4-Ⅺ ~進め、無人島探検隊!!~

「どうやって来たんですか!?」


 蓮たちの速い到着に、テレビのディレクターは大層驚いていた。


「まあ、その、いいボートを用意してまして」

「そうなんですか……そんないいボートだったらぜひとも帰りに使いたいですよ」

「そのボートの持ち主さん、もう帰っちゃったんですよね」


 安里が適当にあしらっている間、蓮たちは番組スタッフと演者に挨拶に回っている。


「今日は、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします……あんまり邪魔はしないでくださいね」


 カメラマンの男が、訝し気に蓮たちを見つめる。人気女優のごり押しで見学に来ているのだから、そう言う目をされるのもおかしくないのは十分にわかっていた。


「私たち、おとなしくしてますので……」

「とりあえず、スタッフの後ろにいてくださいね。カメラとマイクの前には立たないようにお願いします」


 番組の見学に当たっての説明はほかにも、「何があっても声を出さない」、「スタッフの指示に従う」、「安全には十分に注意する」など、当たり前と言えば当たり前の内容である。


「いいですか? できなかったら、ここに戻って待機してもらいますからね」

「はーい」


 そして、ボートにてスタッフの後ろに回ると、いよいよ島でのロケが始まる。


 マングローブの林の中をボートで進んでいく撮影だ。オープニングはマングローブ付近の小島で撮影している。


 スタッフ用のボートに蓮たちも相乗りする形で、ロケに参加することになった。


「このマングローブの、奥に陸地があるそうで。そこに謎の石碑があるみたいです」


 夕月が実況をしながらマングローブをゆっくりと進んでいく。

 蓮たちはスタッフの後ろで、カメラ内の映像を見ていた。


「へー、こんな感じなんだ」

「ちょ、ちょっと、狭いんだからあんまりよらないでくれ!」


 カメラを覗き込む蓮に、カメラマンが怒鳴った。


「おいおい、あんまり騒ぐなよ。編集で消すにも限界があるんだぞ」

「そう言ったって……」


 ディレクターとカメラマンが話していると、マイクがチャプチャプ、という音を拾う。


「……何の音だ?」


 後ろを振り向くと、なんと夢依が水面に手を突っ込んでいた。


「夢依、何してるんですか」

「だって暇なんだもん」


そう言って、夢依は腕で水面をかき混ぜている。


「ちょっとちょっと、お嬢ちゃん。あんまり変なことしないで……」

「あ」


 ディレクターが言い切る前に、夢依が腕を引き上げる。


 その手には、赤く長いものが握られていた。


「へ……」

「ヘビだーーーーーーーーーーーっ!?」


 ディレクターは思わずひっくり返った。どうやらこの男、ヘビが苦手らしい。

 ヘビに怯えるディレクターのせいで、ボートが大きく揺れる。


「わ、わ、わ、揺れる揺れる!」


 蓮たちはたまらずボートにしがみつく。夢依はヘビも全然平気なようで、首に巻いていた。


「そんなの首に巻くんじゃありませんよ」

「これペットにしたい」

「ダメです。ボーグマンで我慢しなさい」

「えー」


 夢依は渋々、ヘビを放り投げた。そのヘビは水面どころかボート中央へと飛び、テレビクルーのいる前の座席に落ちる。


「うわああああああああああああ!」


 前方が大いにパニックになる。前を進んでいる夕月たちも、驚いて振り向くほどだ。


 揺れまくるボートの上で、蓮たちは落ちないようにバランスを取っていた。


「危ねえ!」


 叫んで、さっさと落ちているヘビを掴んで水面に放る。ヘビはそのまま、マングローブの中へと消えていった。


「すいません、ウチの夢依が……」

「……あ、あんたらなあ!」


 ディレクターが息を切らしながら、蓮たちを睨んだ。安里が平謝りするも、聞く耳すら持たない。


「……夕月の親戚だとかそんなの関係ないわ! 邪魔するならとっとと帰れ!」


「……そうは言われましても。ここ、マングローブの中ですし」

「そんなの知るか!」


 すっかり頭に血が昇っているようだ。安里の話しも聞こうとすらしない。


「大体、最初から俺は反対だったんだよ! こんな遠方ロケに素人を連れてくるなんて!」


 ディレクターの怒りはもっともである。だから蓮たちも何も言えない。


 気付けば夕月たちも、こちらのトラブルにボートを寄せてきている。

 皆、ディレクターの怒りに釘付けになっていた。


 だからこそ、気づいたのはたった一人。


 刀の中で騒ぎを聞いていた、霧崎夜道だけであった。


(……愛、囲まれてるぞ)


