3-ⅩⅩⅡ ~村田夢依の保護者は……~

 がくん、と車が揺れて、安里修一は目を覚ました。


 どうやら、目的地に着いたらしい。ノロノロと車を降りて、トランクに入っていたボーグマンの上半身を取り出す。


 運転手である朱部は、早々と事務所に戻っていた。駐車場を見やると、先田の車もある。どうやら、彼らは先に帰ってきていたらしい。


 事務所のドアが吹き飛んだ穴を通ると、そこには事務所の面々が揃っていた。


 紅羽蓮、立花愛、朱部純。そして、蓮が連れてきた多々良葉金と、愛が連れてきた平等院十華と巴田絵里。さらには、先田龍之介と、眠っている村田夢依。


「……随分と大所帯ですね、この事務所も」


 安里はへらへらと笑いながら、自分のデスクに座った。


「施設への連絡って、もうしてるんです?」

「―――――まだです」


 答えたのは愛だった。安里は首を傾げる。


「おや、どうしてです?」

「まだ、はっきりしていないですから」


 その目には、鋭い光が宿っている。


「――――――安里さん。あなたは、夢依ちゃんをどうするんですか?」

「だから、言っているでしょう? 引き取る気はないって」


 安里の態度はあっけらかんとして、あえて緊張感がない。


「……てめえ……」

「僕とその子は、他人です」

「何言ってんだ、お前の姉貴のガキなんだろ!?」

「僕と彼女は、血のつながりもありませんよ」

「……どういうことっスか? 姉弟なら、血のつながりなんてあるに決まってるじゃないっスか」


 巴田の疑問はもっともであった。だが、当の蓮は、安里の言葉に口をつぐんでいる。


「本当に、血縁じゃないんですって。何なら、DNA鑑定してもいいですけど」

「……いや、いい」


 発案を断ったのは蓮だった。その場にいた全員が、蓮を一斉に見やる。


「蓮殿、なぜ……!?」

「こいつにそんなもんやったって無駄だ。……愛、お前ならわかんだろ」

「え……? あっ」


 愛は、恐ろしいことを思いついてしまった。


 そう言えば、見たではないか。安里が、触れたものに「同化」しているところを。あの能力は、確か触れたものに「なる」というものだったはずだ。


 つまりは……。


「DNAそのものも自由に変えられるってことですか?」

「どっか適当な奴になりゃ、それで終いだ」

「……ど、どういう事?」


 安里の能力について知らない面々はきょとんとしている。蓮は溜息をついた。


「……そうか、こいつらにこのバカの事話さねえといけねえわけか」


***************


 安里修一の能力、「同化侵食」。触れたものになり、触れたものを自分にする能力。その恐ろしさを説明するのに、安里は手始めに事務所のドアを直した。


 この能力の恐ろしい所は、一度触れてしまえば何度でも再現可能と言うところだ。


 黒い物体がうごめいて、木製のドアに変化するのを、安里の能力を知らなかった面々は青ざめた顔で見ていた。


「な、なななななななななななななな……!」

「き、奇々怪々っス……!」


「あのねえ、僕は見世物じゃないんですよ?」

「うるせえな、どうせドアは直すんだからいいじゃねえかよ」


(……な、何でこの人はこんなのに普通に接してられるんスか……!?)


 いつもの調子に戻り始めてきた蓮と安里のノリについていけない巴田は、動揺を隠せない。


「……まあ、そんなわけで。僕と夢依は、血縁関係にはないんですよ。だから、僕にこの子を引き取る義理もありません」

「し、しかし……」

「なんなら、あなたが引き取ればいいじゃないですか、先田さん」


 安里は先田を見やった。


「……私には、この子を引き取る資格などありはしません。私は、結局……」

「ああ、そうか。あなた、裏切り者ですものね。ムラタの崩壊は、あなたが招いたことだ」


 安里の言葉に、先田は口をつぐんでしまった。


「まあ、先田さんもダメなら、施設に戻るかですねえ」

「……でも、それじゃあ……!」


 十華が口を挟もうとするのを、愛が制する。


「……遺言ならどうです?」

「遺言?」


 あたりがざわめく。愛の言葉に、安里は失笑した。


「いやいや、遺言って。交通事故で死んだ人に、遺言も何も……」

「安里さん、あなた本当は、あの子を引き取りたいんじゃないですか?」


 安里の顔から、表情が消える。


「……愛さん、いくらなんでもそれ以上下手なことを言わないでもらえます?」


 その瞬間。


 探偵事務所は、今まで感じたことのないほどの冷たい殺気に包まれた。


 思わず、蓮も身構えるほどの殺気だ。巴田なんかは、あまりのプレッシャーに腰を抜かしている。


(こいつ、ここまでキレたことあったか……?)


