4-Ⅵ ~めんそーれ、沖縄!!~
安里夕月は、那覇空港にて甥の到着を待っていた。予定よりずいぶん早く来てしまったが、今日は仕事も休みなので問題はない。
「修一くん、大丈夫かしら……」
薄紫の髪を揺らしながら、ため息をつく。
喫茶店で再開したとき、彼はなんだか嫌そうだった気がする。秘書の朱部さんは、「ふん縛ってでも連れて行く」と言ってくれたが、それでも心配なものは心配だ。
夕月が修一と始めて出会ったのは、もう7年も前になる。台風が近づき、じめじめと暑い日の事だった。
姉の朝美が交通事故で死んだ、という報せを受けた家族は、ひどくふさぎ込んでいた。生真面目な姉も、自由奔放な妹も、そして何より自分たちを支えてくれている母も、一言も発することができずにいたのである。
朝美は、家の人間にとって太陽のような存在だった。幼いころに病死した父に代わり、家を支えようと必死で働き、高校を卒業した後にはすぐに上京して高収入の仕事に就いた、とだけ連絡が来た。
母は心配で連絡をしていたが、何度電話しても「私は大丈夫」としか言わなかった。毎月かなりの額を仕送りしてくれたので、夕月たち3姉妹は学校を辞めずに済んでいる。
そんな一家の大黒柱の姉を失い、どうしようかと考えなければならないのだが、そう考えることもできないくらい、当時の夕月たちは落ち込んでいた。
そんな雨の日の中、インターホンが鳴った。
ドアを開けた夕月はぎょっとした。黒髪でずぶ濡れの少年が、びしょびしょのまま家の前に立っているのだから。
「……な、何?」
「……安里、朝美さんの家ですね」
少年は、確かに姉の名前を言った。「シャワーを貸してほしい」というので、どうしようかと家族に相談したところ、母から許可が出た。
「……うち、女家族だから男物ないよね。買ってくる」
「いや、お父さんの服があるさ」
「でも、あの子子供よ? そんなサイズじゃないでしょ」
そう言っているうちに、男の子は風呂から出てきた。だが、彼は黒いTシャツとズボンをすでに着ている。
「着替え、持ってきてるんで」
少年は、そう言うと出て行こうとする。
「お待ちな。ちょっと聞きたいことがあるんやけど」
母の言葉に、少年の動きが止まった。
「アンタ、名前は?」
「……修一」
少年が名乗ったのは、それが初めてだった。
修一は、朝美の「知り合いの子」だという。彼女の地元が沖縄だと聞いて、彼女の死とともにやって来たのだそうだ。
安里家の一同は、当時は朝美が子供を産んでいたという話を聞いていなかった。
なんで一人なのか、親はどうしたのか、という質問に修一は答えなかった。ただ、母は薄々勘付いていたのかもしれない。彼をそのまま家に滞在させたのだ。
「親もおらん子を一人で放っておくわけにも行かんじゃろ」
そうして、修一少年との生活は始まった。
「ねえ、向こうで姉さんはどうだったの?」
「優しい人でしたよ。いろんな人に」
修一少年は、あまり自分の事を話したがらなかったが、朝美のことは良く話してくれた。そうすることで、家族との距離感も少しずつ近づいていく。ある時など、当時大学生だった妹のレポートを一緒にやっていた。9歳だと言っていたので、目を丸くしたものだ。
当時は姉も行政書士事務所で働き始め、夕月も大学を中退してバイトと女優業を兼任して、家計を支えていた。あまり一緒にいる時間は確保できなかったが、それでも彼といるうちに、だんだん楽しくなってきていたのだ。
だが、唐突に修一少年はいなくなった。安里家に来てから、わずか半年の事だ。
総出で探したものの、ついぞ修一少年を見つけることはできなかった。
ムラタ・グループの先田という男から、修一少年の正体を聞いたのは、それからだいぶ後のことだ。
「……朝美姉さんの、息子……!?」
「朝美様は、奥様から固く、お子さんが自分の子であることを口止めされていました。それで……」
「じゃあ、あの子が家に来たのは……!」
先田が半年も安里家へ連絡を取らなかったのは、安里家への連絡をする前に目撃情報などが全国で散見したからである。何より、この時安里が自分の出自を知っていることを把握している人物は誰もいなかった。
何より、たかが9歳児、と高をくくっていたのだ。ましてや当時、安里が「同化侵食生命群体」となっていたことなど、思いもしない。
当時の修一少年は、追っ手の目をくらますために、自分があちこちに移動した証拠をわざと残していた。核心を隠すために、撒き餌を大量にばらまいていたのだ。追っ手はそれらの情報に翻弄され、どの情報が本当かわからず、安里家への連絡をしていた時には安里は海外へと高飛びしていた。
それからも無事であることは分かってはいた。「安里朝美」名義の口座からの送金が、彼女の死後も続いていたからだ。
有名になれば、彼は自分に気づいて、また来てくれるだろうか。そう思って、ずっとやって来た。
そうして、どこかに行ってしまった甥っ子の事も頭の片隅において、7年。
沖縄でコツコツと仕事をこなし、ようやく全国区へと手が届いた先日。
テレビ局のスタジオにて、衝撃的な再開を果たしたのだ。
***************
空港が、にわかに騒がしくなった。夕月は思わず、自分の格好を検める。こう見えても結構有名人なのだ。もしや見つかったのでは、と思ったのだ。
だが、騒ぎの原因は違うようだった。
「UFOだー!」
「海にUFOが出たぞー!」
(ゆ、UFO?)
