3-ⅩⅩⅡ ~安里朝美の献身~
「坊ちゃん……?」
修一の人知れずの趣味を朝美に見られたとき、彼はひどく赤面して狼狽した。
「い、いや、これは、その……!」
「何してるんですか? こんな時間に」
時刻は、夜の2時を回っている。毎朝4時起きのハードスケジュールである修一は、こんな時間まで寝ずに耽っていたのだった。
「……これは……?」
朝美がきょとんとした顔をする。
修一が耽っていたのは、人形作りだったのだ。
それも、着せ替え人形とかではない。システムによって自分で動く、AI搭載の自動人形であった。
屋敷の離れにある、誰も使っていない地下室で物音がするので見に来てみれば、とんでもないものに遭遇したと、朝美は思った。
「い、いや、工場見学に行ったときに、捨てられたけどまだ使えそうな部品があったから……」
作られている機械人形の姿は、現在のボーグマンと面影が重なる造形をしていた。朝美は修一に近寄ると、ポンポンと頭を撫でた。
「……すごいですね、坊ちゃんは。こんなもの作れるなんて」
「……だって、安里は一人で家事をやって、大変じゃないか。だから、ちょっとでも楽できたらって」
「まあ。これは、私のお手伝いをしてくれるんですか?」
「僕、家事とかできないし……だったら、できるロボットを用意した方がいいって思って」
つまりは、気遣ってくれていたのか。朝美は、この少年を抱きしめた。
「……ありがとう、ございます。坊ちゃん」
「だ、だからこのことは、内緒ね?」
「ええ。でも、私は坊ちゃんが手伝ってくれたほうが嬉しいですよ?」
朝美の目に涙が浮かんでいたことを、修一は知らない。気づかれないように涙をぬぐうと、朝美は笑顔を見せた。
「だから、もうお休みになってください。2時間しか眠れないけど、それでもしっかり休まないと、身体壊しちゃいますよ?」
「……うん、わかった」
部屋に戻ろうとする修一を見送ると、朝美は周りを見回した。
人形の周りには散らかったパーツがある。朝美はそれを片付けていると、あることに気づいた。
(……設計図がない)
これがかなり複雑なつくりをしていることは、朝美にだってわかる。だが、その複雑な構造を説明するものが、ここには一切なかった。あるのは、パーツと工具のみだ。
つまりは、設計図も見ずにここまで作ったのか。
すでに人形は上半身は完成していた。それを、たった6歳の少年が一人で。
(……本当に、信じられないなあ)
トンビが鷹を産む。親から優れた子が生まれるという意味だと、朝美の父が言っていた。だが、トンビが生んだのは鷹どころかもっとすごい何かだ。プテラノドンとか、多分その辺。
本当に、わが子ながら信じられない。
安里朝美は常々そう思っていた。
「―――――今日から坊ちゃんのお世話をする、安里朝美です」
物心がついているかいないかもわからないほど幼い修一に、そのように挨拶をさせられたのは、一種の宣言だったのだろう。「自分は、修一の母親ではない」という。
剛三は自分を側妻として迎えると言ったが、本妻の鶴子は許さなかった。そして、剛三との協議の末、通常通りのメイドとして修一の世話をすることは認められたのだ。
朝美としては、それで十分だった。最初、剛三に愛されたときは、彼を愛していたかもしれない。だが、子を産んでからは、剛三は朝美と距離を取るようになった。
以来、彼女の愛情はすべて修一に向けられた。
御曹司とメイドという体裁上の関係だったが、それでも母親としてできる限りの愛情を注いで、朝美は修一と向き合った。
そして修一は、彼女を母親とは知らず、その愛情を正面から受け止めていた。
ほかの人々は、皆が彼を「村田剛三の御曹司」としてしか見ていないことを、修一は幼いながらもわかっていた。彼を唯一「ただの村田修一」として扱ってくれていたのは、メイドの朝美だけだったのだ。
それゆえに、彼は屋敷の中と外では随分と人が変わっていた。屋敷の中では暇が趣味の機械いじりに没頭し、時折朝美の手伝いをしようとして、かえって仕事を増やし、それで落ち込んだりと、年相応のところも見せていたのだが。
「……ねえ、安里」
「はい?」
夜、夕食を食べながらふと、修一が尋ねた。
「安里って、沖縄の出身?」
「……どうしたんですか、いきなり?」
「沖縄に、安里って場所があるから、もしかしたらと思って」
奇しくも、この日の夕食にはゴーヤーチャンプルーがあった。
「……はい。私の実家は、沖縄にあるんです」
「沖縄かあ。やっぱり暑い?」
「本州に暮らす人には、そうでしょうね」
「そっかあ」
「私、4人姉妹の長女なんですよ。だから、一刻も早く働いて、親を楽にしてあげたくて」
「それでわざわざ本州に?」
「食い扶持が一人いなくなるだけでも、だいぶ楽になると思って、思い切って上京したんですよ。そしたら案の定、職に困って。大変でした」
「なんでこんなところで……やっぱり給料がいいから?」
「住み込みで働けるっていうのが大きいですかね。幸い、家のお手伝いは昔からしていたので得意でしたし」
「……そっか。家族には会えてるの?」
「……いえ、会えてないですね。こっちに来てから一度も」
朝美は、修一が生まれる前、剛三に手籠めにされ、妊娠が発覚したときから、この屋敷に軟禁されていた。剛三の不貞の噂を広めないように、という鶴子の策だ。
以来、彼女はずっとこの屋敷で暮らしている。幸い、実家に連絡をするくらいは許されているのだが、その内容も常にチェックされているという徹底ぶりだ。うっかり修一をわが子だと言おうものなら、鶴子は修一を殺してしまうだろう。それくらいに、彼女は危険だった。
「帰りたい?」
「そうですねえ、妹たちが心配だし、親もいつまで生きているかわからないし。顔を見ておきたいっていうのはありますね」
おそらく、修一が成人してムラタ・コンツェルンを継ぐまでは、故郷に帰ることはできないだろう。朝美は、薄々ながらそう感じていた。
「いい所ですよ? 海はきれいだし、観光地だからにぎやかだし」
「……僕、人多いの嫌い」
「あらら……あ、でも、私の住んでいた島には有名なところがあるんですよ」
「有名なところ?」
「ハートロックって呼ばれてる岩があるんです。そのうち、一緒に見に行きましょう?」
「……でも、有名ってことは人が多いんじゃ」
「結構道も険しいし、そんなに人も入れないから大丈夫ですよ」
「ふーん……」
興味もさほどないのか、修一はゴーヤーチャンプルを食べていた。だが、彼の皿には明らかに緑色が多く残っている。
「坊ちゃん、ダメですよ。ゴーヤもちゃんと食べないと」
「ええー、だって苦いんだもん」
「お肉やお野菜と一緒に食べるんですよ」
苦々しい顔でゴーヤを食べる修一を、朝美は笑いながら見つめていた。
近い将来、もう二度と会えなくなることを、お互い知らないまま。
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