 2年弱ほど安里とは付き合いがあるが、ここまで彼がプレッシャーを放つのは、初めて見る光景だった。

 そして初めて分かったのは、安里はキレると一気に表情が消えるのだ。


 おそらくは、あれが安里修一の素顔なんだろう。


 いつもへらへら笑ってる笑顔の奥の、正真正銘の「安里修一」としての表情なのだ。

 一方、愛は安里に対して、怯みもしていない。

 

(……あ、愛ちゃん……!?)


 十華はソファにへたり込みながらも、毅然とする友人の姿に驚かずにはいられなかった。


 安里と愛は立ったまま、じっと見つめあっていた。


 だが、やがて安里はため息をつき、冷たい殺気も風のように消えた。


「……冗談きついですよ。愛さん」


 やれやれ、とわざとらしく、安里は肩をすくめた。いつもの、わざとらしい安っぽい笑顔の安里修一だ。


「第一遺言って言ったって、あの人は交通事故だったんでしょう? 残す余裕なんかもなかったと思いますがねえ」

「ええ。死ぬ直前には残してません」

「……直前?」


 まさか。


「最初からそう言ったものを残していたとでも?」


 安里の問いかけに、愛はにっこり笑う。


 安里の笑顔から、脂汗がしたたり落ちた。

 

「……い、いやいや、あるはずありませんよ。彼女はずぼらな人でしたし、そんなものを残しているなんて……。僕は知らないですよ?」


 事務所に、沈黙が流れた。


「……あ」


 何かに気付いた安里が声を上げる。


「……しくじりましたね。これは」

「はい。安里さんらしくないです」


 にっこり笑ったまま、愛は答えた。


「……え、何、どういうことだよ?」


 状況を把握できていないのは、蓮だけであった。朱部も、葉金も、十華も、巴田すら、今の安里の発言の意味を把握できているというのに。


「……つまりは、姉君のことを気にかけていたということです」


 普通に、あるはずない、という断定で済む話なのだ。

 だが、安里は言ってしまった。「僕は知らない」と。これでは、断定ではなく確定だ。


 つまりは、安里は村田棗の行動を把握していたことになる。彼の把握している上は、棗は遺言を残すことなどしていなかったのだ。


「……ええ、ぶっちゃけてしまうと、私も生前に遺言があったかは知らないです」

「であるなら、どうやって遺言があると?」


「死後の遺言です」


 愛はそう言って、背中に抱えていた竹刀袋を机に置いた。そして、呼吸を整えると、目を閉じて集中し始める。


「え、お前、何して……」

「な、何と……!」


 葉金が脂汗を垂らし、驚愕の目で愛を見ているのを、蓮は眉をひそめて見ていた。


「物への霊体憑依……! まさか、そんな技術を持っているとは……!」

「……はあ?」


 霊体がさっぱり見えない蓮たちにはわからないことだが、蟲忍衆として妖怪と闘う葉金にはその姿がはっきり見えていた。


 竹刀袋から出てきたのは、一人の女だった。金髪に黒い肌をした、派手な女である。だが、その身体には生々しい傷跡が付いていた。霊体なので服など着ているはずもなく、裸の身体だからこそ分かる位置にばかり、その傷はついている。


「……立花殿、この女人は、まさか……」

「ちょっと待ってくださいね。朱部さん、テレビ借ります」


 愛が目を閉じながら、女の霊を手で誘導する。


 やがてするりと、女はテレビの中へと入っていった。

 同時に、テレビがひとりでに点灯する。何のテレビ局も拾わずに砂嵐になっていたが、やがて画面に女性が映った。


 その顔を見て、安里は目を見開く。


「……棗、姉さん……」


 画面に映る女性が、ゆっくりと目を開いた。

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