3-ⅩⅩⅤ ~村田少年の絶望~
「……つーわけで、遺言。修一、アンタ夢依の面倒を見なさい!」
テレビ画面の中で、棗がびし、と安里を指さす。
「……嫌だと言ったら?」
「末代まで祟ってやるよ」
「こわっ……幽霊が言ったらガチじゃないですか」
安里は引いた目をして、ため息をついた。
「……はあ。分かりましたよ。仕事の傍らでいいなら」
「うん。よろしい」
「ま、別に一人養うくらいならなんとかなりますよ。そこそこ稼いでますし」
「じゃあ、ここにいる人たちが証人ね?」
棗は、安里以外の面々を見回す。
「こいつが夢依をほったらかしにしたら、ぶっ飛ばしちゃっていいから」
「洒落にならないのでやめてください」
一人、確実にぶっ飛ばせる男がいることなど、棗には知る由もない。
「じゃあ……」
「ええ。蓮さんに殺されたくないですし」
「……決め手は、俺かよ……」
蓮は頬杖をついたまま、コーヒーを飲む安里を眺めていた。
***************
問題も解決し、棗は成仏するはずなのだが。「せっかくだし修一と話したい」という事で、どうしたわけかテレビの中に、彼女は残っていた。
「あの、夢依は心配ないですから、とっとと召し上がってくれませんかね。天に」
事務所に一人残っているのは安里修一だけだ。他の面々は帰り、夢依は事務所横の仮眠室で眠っている。
「いいじゃん。あたしももうすぐ消えちゃうわけだし。あんまり話したことなかったでしょ」
「そりゃ、歳も離れてるし、鶴子さんが僕の事嫌ってましたからね」
「ああ、お母さん? あの人ホント、最後の方ヒスリすぎてヤバかったからね」
棗は、修一が生まれてから修一の悪口ばかり言っていた。少し前まで「人の陰口など言おうものなら、その者の品位を疑え」と言っていたのに、よりにもよって生まれたばかりの赤ん坊の陰口をたたくなど、わが母ながら呆気にとられる。
「そら、反発するわな。おまけに、勝手に会社の幹部と結婚までさせて来てさあ。やんなっちゃうよ」
「……夢依の父親は……」
「ああ、うん。旦那じゃないよ。あの人、インポだったから。それがまたムカつくんだよねえ。あたしで勃たんのかい、って感じ」
棗の夫となったのは、仕事ばかりで棗にはほとんど興味もなかった。せいぜい、ムラタ・グループの直系とのパイプができる、程度にしか思っていなかったのだろう。
「あの頃はまだ、肌も焼いてないし髪も黒いままにしろって、旦那がうるさくてさあ。それで、本人は不倫してんだよ? 最悪だよね」
「きっと、気づかれていることに気づいてなかったんでしょうね」
「でしょ? そう思うでしょ!」
「その不倫相手、用意したの僕ですしね」
「え、マジ!? どうやって用意したのさ」
「先田さんに言って、彼好みの女性をあてがいました。言っておきますが、あくまで不倫したのは旦那さんの方が先ですよ?」
「うわあ、マジ巨悪じゃん、あたしの弟……。あ、じゃあまさか、お母さんが死んだのも!?」
「ええ、僕が殺しました」
「マジかぁ!」
怒るかな、と思ったが、棗のリアクションは案外軽薄だ。
「いや、まあ、殺されるよなー、とは思ってたけどさあ。……あんたぶっちゃけ、お父さんよりお母さんの方が嫌いだったでしょ?」
「そりゃ、勿論」
安里は夜更かし用のつまみであるイカゲソを噛みながら言う。
「僕の母さんを殺したんです。殺されて当然でしょう」
***************
それは、修一が9歳になるであろう頃か。
安里朝美は、唐突に、交通事故で死んだのだ。
食材の買い物帰りに、車に撥ねられて。病院に運ばれたときは生きていたらしいが、修一が彼女の前に立った時には、すでに朝美は息絶えていた。
「……最後に、君に会いたい、と言っていたよ」
医者はそう言い、修一を残してその場に去っていった。不思議と、その場で涙を流すことはなかった。大泣きしている先田を見て、なんだか冷めてしまったのだ。
彼が涙を流したのは、その日のベッドに入ってからの事である。
そして、新しいメイドは鶴子お抱えの女だった。修一を徹底的に嫌い、最低限の仕事だけした後は、修一の話し相手になることもなかった。
このころの修一は、まだ、自分を鶴子の息子であると思っていた。
真実を知ったのは、剛三、鶴子、棗のいる屋敷に泊まることになった日の夜のことだ。
トイレに行こうと夜の廊下を歩いていると、鶴子の部屋から話し声が聞こえてきたのだ。
「……そう、不起訴処分ね。ええ、ご苦労様。……ええ、私を差し置いて跡取りなんて産むから、あんな目に遭うのよ。馬鹿な女」
電話越しに誰かと会話していたようだが、その内容だけで、修一少年は直感していた。そもそも、鶴子に母の愛情など、感じたことは一度もない。
母の愛情を感じていたのは、朝美からだけだった。
だが、修一は気づかないふりをしていた。他でもない朝美本人が、気づかせまいとしていたからだ。
だが、そんな朝美は、もういない。
そして、会話の内容的に、鶴子が手を回したのだ、と悟った。
――――――翌朝、修一の姿は、屋敷から消えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます