4-Ⅳ ~各々、旅行直前~

「え、沖縄?」

「おう」


 亞里亞が問いかけるのを聞き流しながら、蓮はスーツケースに着替えを詰め込んでいる。


「いいなあ、ママも昔パパと行ったのよ、沖縄」

「そうなの?」

「それでね、海でパパと遊んで、夜はホテルで……」

「いい、いい! 生々しい話になるならいいから!」


 暴走しかける母を、慌てて亞里亞が止めた。いつまでたっても新婚気分な母には困ったものである。


「それで、どれくらい沖縄にいる予定なの?」

「大体5日間ぐらいかね」

「ふーん……ねえ」


 亞里亞が、蓮の耳もとに顔を寄せる。


(翔兄のあれ、どうすんの?)

(……どうすっかなあ)


 翔にストーカーがいることは、もはや紅羽家の面々も周知の事実である。本人がさほど気にしていない(あくまで力づくで何とかすることを望まないだけ)ので穏便には済ませているが、蓮が彼女に対して大きな抑止力になっているのは明白だ。兄がいなければ、弟は多分骨までしゃぶりつくされている。


「あ、それなら心配ないよ。その期間、しーちゃん達ロケでいないから」

「何?」

「マネージャーさんに相談したら、その期間にがっつり仕事入れるって」


 詩織の狂行には、マネージャーもほとほと困っているらしい。蓮が不在なので、その期間は何とかならないかとダメもとで相談してみたら、そういう対応を取ってくれるそうだ。


「どこ行くんだ? あいつら」

「さあ、そこまでは。でも、結構過酷なロケになるだろうってさ」

「過酷、ねえ」


 過酷と言っても、彼女たちは厳しい修業をしてきた蟲忍衆と呼ばれる忍たちだ。そう簡単にはへこたれるような仕事にも当たらないだろう。むしろちょっといい気味だ。


「あっそう、じゃあいいや」


「兄貴、沖縄行くんならさ。お土産にアレ買って来てよ」

「あれ?」

「何だっけ、チン……チン……チン何とか」

「チン……?」

「もしかして、チンスコウの事?」

「そう、それ!」


 翔の答えに、亞里亞が手を叩いた。


「チンスコウねえ。……あとなんかあるか?」

「あ、あと、沖縄の写真ちょうだい。ゲームの資料にするから。翔兄は?」

「うーん、僕はいいよ。他のお土産、思いつかないし」

「じゃあ、なんかいいのあったら、適当に撮っとくわ」


 そう言うと、のそのそとジョンが蓮の前にやって来た。


「……なんだ、お前もお土産欲しいのか?」


 ジョンは尻尾を振ったまま、蓮の顔をじっと見つめている。


「じゃあ、沖縄のドッグフードで買って帰るよ」


 そう言って、ジョンの頭をわしゃわしゃと撫でると、そのまま蓮の上にのしかかって来た。


***************


「南国かあ、行ったことないな」

「まあ、昔は今と違って海を渡るのも大変ですもんねえ」


 立花家では、愛が荷造りしながら竹刀袋と話していた。

 いや、正確には竹刀袋の中の日本刀、その中に憑りついている幽霊、霧崎夜道とである。


「せいぜい南と言えば薩摩がせいぜいだからな、俺らの時代でも」

「そっかー、夜道さんも行ったことないんだ」

「とはいえ、この辺と大して変わらないんだろ? なら、そんなに驚くこともないだろ」


 どうかな、と愛は思う。なんだかんだと、カルチャーショックはあると思うのだが。先日なんか、冷凍庫に驚いていたのだ。


「お、おい、これは、極寒地獄への入り口か!?」


 正直、何言ってんだろうと思った。


「きっと、驚くと思いますけどねえ」

「まあ、向こうの怪は良く知らんからな、俺も」

「怪? 沖縄だと、確か……キジムナーってのがいるのかな?」


 キジムナー。沖縄のガジュマルの木に生息するという精霊、らしい。愛も詳しく知らないが、興味本位でちょっと調べたのだ。


「そんなに害のある感じじゃなさそうですけどね」

「……ま、そんなに怪が横行するような世でもないだろ」


 霊体ながら愛のベッドの上で寝転ぶ夜道を見て、愛はため息をついた。


 沖縄では蓮たちと、さらにはこの夜道とも一緒にいなければならないのだ。


(……果たして普通に終わるかなあ?)


 行く前から、心配事は増えるばかりである。


***************


「夢依、何見ているんです?」


 荷造りしている安里の言葉も無視して、夢依はテレビにかじりついていた。やっている内容は、ちょうど沖縄である。


「流行なんですかね、沖縄」

「おじさん、これ!」


 夢依が妙にテンション高く、画面を指さした。そこに映っているのは、沖縄本島近くにあるという無人島だ。


「無人島がどうかしました? というか、あなたも早く荷造りしなさいな」

「ボーグマンにやってもらってる」


 夢依の隣では、安里が作ったロボットのボーグマンが、夢依の服をたたんでいる。ご丁寧に、手をアイロンに変化させている。


「……何勝手に機能拡張してるんですか」

「いいでしょ、便利だし」


 元々家事をさせるために造ったので、この機能拡張は別にいいのだが。勝手に使われるのは、ちょっと癪に障る。


「あのねえ、子供のころから苦労しないと、ろくな大人になりませんよ」

「苦労したってろくな大人になりゃしないでしょ」


 この姪、キレッキレであった。


「……まあ、明日寝坊しないでくださいね。空港、行くんですから」

「わかったー」


 適当に返事をする夢依だが、時刻は既に夜の11時を回っている。飛行機が出るのが9時半なので、寝るのならそろそろだ。


「……早く寝なさいよ?」


 安里はそう言うと、事務所の上にある自室へと向かった。自分もそろそろ寝る時間だ。


 なのだが。


「……ふむ、ちょっと、念には念を入れますか」


 こういう時に限って、してはいけない思い付きをしてしまうものだ。


 安里は目覚ましをセットすると、机に向かって何かを造り始めた。


***************


 そして、朝がやってくる。


***************


「うわああああ! 危ねえええええええ!」


 蓮は慌てて飛び起きた。飛行機に行く時間ギリギリに飛び起きたのだ。


「何してんのさ、兄さん!?」


 心配だったのか先に起きていた翔に怒られながら、慌てて着替える。

 スーツケースを、もはや転がす余裕などない。

 慌ててスーツケースを抱えると、空港めがけてダッシュで駆けだした。


***************


「忘れ物ないか?」

「うん、大丈夫」


 父親に見送られながら、愛は靴ひもを結ぶ。空港へのバスの時間まではまだまだ余裕だ。


「気をつけてな?」

「大丈夫だよ。お土産楽しみにしててね?」


 そう言って笑うと、愛は自宅のドアを開けた。


***************


「いやあ、すがすがしい朝ですねえ」


 そう言う安里の額に無数の風穴があいた。


「盛大に寝坊しておいて、何をかっこつけてるのかしら」


 マシンガンを構える朱部の横で、夢依が頬を膨らませていた。


 この男、姪にあれだけ言っておいて、自分が大寝坊をかましたのだ。


「どうするの? 飛行機、替えの便ないんでしょ?」

「ふーむ、そうですねえ」


 安里は座ったまま、スリープ状態になっているボーグマンをちらりと見やった。


「……裏技、使いましょうか」


 安里の言葉に、夢依と朱部は顔を見合わせた。

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