4-Ⅲ ~決定、沖縄行きっ……!!~

 指定の喫茶店に行ってみると、夕月がそわそわしながら待っていた。まるで恋人を待っているようだ。


「うわー、めっちゃそわそわしてますね」


 そう言う安里は、朱部に首根っこを掴まれている。ことあるごとに逃げ出そうとしたのだ。


「お前よお、なんでそんな露骨に嫌がるんだよ、身内なんだろ?」


 安里を引っ張りながら、蓮たちは喫茶店に入った。カランカラン、というベルの音とともに、夕月がこちらに気づく。安里の顔を見るや否や、顔がぱっと明るくなった。


「修一くん! 来てくれたのね」

「……え、ええ、まあ」


 さすがに一つの席に座るには大人数なので、夕月と安里、そして夢依を一緒の席に座らせて、蓮たちは隣の席に着く。


「びっくりしたわ、まさかゲストで修一くんがいるなんて」

「……そうですね。7年くらいですか」

「お姉ちゃんもお母さんも、心配してたのよ? 今までどこで何してたの?」


 夕月の問いかけに、安里は観念したように愛想笑いで誤魔化す。そりゃあ、言えるわけもない。7年前と言えば、安里が実家を家出して1年くらいの頃だ。そしてその2年後に安里は実家を滅ぼし、そして現在は裏社会の大物だ。


「まあ、色々と、ね」

「色々とって何よ? ……っていうか、この人たちは?」

「あ、私たちは安里さんの部下です」


 愛がそう言って、名刺を手渡す。その肩書を、夕月はまじまじと眺めた。


「……探偵事務所? え、でも、修一くん17歳くらいでしょ?」

「まあ、その、皆さんの所から離れた後、アメリカに行きまして。飛び級で大学を合格ししました。なので大卒です」


「「「そうなの!?」」」


 これは蓮たちも知らなかったことだ。夕月も含めて3人そろって声を上げてしまった。


「え、いや、ちょっと待って。それはいい、いや良くないけど、えっと……その子は?」

「ああ、夢依の事ですか。僕の姪っ子です」

「姪っ子……っていうと……あの家の?」


 夢依を見る視線は、どこか訝し気だ。

 彼女にとっては、姉を殺した家の末裔になる。複雑な心境なのも無理はない。


「ええ、先日僕の姉が亡くなりまして、身寄りがないので引き取ったんですよ」

「亡くなった?」


 安里が夢依の事情をあらかた説明すると、夕月の表情はいささか柔らかくなった。元々子供が相手だ、夢依に対しては直接思うところはないのだろう。


「……そうだったの。交通事故で……」

「まあ、それで。ここにいる皆さんに引き取れ引き取れとせっつかれましてね」


(よく言うぜ、どうせ引き取る腹積もりだったくせに)

(まあまあ、素直になれないだけみたいだし)


 聞こえないように小声で悪態をついていると、夕月が安里の手を握る。



「……ねえ、修一くん。家に来ない?」

「いきなり何を言い出すんですか」

「冗談じゃないわ。一緒に暮らすとかじゃなくて、お姉ちゃんたちに会ってほしいのよ」


 その目はいたく真剣である。安里は困ったように目を泳がせていた。


「いいじゃねえか、行って来いよ」

「そうですよ。ご家族なんですし」


「そうは言いましても……」


「……おじさん、社員旅行」


 くぐもる安里にとどめを刺したのは、ジュースを飲みほした夢依の言葉だ。


「え、でも社員旅行はこれじゃ……」

「……そうね。こんな近所で社員旅行なんて、ちゃんちゃらおかしいわ」


 夢依に同調して、朱部が呟く。


「朱部さん?」


「いいじゃない。沖縄。ねえ?」

「え」


 唐突に振られた蓮と愛だったが、その場の勢いで思わず「うん」と頷いてしまった。


「ですって。そんなわけで、社員旅行は沖縄決定ね」

「え、ええ……」

「夕月さん、ご希望通りよ。旅行中にでも顔出させるわ」


「ほ、本当!?」


「所長秘書の名に誓って」


 朱部はそう言って、自分の名刺を見せる。そこには、「所長秘書」という、蓮たちも聞いたことがない肩書が書かれていた。


「あ……ありがとうございます!」

「それじゃあ、日程の調整ですけど……」


 夕月が朱部の席に移動し、細かい段取りを始めた。


 がっくりと肩を落とす安里の席に、蓮は座った。


「……あいつ、秘書だったのか?」

「……普段は僕が自分でマネジメントしているので、ほとんど名ばかりですけどね」


 彼女があの肩書を使うとき。


 それは、大抵安里への嫌がらせのためである。


「なんでそんな奴を秘書にしてんだよ」

「便利なんですよ。色々と」


 戦闘、運転、事務。様々な分野で安里のサポートをしている朱部は、事務所には欠かせない存在だ。何しろ、メンバーのほとんどが未成年で無免許である。

 最強である蓮相手にひるみもせずシュル缶爆弾を放り投げてきたのは、記憶に新しい。


「……怖い女だよな」

「ですね」


 そこばかりは、蓮も安里も共通の見解だった。

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