3-ⅩⅩⅣ ~棗と修一・姉と弟~
修一と棗の姉弟仲は、さほど険悪と言うわけでもなかった。というのも、どちらも父親からろくに愛情を受けて育ったわけではないのは共通していたからだ。
もっとも、修一が7歳になるころ、棗は22となり、ほとんど顔を合わせることもない、と言うのもあるが。
当時、棗は大学を卒業したばかりであり、ムラタ・アミューズメントの肩書のみの社長となっていた。実権を握っていたのは、常務であり彼女の夫となった、20も年上の男だ。
そんな彼女が、たまたま顔をつつき合わせたのは屋敷の中であった。
「あ」
棗の装いは、大富豪の令嬢としてはいささか派手な格好であった。親のしがらみを嫌い、あえて悪めの友人と付き合った結果である。
「修一じゃん。何してんの」
修一は、棗を見やるとそっぽを向いた。
赤ん坊のころはそれこそ、抱っこしてやったりしたのに。
「なんだよ、つれないなあ。大人びちゃってもう」
嫌がる修一を、棗は無理やり抱っこする。バタバタと暴れるが、モヤシの修一に棗を振りほどくことはできなかった。
「あはは、力弱っ! あたしがアンタくらいの年でも、もうちょっと抵抗できたよ?」
この弟が天才であることくらいは、棗も知っている。
いままで自分がムラタの継承者となると、信じて疑わなかった。そのためのきつい英才教育も、歯を食いしばって耐えてきたのだ。
だが、修一が生まれ、彼が注目された途端、彼女は見向きもされなくなった。気を引くために悪い男と遊んでみても、父はおろか母すら何も言ってくれなくなったのだ。
「……ほんと、あたしって何のために生まれたんだろうなあ」
飽きて修一を下ろすと、棗はすたすたと歩いて行ってしまった。
夫との仲など、冷え切るどころか最初から氷漬けである。
***************
「……しゅう、いち……」
画面の中の女が声を上げ、そこで巴田は限界を迎えた。
「お、おおおおおおおおおおおお、オバケ……!」
卒倒する巴田を、朱部が支える。
「……どうしたんですか、本当に」
「斎場に、霊体がいらっしゃったんです。多分、遺体に引っ張られていたんだと思います」
いや、それもだが、それを連れて来れる愛がどうしたと意味なのだが。この娘、田舎から帰ってきてからパワーアップしすぎでは? 安里は訝しんだ。
「……あー、棗姉さん?」
「……」
彼女はしばらく押し黙ったまま、動かない。
だが、やがてパチッと目を見開いた。
「いやー、あたし、死んじゃったわー。つーか、アンタ親父にあんなことしてたわけ? あんたもマメだよねえ、あんな死にかけのジジイほっときゃいいのにさあ。定期的に面倒見てたんでしょ? どうせ」
テレビの中から聞こえてきたのは、思いがけず明るい声だった。
「……相変わらず、底抜けに能天気ですね」
「それがあたしの生きざまよ。って、もう死んでっけどな! ハハハ」
「……そんなんだから、交通事故になんて遭うんですよ」
「いや、アレ私のせいじゃないし。赤信号でツッコんできたの、車の方なんですけど?」
意外にフレンドリーな棗と安里の会話に、蓮たちは茫然とするほかなかった。
「……なあ、愛、あれって……」
「う、うん……」
愛も視線をそらしながら、斎場で彼女の魂に会った時のことを思い出す。
***************
「えっーーーーーー!? あたし、死んじゃったのお!?」
「……自覚がない型の霊か……」
昭和の漫画のようなリアクションを取る棗に、夜道は顔を覆った。このタイプは面倒なうえに、彼女の性格的にも面倒臭さが、数倍になっているだろう。
「……で、アンタら誰?」
「あ、えっと……弟の安里修一さんの、知り合いです」
「え、修一の知り合いなの!? あんたら」
「そうなんです」
「へえー、あいつ、最後に会った時は鉄仮面みたいな女しか連れてなかったけど。アンタみたいな可愛い子ちゃんとも仲良くなってんだ、やるなあアイツ」
「は、はあ……」
こちらが1喋ったら5にして返してくるタイプの女性だった。
「それで、修一の知り合いが、あたしに何の用?」
「え、いや、その……」
「死んだ直後の人間の霊は、悪霊になりやすいんだ。俺たちはそれを止めに来たんだよ」
言葉に詰まる愛に代わって、夜道が補足を入れた。
「アンタは、おそらくこのまま現世にとどまれば……「妖」になってしまう」
この世に存在する「妖怪」と言うのは、厳密にいえば「妖」と「怪」に分けられる。
「怪」はいわゆる河童とか天狗とか、そういった「バケモノ」の類だ。これらは人間とは全く異なる生物であり、異なる生態系と社会を確立している。
一方で「妖」は質の悪いものであり、これは死んだ命が変容して生まれるものなのだ。
未練を残して死んだ霊が年月を重ねたり他者を呪ったりして力を増し、「妖」と呼ばれる怪物と化してしまう。こいつらは呪いをまき散らし、生者に悪影響を及ぼしてしまうのだ。
「そんな風になりそうなやつを、流石に放ってはおけんからな」
なお、この「妖」や「妖」となりかけの悪霊を退治するのが、四宮詩織たち蟲忍衆の仕事でもある。
「え、じゃあなに、あたし悪霊になっちゃうわけ!? ヤダー!」
「ああ。だからとっとと成仏せんといかんのだ」
「成仏……わかった、むむむむむむ」
そう言うと、棗は何やら目を閉じて念じ始める。夜道は彼女の額をはたいた。
「あたっ!」
「あほか。そんなんで成仏できるなら、お前は死んだときにとっくに成仏してるわ」
「えー、じゃあ、どうすりゃいいのさ?」
「霊として現世にとどまっているってことは、何か未練があるんだろう。何かないのか」
「えー? もっと遊びたかったとか、そう言うのかな? なまじ贅沢な暮らしを知ってるから、昔みたいに贅沢したいとか?」
そんな風に、思いついたことを口からポンポンと出す棗だったが、やがて口がぴたりと止まった。
「……なんて、ね。未練なんて、最初っからわかってるよ」
その目に映っているのは、深い後悔だった。
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