3-ⅩⅩⅣ ~村田少年の絶望~

「……つーわけで、遺言。修一、アンタ夢依の面倒を見なさい!」


 テレビ画面の中で、棗がびし、と安里を指さす。


「……嫌だと言ったら?」

「末代まで祟ってやるよ」

「こわっ……ガチじゃないですか」


 安里は引いた目をして、ため息をついた。


「……はあ。分かりましたよ」

「うん。よろしい」

「ま、別に一人養うくらいならなんとかなりますし」

「じゃあ、ここにいる人たちが証人ね」


 棗は、安里以外の面々を見回す。


「こいつが夢依をほったらかしにしたら、ぶっ飛ばしちゃっていいから」

「洒落にならないのでやめてください」


 一人、確実にぶっ飛ばせる男がいることなど、棗には知る由もない。


「じゃあ……」

「ええ。蓮さんに殺されたくないですし」

「……決め手、俺かよ……」


 蓮は頬杖をついたまま、コーヒーを飲む安里を眺めていた。


***************


 問題も解決し、棗は成仏するはずなのだが、「せっかくだし修一と話したい」という事で、どうしたわけかテレビの中に、彼女は残っていた。


「あの、夢依は心配ないですから、とっとと召し上がってくれませんかね。天に」


 事務所に一人残っているのは安里修一だけだ。他の面々は帰り、夢依は事務所横の仮眠室で眠っている。


「いいじゃん。あたしももうすぐ消えちゃうわけだし。あんまり話したことなかったでしょ」

「そりゃ、歳も離れてるし、鶴子さんが僕の事嫌ってましたからね」

「ああ、お母さん? あの人ホント、最後の方ヒスリすぎてヤバかったからね」


 棗は、修一が生まれてから修一の悪口ばかり言っていた。少し前まで「人の陰口など言おうものなら、その者の品位を疑え」と言っていたのに、よりにもよって生まれたばかりの赤ん坊の陰口をたたくなど、わが母ながら呆気にとられる。


「そら、反発するわな。おまけに、勝手に結婚までさせてさあ。やんなっちゃうよ」

「……夢依の父親は……」

「ああ、うん。私の旦那じゃないよ。あの人、インポだったから。それがまたムカつくんだよねえ。あたしで勃たんのかい、って感じ」


 棗の夫となったのは、仕事ばかりで棗にはほとんど興味もなかった。せいぜい、ムラタ・グループの直系とのパイプができる、程度にしか思っていなかったのだろう。


「あの頃はまだ、肌も焼いてないし髪も黒いままにしろって、旦那がうるさくてさあ。それで、本人は不倫してんだよ? 最悪だよね」

「きっと、気づかれていることに気づいてなかったんでしょうね」

「でしょ? そう思うでしょ」

「その不倫相手、用意したの僕ですしね」

「え、マジ!? どうやって用意したのさ」

「先田に言って、彼好みの女性をあてがいました」

「うわあ、マジ巨悪じゃん。あたしの弟……。あ、じゃあまさか、お母さんが死んだのも?」


「ええ、僕が殺しました」


 怒るかな、と思ったが、棗のリアクションは案外軽薄だ。


「いや、まあ、殺されるよなー、とは思ってたけどさあ。……あんたぶっちゃけ、お父さんよりお母さんの方が嫌いだったでしょ?」

「そりゃ、勿論」


 安里は夜更かし用のつまみであるイカゲソを噛みながら言う。


「僕の母を殺したんです。当然でしょ」


***************


 それは、修一が9歳になるであろう頃か。


 安里朝美は、唐突に、交通事故で死んだのだ。


 食材の買い物帰りに、車に撥ねられて。病院に運ばれたときは生きていたらしいが、修一が彼女の前に立った時には、すでに朝美は息絶えていた。


「……最後に、君に会いたい、と言っていたよ」


 医者はそう言い、修一を残してその場に去っていった。不思議と、その場で涙を流すことはなかった。大泣きしている先田を見て、なんだか冷めてしまったのだ。


 彼が涙を流したのは、その日のベッドに入ってからの事である。


 そして、新しいメイドは鶴子お抱えの女だった。修一を徹底的に嫌い、最低限の仕事だけした後は、修一の話し相手になることもなかった。


 このころの修一は、まだ、自分を鶴子の息子であると思っていた。


 真実を知ったのは、剛三、鶴子、棗のいる屋敷に泊まることになった日の夜のことだ。


 トイレに行こうと夜の廊下を歩いていると、鶴子の部屋から話し声が聞こえてきたのだ。


「……そう、不起訴処分ね。ええ、ご苦労様。……ええ、私を差し置いて跡取りなんて産むから、あんな目に遭うのよ。馬鹿な女」


 電話越しに誰かと会話していたようだが、その内容だけで、修一少年は直感していた。そもそも、鶴子に母の愛情など、感じたことは一度もない。


 母の愛情を感じていたのは、朝美からだけだった。


 だが、修一は気づかないふりをしていた。他でもない朝美本人が、気づかせまいとしていたからだ。


 だが、そんな朝美は、もういない。


 そして、会話の内容的に、鶴子が手を回したのだ、と悟った。


 翌朝、修一の姿は、屋敷から消えていた。

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