3-ⅩⅩⅧ ~アザト・クローツェの人間証明~

 懸命に叫ぶ戸籍上の母親をを見下ろしているのは、仮面を着けた安里と、朱部純の二人だ。


「あなた、朝美さんをひき逃げに遭わせましたよね」

「な、何の事……!?」

「たった3年ですよ。忘れるような時間でもないでしょうに」


 安里はそう言うと、手を2度叩く。朱部が、同じく縛られた強面の男を放り投げる。


 とっくに下調べを済ませた、鶴子が朝美のひき逃げを依頼した男だ。鶴子の裏からの差し金で、不起訴処分となっていたヤクザの男である。


「あ、あの女の事を、あなたが何で……!」

「わざわざ説明しなくてもわかるでしょう?」


 安里はそう言い、男にスタンガンを押し付けた。


「がああああああああああああああああああああああああああああ!」


 その威力は、もはや護身用の域を超えている。男は黒く焼け焦げると、ピクリとも動かなくなった。

 朱部が男にガソリンをまき散らし、火をつける。男は悲鳴を上げることもできずに、ごうごうと燃えて、やがて炭となった。


 それを目の当たりにした鶴子の顔は、涙と鼻水でグズグズだ。


「わ、わ、私も、殺すの……!?」

「ええ。生かす理由がどこにもないので」


 朱部が、どこからかトラックを運んできた。運転席から、鶴子の位置をしきりに確認している。


「な、何をするつもり……?」

「まあまあ。力を抜いてくださいな」


 安里は鶴子を仰向けに固定する。トラックはじりじりと、鶴子へと近づいていく。


 自分が何をされるのか、鶴子には容易にわかってしまった。何を隠そう、先ほど焼き殺されたヤクザが得意とする拷問だからだ。


「ぎ……ぎゃああああああああああああああああああああああ!」


 しばらく絶叫が続いたのち、車は彼女から離れ、位置を変える。ちょうど、頭の上を通るような位置取りだ。


「や、やめて、やめて……」


 涙を流す鶴子だったが、安里の表情は仮面に隠れて伺えない。


 やがて車は動き出し、鶴子の絶叫が再び誰もいない駐車場に響いた。


 そして。


 とうとう、トラックの進路は完全に定まった。


「やめて、助けて、助けて! いや、嫌アアアアアアアアアアアアアアアア!」


 泣き叫ぶ彼女をよそに、車はバック音を発し始めた。


 車はゆっくりと、彼女の頭蓋へと近づいていく。


 徐々に近づく音が、鶴子の恐怖をさらにあおる。


 やがて、彼女の視界に、車のタイヤが目に入った。それがゆっくりと、自分の頭の先っぽから上に乗り上がろうとしてくる。


「……あ、そうだ。最後に一言」


 安里が思い出したように、崩れ切った鶴子の顔を眺めた。彼女はもう、まともに呼吸もできていない。


「巷ではトラックに轢かれると、異世界に転生することができるそうです。―――――――あなたも、どこかに転生できたらいいですね?」


 トラックのタイヤが額の上に乗ったあたりで、鶴子の意識は完全に途絶えた。


 そして、トラックはがくん、と揺れる。


「終わりましたね」


 安里はそう言うと、さっさと自分の車に乗り込む。朱部がその車に乗ると、残ったトラックと、顔面が陥没しているしている鶴子の肉体は放置された。


 車が走り出し、公道に出たところで、安里は手に持っていたスマホのボタンを押した。


 遠くから、爆発音がした。


「怖いなあ、帰ったら戸締りしとかないと」


 安里は仮面を外しながら、そう呟いた。


 そして、剛三は案外、呆気なかった。


 鶴子の死を伝えると、へたり込んでしまったのだ。


「……お前が殺したのか……?」

「いえいえ、事故で、ね」


 動けなくなった剛三を、潰れたばかりのムラタ・ドリームワールドに運ぶ。

連れて行った小さな小屋には、朝美の姿をしたロボットがあった。


「あ……朝美、か?」


『……お待ちしておりました、ご主人様』


 朝美が他のロボットは、両腕を開いて彼を迎え入れる。剛三はまるであんよを覚えたての子供のように、よたよたと彼女の胸へと飛び込んだ。


「……おお、朝美、朝美ぃ……」


 頭を撫でられ、すっかりとろけるような表情へと変わった父親を見て、安里は表情も変えずにその場を去った。


 その内、彼は彼女の母乳に口を付ける。その中身は、中毒性の強い麻薬だ。


 元々ボケるだけの老い先だが、め一杯甘えて死ねるなら本望だろう。


 それに、これは彼への意趣返しだ。愛したくせに、最後まで守ろうともしなかった男への。


「……うーん、つまんないなあ」


 復讐が終わった安里修一だったが、彼の心に響くことはなかった。


(……やっぱり、僕は人間じゃなくなっちゃったんですかねえ)


 安里の持論として、感情を持つ人型の生命体は人間と言っていいのではないかと思っている。

 だが、安里のようにどんな形にもなれる者には、それは通用しない。


 人型だから人間である、という、普通の人が持つアイデンティティが存在しないのだ。そうなると、感情と言うものに重きを置かないといけない。だが、それも自分では希薄だと感じる。


(……そもそも、僕は人間でありたいのか?)


 そんな自問自答を、安里修一は誕生した3年前からずっと考え続けている。


***************


「僕はね、悪者になりたいんです」


 唐揚げ定食を食べながら、安里は夢依に言った。


「悪者になれば、ヒーローがやっつけてくれるでしょう」

「伯父さんは、死にたいの?」

「いえいえ、死にたくはありませんよ。そう簡単に自分がくたばるとも思いませんしね」


 ただね、と安里は心の中で付け加える。


(僕が死ぬとき、誰かが僕を否定してくれたら……怪物の僕を否定してくれるのなら、少しは人間であるんじゃないかな、なんて期待を、しているんです)


 今の自分は、完全に怪物だ。そんな自分の存在を否定してくれるもの。


 それが、修一少年が「人間だったこと」を証明してくれると、安里は信じたかった。


 その為に、自分を殺せるであろう、紅羽蓮を子飼いにしている。いつか、自分を殺すことができるのは彼だろう。


(……夢依、君はスペアプランだ)


 山盛りのご飯に苦戦する夢依を見やりながら、安里は微笑んだ。


(君が、僕を恨んでくれるなら……いつかきっと、彼が人間だったことを、証明してくれるでしょう)


 彼女たちが、怪人アザト・クローツェを否定してくれることを。


「安里修一」が人間であることを証明してくれるのを、彼は笑いながら待ち続けている。


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