4-Ⅸ ~ホテルに男女、何も起きない~

 その日の夜、蓮は台本を眺めていた。


「それ、明日のロケの?」


 ホテルの蓮の部屋に来た愛は、寝転んでいる蓮に話しかける。

 このホテルに泊まっているのは蓮と愛、そして朱部の3人だ。安里たちは家族水入らずの時間を過ごしている。


 蓮が愛を見やると、シャワーを浴びた後のようだった。うっすら濡れた髪と、紅潮した肌がどことなく色っぽい。Tシャツ短パン、という寝間着姿も印象的だ。


「お、おう。しっかし、密林ツアーとはな」


 台本に書かれているロケ地は、沖縄本島と宮古島の間にあるという、小さい無人島。地図にも書かれていないレベルの島である。

 島はマングローブ林に囲まれており、詳しい中を見た者はほとんどいない。遊び半分で上陸した大学のサークル生が、そのマングローブを進んで中に石碑を見たという話だ。


「石碑があるってことは、文明があったってことなのかな?」

「そうなんじゃねえの?」


 自覚があるのか無自覚なのか、愛は蓮の隣に座って一緒に台本を見ている。


(近い! 近い!)


 声に出したかったがそう言うわけにも行かず、蓮はひたすらに口をつぐんでいる。


「でも、密林かあ。虫刺されとかどうしよう」

「虫よけスプレーとか買っとけよ。ないのか?」

「いや、あるけど……。あと、蛇とかいるのかな」

「蛇か……」


 蓮は呟いて、少し考える。


 蛇。実際にちゃんと見たことがないので何とも言えない。ただ、テレビで見た感じ、そこ

まで気持ち悪いとも思わないが。


「そんなに心配なら来なけりゃいいじゃねえかよ」

「其れだと私だけお留守番でしょ? 折角旅行に来たのにそりゃないよ」

「……まあ、そうか」


 もっともである。頷いた蓮は、愛を部屋から追い出した。


「おら、俺もう寝るから、お前も早く寝ろよ。明日早いんだから」

「わかってるって。おやすみなさい」

「おう」


 部屋のドアを閉め、蓮はベッドに飛び込む。


(……あっぶねええええええええええええ!)


 危うく、どうにかなりそうだった。アイツ、からかうにしても限度があるだろう。あんな

格好で迫られて、変な勘違いしそうじゃないか。


 意識して無心を保たなければ、蓮は到底眠ることができなかった。


 一方、自分の部屋に戻った愛も。


(き……っ、緊張したああああああああああああああああ!)


 自分の部屋に着いた途端、顔を真っ赤にしてしゃがみこんだ。

 我ながら、何と大胆なことをしたのか。そう思わずにはいられなかった。風呂上がりの寝間着なんて、男性には父親か祖父にしか見せたことがなかったというのに。


「お、戻ってきた。どうだった、逆夜這いは」

「そういう言い方やめてください!」


 ベッドに置いてある日本刀、そこから出てきて寝そべっている霧崎夜道が、にやにやと笑っている。愛は頬を膨らませてベッドに腰かけた。


「もう、何なんですか、急に! 『あの男が気になるなら部屋に行ってみたらどうだ』って……」

「なんというか、お前ら見てたらもどかしくてなあ。俺が生きていたころなんて、男なんか夜な夜な女の屋敷に忍び込んで部屋に入り込んではだな」

「平安時代の話でしょ!? 今それやったら犯罪ですから!」

「しかし、真に受けて行くお前もお前だがな」


 くっ、言い返せない。愛は唇を噛んだ。


 蓮の部屋に行く少し前、部屋に備え付けのシャワーを浴びると、夜道がテレビを見ていた。ちょうど恋愛ドラマをやっていたのを、夜道はまじまじと見つめていた。


 興味があるのかと聞くと、「ん、まあな」と生返事だった。だが、愛も一緒に恋愛ドラマをながめているうちに、なんだか変な気分になってきたのだ。しまいには濡れ場に突入してしまい、愛は顔を真っ赤にした。


「ち、ちょっと夜道さん、チャンネル変えてくださいよ」

「何だ? ただのまぐわいだろうに。うぶな奴よ」


 もう、と言って、愛は部屋を出て行った。そして、行く当てもなかったので蓮の部屋に行ったのである。


 なぜ朱部の部屋に行かなかったのか、と言うと、それは愛の思考からすっぽり抜け落ちていたからに他ならない。何しろ、蓮と愛の部屋は隣だったが、朱部の部屋は違うフロアに会ったのである。さっさとその場から離れたかった愛は、たまらず隣の蓮の部屋へと入った。そして、台本を読んでいるのを見かけて、それに興味を示したわけで。


 自分のしていることがかなり大胆であることに気づいたのは、蓮の隣に座って少しした後である。


(な、何してんの私いい!?)


 そう思っても不自然に慌てるわけにも行かず。結局は、蓮に追い出されて自分もほっとしたわけだ。


「ところで、明日は島に行くみたいだな」

「そうですけど」

「島ねえ……」


 夜道はふと考えごちながら、ふわりと宙に浮かぶ。


「どうかしたんですか?」

「いや、昔な。南にいるもののけの話をどっかで聞いた気がするんだが……」


もののけ?」


 怪とは、この世に存在する異形の者、日本でいう「妖怪」の事だ。その中でも、河童や天狗といった、自然に発生した生物の事を「怪」と呼ぶ。対称的に、生き物の怨念などから生まれるものを「妖」と呼び、これらは放っておくとかなり危ないものとなる。


「沖縄にもいるんですか? そういうの」

「生き物がいりゃどこにでもいるわ。だが、どんなもんだったかまでは思い出せんなあ」

「……念のため、警戒は必要ってことです?」

「ま、縄張りさえ荒らさなけりゃどうってことは無かろうよ」


 夜道はそう言って、刀の中に引っ込んでしまった。

 愛は溜め息をつくと、自分ベッドに入る。


 明日は何しろ4時起きだ。早く寝ないととても起きられない。

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