの話。
蓮はどんどんと海底へと沈んでいるではないか。
(……あれ? 蓮さん!?)
慌てて蓮の下へと泳ぎ寄り、意識を確認する。
蓮は完全に、気を失っていた。恐らく、沈んだショックなのだろうが。
(ど、どうしよう!?)
「愛、身体を貸せ!」
「え!?」
「いいから早く! ……ええい、もういい!」
言うと同時、夜刀神刀から夜道が愛に憑りついた。身体の主導権を握ると、愛よりも俊敏に身体を使いこなし、蓮を抱えて水面へと持ち上げる。
何とか水面に顔を出すと、どうやら流されてはぐれていることに気づく。ひとまず、蓮をマングローブの木の上へと引っ張り上げた。
「はあ、はあ……」
憑依を解き、愛へと身体の主導権が戻る。夜道の憑依は愛の全力以上の力を出せるが、その分疲労などの反動も大きいのが難点だ。
「蓮さん、蓮さん!」
頬を叩くも、反応がない。
「ど、どうしよう!?」
「落ち着け、水を飲んでるのかもしれん」
夜道の言葉に、愛は蓮の胸を押した。蓮の口から、海藻混じりの水が幾ばくか吐き出された。それと同時に、蓮は激しくせき込んで目を開ける。
「げほっ! おえっ! 塩っ辛え!」
起き上がった蓮は、今の状況をよくわかっていないようで、しばらくせき込んだ後、ようやく愛が近くにいることに気づいた。
「……あ、愛。無事だったか」
「こっちの台詞だよ!」
思わず叫んでしまった。だが、とりあえずこれで危険度は一気に下がる。
「……安里たちは大丈夫だろうが、後はテレビの人か……」
「大丈夫かな? 夕月さんたちはボートに乗ってたけど……」
「つーかここどこだ? ……安里と連絡が付きゃ……」
そう言った時だ。
「危ねえっ!」
蓮が愛を庇うように腕を伸ばした。飛んできたヤシの実が弾かれ、水中に落ちる。
「ま、また!?」
やはり、姿は見えない。しかも先ほどとは違って、蓮には気配を感じることすらできなかった。蓮が先ほどとらえていたのは、あの巨大な毛むくじゃらの気配だけだったのかもしれない。
飛んでくるヤシの実のスピードは、おそらくプロ野球選手が投げるくらいの速度だろう。それでボウリングの球のような重さなのだから、とんでもないものである。
それに反応し、受け止めることができるのは、紅羽蓮だからだろう。
ヤシの実はひっきりなしに飛んでくる。蓮はそれを受け止め、あるいは弾き落とす。
蓮はその場から動けずにいた。気配がつかめないのもそうだが、なにより愛が近くにいるらである。
蓮一人であれば、しらみつぶしにヤシの実を捌きながら敵を探すこともできるが、愛が近くにいる以上、ここから移動した場合愛が狙われるかもしれない。
愛を背負おうにも、それをする暇もないくらいに、ヤシの実が飛んできていた。
「クッソ……!」
蓮が舌打ちする一方、愛は頭を守りながら伏せていた。
(蓮さん……私のせいで動けないんだわ)
どうしよう。そう思った時、夜道が刀から再び現れた。
「愛、霊気を探れ! おそらく敵は精霊だ!」
(せ、精霊? なんですか、それ)
「精霊は命が別の形を取った
(で、でも、こんな状況で探るなんて……)
愛は夜道と念で会話しながら、蓮の方を見やる。やはりどこから飛んでくるかわからないヤシの実攻撃に苦戦しているようだった。
「今、こいつを助けてやれるのは、お前だけだぞ!」
夜道のこの言葉が、愛が覚悟を決める一手となった。
(……わかりました)
愛は、目を閉じると深く息を吸った。
霊気を探るのは、以前に夢依の母親の霊を探るのと同じだ。呼吸で己の霊感を一時的に高め、霊的存在を感じ取りやすくする。
愛の周囲にいるものが、はっきりと感じられるようになってきた。その範囲は、愛を中心としてぐんぐんと広げていく。
霊気を探れる範囲は、個人の霊力による。例えば一流の霊能力者であれば、霊気を探れば周囲1㎞まで探れるだろう。
そして立花愛の霊力は、そんな一流の霊能力者すら軽く凌駕するものだった。
そんな彼女が霊気を探れば――――――。
(……あ、安里さんたち、いた! もう上陸してる!)
