4-Ⅱ ~予想だにしないゲスト~

「蓮さん、どこ行ってたんですか?」


 戻ってきた蓮に、愛はぐい、と詰め寄った。近い。蓮は顔を反らす。


「……いや、ちょっと」

「おや、蓮さん。何ですかそれは?」


 安里が目ざとく、蓮の持つチケットに気づく。蓮はチケットを里に見せた。


「ス●ジオパークのチケットだってよ。どこぞの忍者どもから」

「おや、彼女たちがいたんですか?」

「まったく、気が抜けたもんじゃねえ。さっきも殺されかけたしよ」

「えっ!?」


 蓮はさらりと言うが、この場は愛のリアクションが正しい。


「だ、大丈夫なの!? 命狙われたって……」

「ああ、別に問題ねえよ。今日はもう何もしてこねえだろ」

「……それで、そのス●ジオパークのチケット、今日のですか?」

「ああ。見学しようかと思って用意してたんだと」

「なるほど……」


 安里は、ちらりと隣を見やった。すでにチケットは安里の手を離れ、隣に座る夢依が両手に握っている。


「最前列!」

「……見に行きますか?」


 安里がそう言うと、夢依はコクコクと頷く。


「……行きますか。スタジオ」


 安里は仕方なさそうにそう言うと、ゆっくりと席から立ち上がった。


***************


 意外と言うと失礼かもしれないが、なかなかにスタジオの見学席は混んでいた。

 スタッフの人にチケットを見せると、「では、こちらへ」と案内されて、一番前のパイプ椅子に腰かける。

 蓮はあまりこの番組を知らないのだが、どうやらトーク番組らしい。司会、アナウンサーとゲストが、1対2でトークを繰り広げる番組のようだ。


「いわゆる徹●の部屋だよね」

「……今日のゲストって、誰なんだ?」

「今日のゲストは、夕月ゆづきだよ」


 安里と蓮の隣に座る夢依が、蓮の袖を引っ張りながら答えた。


「夕月?」

「女優さん。今、朝ドラに出てるの」


 存じ上げない。悪いけど。


「……そんなに有名か?」

「いや、私も知らない……」


 どうやら、愛も知らないらしい。だが、愛はマイナーな映画を愛好しているので、あまり参考にはならない。


「おい安里、お前知ってるか?」

「……」


 安里に聞いてみるが、安里は答えない。


「……おい?」

「え、何です?」

「何じゃねえよ、夕月って女優、知ってるか」

「……失礼、ちょっとトイレに……」


 安里はそう言って、席を立とうとする。


「あ!?」


 蓮は眉をひそめた。こいつが、


「……おい、確保!」


 出て行こうとする安里の袖を、咄嗟に夢依が掴んだ。合わせて、朱部は彼の足を引っかける。


(ち、ちょっと。こんな衆目に晒されて僕がうんこ漏らしてもいいんですか?)

(しょうもねえ嘘ついてんじゃねーよ)


 小声でもめながら、安里を無理やり座らせた頃に、前説らしい芸人がやって来た。そして、今日の収録の説明をしてくれる。


 どうやら、夕月と言う女優は、沖縄出身の女優らしい。今やっている朝ドラの舞台が沖縄で、主人公の年上の友人と言う脇役ながら注目されているという事で、東京のスタジオに来ているらしい。


「へえ、沖縄ねえ」

「結構ローカルでは有名みたいだね」


 そうして、とうとう前説が終わり、本番が始まる。当の安里は首根っこを朱部に掴まれており、逃げられそうになかった。


(……こいつが逃げ出そうとするなんて、なんかあったのか?)


 蓮が不信に思っているうちに、司会が挨拶を済ませる。


「――――――さて。それでは本日のゲストです。沖縄で今一番注目されている女優、夕月さん! 拍手でお迎えください!」


 そして、ゲストの女優が入ってきた。


 紫がかった髪色の、なるほどきれいな女優だ。普通に町で見かけたら美人だろうな、と思うくらいには。


 彼女は笑顔でこちらを見ながら手を振っている。その笑顔にも愛嬌があり、流石は芸能人だなあ、位にしか蓮は感じなかった。


 だが、ふと、彼女の笑顔がひきつった。それは明らかに、最前列の蓮たちを見てのことだ。


「……?」


「あの、夕月さん?」


 司会の声に、彼女ははっとなる。


「あ、ご、ごめんなさい」


 そうして、夕月は席に着く。そして、トークが始まった。


「えー、夕月さんは4人姉妹の3女として生まれたそうで……」


 司会がフリップを用いて話を進める中でも、彼女はちらちらとこちらを見てくる。


(……ど、どうしたんだろう)

(知らねえよ)

(……蓮さん、チャック全開とかじゃないよね?)


 愛の言葉に、んなわけ……と思ったが、念のために確認してみる。蓮のズボンはチャックがきっちり閉まっていた。


(……となると、安里か……?)


 安里の方を見やると、当の安里は無表情でトークを見つめていた。やっぱり変である。


 民法だったら何回かCMで中断もあるのだが、流石は国営放送。CMがないので休みがない。30分ほど怒涛のトークコーナーが続き、ようやく終わりを迎えた。


「それでは、本日のゲストは、夕月さんでした!」


 観客一同が求められた拍手をして、番組は終わる。

 終わった途端に、夕月は勢いよく立ち上がった。


 そして、こちらへ向かって真っすぐに向かってくる。


「……は?」

「え、何々!?」


 夕月は蓮たちの前に立つと、驚きを隠せないようにこちらを見下ろした。


「……あ、あの、何か……?」


 愛がそう言うのも聞かずに、夕月は、安里の方を向く。


 そして、その顔を両手でぐっと掴んだ。まるで、次っと見定めるかのように。


「……あの、離してくれません……」


 安里がそう言うと同時に、夕月は手を離す。一瞬ほっとした蓮達だったが。


 次の瞬間、今度は安里の頭を、思いきり抱きしめた。


 スタジオにいた全員が、固まって動けなくなる。


「修一くん……! やっぱり、あなた修一くんね……!?」


 そこそこに豊満な胸に押さえつけられた安里が、もがいているのがわかる。

 だが、普段の安里はモヤシだ。体型維持で鍛えているであろう女優に、力で勝てるわけもない。


「……し、修一くん……!?」


 蓮が繰り返し言うと、ようやく彼女は周りに気づいたらしい。安里をぱっと放した。


「あ……。あなたたち、この子の知り合い?」

「ま、まあ。一応……」

「この後、時間あるかしら? ぜひお話したいんだけど……」


 呆気に取られている蓮たちは、とりあえず頷いた。一応、時間はある。


「じゃあ、ここで待ってるから」


 そう言い、彼女は安里に一枚の紙を渡した。覗き見てみると、それは喫茶店のクーポン券だ。


 夕月はそのまま、スタジオの袖に引っ込んでしまった。安里をちらりと見やると、彼はあんぐりと口を開けたまま動かないでいる。


「……いや、お前に芸能人の知り合いがいること自体は、別に驚かないけどな?」


 コイツの事だから何らかのパイプを持っていてもおかしくないが、それにしたって安里を見てのあのリアクションは気になる。


「どういう知り合いだよ、あれ?」


 安里は意識が半分飛んだままに答えた。


「……僕の、いや、安里修一くんの、伯母さんですよ」


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