4-Ⅹ ~ゆらゆら海底探検~

 翌朝、日も昇りきらないうちに、蓮たちは古宇利島から沖縄本島の南に位置する喜屋武きやん漁港に来ていた。なんでも、ここから船で移動するのだそうで、フィリピン海のど真ん中に位置する島までは直線距離で180㎞もあるという。


「行くだけで何時間かかんだよ!」

「ほんで、船のレンタルが必要なんだけど……」


 申し訳なさそうに言う夕月に、安里は溜め息をついた。


「皆さん、僕らは勝手に行きますから、船は一隻でいいです」

「おい、安里、お前まさか……」

「しょうがないでしょう。今から借りるなんて面倒だし」


 あとで行くから、と言い、夕月たちがオープニングを撮り終えて出港するころ。


 安里はボーグマンの背中にUSBを突っ込むと、そのまま海へと突き飛ばした。水しぶきを上げて、ボーグマンが沈んでいく。


 やがて、ボーグマン・ギガントのコクピット部分が、水面に浮上した。


「……海も行けんのかよ?」

「当然でしょう」


 安里がそう言いながら、ボーグマンのコックピットに乗る。蓮たちも乗り込むと、ボーグマンはゆっくりと進み始めた。


 何しろマッハのスピードで空を飛ぶ物体である。海でそんなスピードを出そうものなら余波が恐ろしいが、それでも夕月たちの乗る船に追いつくなど訳はない。


 ただ、堂々と見つかるのもまずいので。


「潜水しましょう」


 ボーグマンは進みながら、海の中へと潜っていった。


「うおおおおおおおおお!」


 蓮たちは思わず声を上げる。そこにあったのは魚たちの楽園だ。ボーグマンがライトで照らしているから、というのもあるが、サンゴ礁とその周辺を泳ぐ魚たちの光景は、神秘的の一言である。


「すっごーい……」

「水族館とは全然違う……」

「そりゃ、生の海ですからね」


 安里がそう言ったところで、ボーグマンから音楽が流れる。ゲームなどでありそうな、水中っぽいBGMだった。


「せっかくです。海底ツアーと参りましょう」


 ボーグマン・ギガントは、さらに深い海へと潜り始めた。


 深度が増すごとに光はなくなるので、ライトは必要不可欠だ。さらに、ソナーによるレーダーも着けることで、周囲に暗礁や魚がいるかもわかるようになる。


「えー、現在深度は700mになります」


 深度700m。なかなかの深さである。外を見ても、あまりよく見えないくらいには、光が届かない。

 一番深い所では、10000mにもなるというのだから、地球というのは不思議なものである。


「なんかこういうところ、すっごい生き物とかいそう……」

「すっごいってなんだよ?」

「なんか、すっごい大きい生き物。いそうじゃない?」


 そりゃ、いないとは言えないだろう。未知の生命なんて、蓮たちにとっては日常茶飯事だ。それこそ、悪魔だったり怪人だったり、枚挙すればキリがない。それこそ、目の前で鼻歌歌いながらソナーを見ている男がその筆頭なのだから。


「あ、光ってる」


 夢依がふと呟いた。蓮たちも外を見やると、ぽつぽつと光が見える。ボーグマンのライトとはまた違う、まばらながらも数が多い光だ。


「これは……クラゲですね」

「クラゲ」


 どうやら深海のクラゲらしい。光の届かない深海では、光を使って獲物をおびき寄せる生き物も多いのだ。


「きれい……」


 そう愛が呟いた時、ソナーの音がコックピットに鳴り響いた。


「おや」

「どうした?」

「前方に岩礁があるみたいですね。いったん浮上します」


 安里がそう告げ、ボーグマンが浮上する。

 ライトで照らされる岩礁の表面が、モニターに映った。


「……何だこりゃ?」


 蓮が思わず声を上げた。

 

 岩礁に広がっていたのは、明らかに人工的に造られた町の跡だ。人影などあるはずもないが、遠目からでもはっきりわかるほどに、区画分けがなされている。


「……なんだか、ポンペイみたいですね」


 ポンペイとは、ローマ時代に火山噴火によって滅んだ町の事である。その町の跡が、現代になって遺跡として発掘されているのは、時々ニュースでも見る話題だ。


安里はそんな街を想起しながら、現在の深度を確認する。深度500m。地殻変動で沈んだのだろうが、細かい調査をしている時間もない。


「……とにかく、位置だけでも記録しておきましょうか」


 座標をボーグマンに入力すると、コックピットにいる面々の方を向いた。


「皆さん、この遺跡の上を通って、これから合流地点に向かいますよ」

「……あ、そうだった」

「本来の目的忘れないでくれます? 水中ツアーのために来たんじゃないんですから」


 夕月のロケの見学に行くのに、とんでもないものを見つけてしまった。その興奮ですっかり忘れかけていた蓮に、安里は溜め息をついた。


 遺跡の上を進んでいると、建物の跡はもちろん、整備された道路などの跡も見受けられた。結構高度な文明を造っていたのかもしれない。


「ここから行く島とは、そう遠くないですね、ここ」

「そうなのか?」

「ボーグマンのスピードでおおよそ3分ですから、そう遠くないかと。……もしかしたら、石碑も何か関係あるのかもしれないですね」


 台本には、無人島にある謎の石碑と書いてあった。距離も考えると、何かしら関連があってもおかしくない。


 不意に、ソナーに反応があった。


「安里くん、前方に生体反応」


 朱部の言葉に、ボーグマンの動きが止まる。


「……ん、何でしょう?」


 安里は正面を照らすが、反応の元らしきものは何もない。

 位置的には、ちょうど遺跡を抜けたあたりである。その下には、底の見えない暗闇があるのみだ。


「……通り過ぎたとかですかね?」

「いや、生体反応はあるけど……消えたわ」


 朱部の言葉に、安里は首を傾げた。少し気にはなるところだが、何しろ時間がない。


「……障害物もないみたいだし、行きましょうか」


 ボーグマンは再び加速する。


 そして、夕月たちと合流する島に、蓮たちは30分前には到着していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る