安里と朱部、後はテレビのクルーだろうか。複数の気配が、自分たちからそう遠くない位置にいるのがわかる。
だが、今はそれどころではない。
(……蓮さんを、狙っているのは……)
ヤシの実の飛んでくる方向から、逆に霊気を探る。
そして、愛は確かに感じ取った。
(……あ、この動き……!)
何かを振りかぶり、飛ばしては移動する。そんな霊気の動きを、愛は感じた。方角は……ここから北北東におおよそ700m。
「蓮さん!」
愛は伏せながら、蓮にその方向を指さす。
最初は何のことを言っているのかわからなかった蓮だったが、彼女の目を見てその意図を察する。
(……まさか……!)
蓮はマングローブを踏みしめる足に力を込めた。そして、一瞬のうちに、愛の指さす方向へと跳ぶ。
700mの距離など、蓮が本気を出せば1秒もかからず詰められる。木々の障害物はあれど、そんな物は蓮にとっては障害たり得ない。
木々を貫き、跳んだ蓮は見た。
マングローブの木に捕まりながら、こちらを見つめる大きく丸い二つの目玉。土のような色の顔面に、異様にデカい鼻。
何より驚きなのは、その顔のデカさだ。身長は蓮と同じほどだが、顔の大きさがその半分はある。そして、その頭の上には、大きなヤシの木が生えていた。
ヤシを生やした精霊は、一瞬で距離を詰めてきた蓮に驚きを隠せないようだった。
そのせいで、突っ込んできた蓮への対応が遅れてしまったのだ。
「おらあああああああっ!」
蓮の拳が、精霊の顔面を捕らえる。とは言っても、相手のほとんどが顔面なので何とも言えないが。
「ぐああああああああああっ!」
拳のぶち当たった精霊の額から、透明な液体が噴き出した。その液体は、蓮の顔を勢いよくかかる。
そして、バランスを崩した精霊は、そのまま海へと落ちる。
蓮はマングローブに着地すると、顔にかかった液体を拭う。なんだか甘い香りがして、口には言った途端にその正体は分かった。
「……酒か? これ」
それはヤシ酒だった。
「蓮さん!」
蓮が振り向くと、愛がマングローブを渡ってくるのが見える。
「おう」
「や……やっつけたの?」
「まあな。助かった。よく場所分かったな。俺なんか全然わかんなかったのに」
「い、いやあ……」
さすがの蓮も、こんな植物だらけの中で植物の精霊の気配を探ることはできなかった。
愛は照れながら頭を掻いたが、すぐにそれどころではないことを思い出す。
「って、そうじゃなくて! 安里さんたちなんだけど、多分もう上陸してるんじゃないかな」
「何?」
「だから、私たちも島を目指した方がいい気がするの」
蓮はうーんと少し考えたが、自分が考えてもどうこうできるわけでもない。それに、愛はさっき敵の居場所も突き止めたし、安里たちの事もおそらく嘘は言っていないんだろう。
「……わかった。行ってみっか」
「うん!」
愛は強く頷くと、二人でマングローブの木を渡ろうとする。
その時だった。
「おおい、助けてくれえーーーっ!」
声のする方を振り向くと、水面でヤシの木が激しく上下している。そして、さっきの奴がバタつきながら必死にデカい顔を出していた。
「お、お、お、俺は泳げねえんだーーっ!」
蓮と愛は、互いの顔を見合わせた。
「……どうする?」
「どうしようか……」
二人そろってため息をつくと、ヤシの木を掴んでマングローブの上へと引っ張り上げる。
目の前で溺れ死にそうなやつがいたら、たとえ襲い掛かってきた相手でも、普通の高校生的には助けないわけにはいかないのだ。
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