「えっ!?」


 突然の夜道の発言に、愛が叫んだ瞬間。全員が愛の方を見た、まさにその一瞬だった。


 ディレクターが、唐突にボートから転落した。


 その直前に、鈍い音がしていた。それが原因なのは間違いないだろう。だが、それを認識すると同時に、ディレクターは海に落ちてしまったのだ。


「やばっ……!」


 咄嗟に飛び出したのは、ボートに乗っていた芸人だった。こういった冒険に向いている、運動神経の良いタイプの芸人であった彼は、すぐにディレクターを水底から引っ張り上げる。意識を失っているようで、そのおかげか水も飲んでいないのは幸いだった。


「……全員、伏せてろ!」


 蓮は叫ぶと、ゆっくりと立ち上がる。


(……気配はそこら中からする。でも、姿が見えねえ!)


 蓮でもわかるほど、警戒されていることは分かった。だが、マングローブ中から睨まれているような視線を、ビリビリと肌で感じる。


「安全なロケじゃなかったのかよ!」


 叫ぶと同時、何かが飛んできた。どこから飛んできたかはわからない。が、それは間違いなく蓮の後頭部めがけて飛んできている。


 ノールックで、蓮はそれを掴む。掴んでわかるのは、片手で掴めるくらいの大きさ。それに、ボウリングの球並みの重さである。こんなものが頭に当たれば、普通ただでは済まないだろうに。ディレクターは気絶しているだけで、つくづく幸運である。


「れ、蓮さんそれ……」


 蓮が掴んだ物、それは、ヤシの実であった。


「……ヤシの実?」


 そう言った途端に、再び何かが飛んでくる。やはり立っている蓮を狙っているようで、蓮は再び受け止める。やっぱりこれもヤシの実だった。だが、ヤシの実にしてはべらぼうに重い。


「……そこか?」


 蓮は飛んできた方向のマングローブへと、ヤシの実を放り投げる。それは先ほど飛んできた時よりもはるかに勢いが強く、ぶち当たったマングローブに風穴があいた。めきめきと音を立てて、マングローブの木が海へと落ち、水しぶきが起こる。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 獣のような悲鳴が聞こえたと思ったら、不意に蓮たちが影に覆われる。


 一同が上を見上げると。


「……おいおいおい、まじかよ!」


 巨大な毛むくじゃらの怪物が、今まさに蓮たちめがけて落下している。


 朱部が銃を撃つも、どうやら大して効かないらしい。


 蓮が受け止めようと腕を伸ばすが、毛むくじゃらの身体は、蓮の腕をすり抜けた。


「……はっ!?」


 受け止めることもできず、怪物のボディプレスは、蓮たちの乗っていたボートに直撃した。揺れるどころか、ボートに乗っていた面々は全員吹き飛ばされる。

 受け止めようとしていた蓮を除いて。蓮はボディプレスでボートごと水中へと引きずり込まれていく。


「蓮さん!」


 愛は叫ぶと同時に、水中へと落ちていった。


「み、皆さん!」


 夕月はその様子を見て叫んだが、同時にボートのエンジンにヤシの実がぶち当たる。ボートはプスプスと音を立てて動かなくなってしまった。ヤシの実の衝撃で故障したのだ。


 そして、ボートに巨大な毛むくじゃらの影が迫った。


「き……きゃああああああああああああああああああああ!」


 夕月と、あと一緒にいたアイドルの、悲鳴がマングローブに響き渡った。

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