見ればバタバタと空港にいる人々が、外へと走っていく。夕月も行こうかと思ったが、安里たちを待っている手前、移動するのもどうかという気持ちがせめぎあう。
(ど、どうしよう……?)
正直、すごく気になる。でも……。
そう思っているうちに、UFOはいなくなってしまったらしい。先ほどまでいたらしい未確認飛行物体は、陰形もなく消えてしまっていたそうだ。
夕月はちょっと残念だったが、もしやSNSにあるのではないかと思い立った。
スマホを取りだし、トレンドにないか調べてみると、いくつか写真が上がっている。
中でも注目されているのは、動画だ。動画には巨大な飛行物体が、一瞬で消えている映像が映っている。コメントには「CGか?」「本当に消えてるの?」というコメントが大量についていた。
「……さすがに、CGよね?」
思わずつぶやいた夕月は、スマホをしまうと再び待ちの姿勢に入る。
そうして、おおよそ40分後。
「夕月さん」
後ろから声がしたので振り返ると、ポロシャツを着た安里修一が立っていた。
「あ……修一くん!」
「どうも、来ましたよ」
「え、あれ?」
夕月は思わず振り返る。そこには、安里探偵事務所の面々が立っていた。……見慣れないアイア●マンみたいなのもいるが。
「おかしいなあ、到着口見てたんだけど、気づかなかった」
「反対側から来たんですかね、僕ら」
いけしゃあしゃあという安里だったが、わざわざ彼女の姿を遠方から察知して、あえて死角から話しかけたのは内緒にしてくれと頼まれている蓮たちは目を逸らしていた。
そもそも、蓮たちは飛行機自体使っていないのだから、到着口から出ようはずもない。
飛行モードのボーグマン・ギガントは目立つからという理由で、海の上で別の乗り物に乗り換えることになった。
「言うて、どうすんだよ、海の上って」
「そりゃ、船でしょう」
安里がそう言い、ボーグマンの背に刺さるUSBを抜いた瞬間。
ボーグマンギガントが、一瞬で姿を消した。
「―――――――え?」
浮遊感に青ざめた愛を、咄嗟に蓮は掴む。
「バッ……!」
一同は、海に向かって真っ逆さまに落ちた。
「「わああああああああああああーーーーーーーーーーーーーっ!」」
落っこちる一同の中で、ボーグマンが真っ先に海に向かって落ちる。そして、海に落ちたボーグマンの身体から、白いエアバッグが大量に展開された。
蓮たちは、エアバッグに向かって落っこちる。一度弾んだが、なんとか海には落ちずに済んだ。
「あとは、どっか人気のないところに行けばオッケーです」
「オッケーじゃねえだろうが!」
蓮は安里を海に蹴り飛ばした。
「ちょっとぉ、僕なら濡れても誤魔化せますけど、皆さんじは落ちても誤魔化せないんですからね。安易に海の上で暴れないでくださいよ」
海から這い出てきた安里が全身黒く変色すると、一瞬で元に戻る。その姿に、濡れていた形跡は微塵もない。
「そもそもお前が寝坊したせいなんだよ! こんなことになってんの」
「わかってますって。それじゃあ行きましょうよ」
安里が指を鳴らすと、ボーグマンの尻部分からジェットが噴射される。
「なんかヤダ、このジェット……」
愛の呟きも音に掻き消え、蓮たちはようやく沖縄へと到着したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます