3-ⅩⅩⅠ ~安里朝美の献身~

「坊ちゃん……?」


 修一の人知れずの趣味を朝美に見られたとき、彼はひどく赤面して狼狽した。


「い、いや、これは、その……!」

「何してるんですか? こんな時間に」


 時刻は、夜の2時を回っている。毎朝4時起きのハードスケジュールである修一は、こんな時間まで寝ずに耽っていたのだった。


「……これは……?」


 朝美がきょとんとした顔をする。

 修一が耽っていたのは、人形作りだったのだ。

 それも、着せ替え人形とかではない。システムによって自分で動く、AI搭載の自動人形であった。


 屋敷の離れにある、誰も使っていない地下室で物音がするので見に来てみれば、とんでもないものに遭遇したと、朝美は思った。


「い、いや、工場見学に行ったときに、捨てられたけどまだ使えそうな部品があったから……」


 作られている機械人形の姿は、現在のボーグマンと面影が重なる造形をしていた。朝美は修一に近寄ると、ポンポンと頭を撫でた。


「……すごいですね、坊ちゃんは。こんなもの作れるなんて」

「……だって、安里は一人で家事をやって、大変じゃないか。だから、ちょっとでも楽できたらって」

「まあ。これは、私のお手伝いをしてくれるんですか?」

「僕、家事とかできないし……だったら、できるロボットを用意した方がいいって思って」


 つまりは、気遣ってくれていたのか。朝美は、この少年を抱きしめた。


「……ありがとう、ございます。坊ちゃん」

「だ、だからこのことは、内緒ね?」

「ええ。でも、私は坊ちゃんが手伝ってくれたほうが嬉しいですよ?」


 朝美の目に涙が浮かんでいたことを、修一は知らない。気づかれないように涙をぬぐうと、朝美は笑顔を見せた。


「だから、もうお休みになってください。2時間しか眠れないけど、それでもしっかり休まないと、身体壊しちゃいますよ?」

「……うん、わかった」


 部屋に戻ろうとする修一を見送ると、朝美は周りを見回した。


 人形の周りには散らかったパーツがある。朝美はそれを片付けていると、あることに気づいた。


(……設計図がない)


 これがかなり複雑なつくりをしていることは、朝美にだってわかる。だが、その複雑な構造を説明するものが、ここには一切なかった。あるのは、パーツと工具のみである。


 つまりは、設計図も見ずにここまで作ったのか。


 すでに人形は上半身は完成していた。それを、たった6歳の少年が一人で。


(……本当に、信じられないなあ)


 トンビが鷹を産む。親から優れた子が生まれるという意味だと、朝美の父が言っていた。だが、トンビが生んだのは鷹どころかもっとすごい何かだ。プテラノドンとか、多分その辺。


 本当に、わが子ながら信じられない。


 安里朝美は常々そう思っていた。


「―――――今日から坊ちゃんのお世話をする、安里朝美です」


 物心がついているかいないかもわからないほど幼い修一に、そのように挨拶をさせられたのは、一種の宣言だったのだろう。「自分は、修一の母親ではない」という。


 剛三は自分を側妻として迎えると言ったが、本妻の鶴子は許さなかった。そして、剛三との協議の末、通常通りのメイドとして修一の世話をすることは認められたのだ。

 朝美としては、それで十分だった。最初、剛三に愛されたときは、彼を愛していたかもしれない。だが、子を産んでからは、剛三は朝美と距離を取るようになった。


 以来、彼女の愛情はすべて修一に向けられた。


 御曹司とメイドという体裁上の関係だったが、それでも母親としてできる限りの愛情を注いで、朝美は修一と向き合った。


 そして修一は、彼女を母親とは知らず、その愛情を正面から受け止めていた。


 ほかの人々は、皆が彼を「村田剛三の御曹司」としてしか見ていないことを、修一は幼いながらもわかっていた。彼を唯一「ただの村田修一」として扱ってくれていたのは、メイドの朝美だけだったのだ。


 それゆえに、彼は屋敷の中と外では随分と人が変わっていた。屋敷の中では暇が趣味の機械いじりに没頭し、時折朝美の手伝いをしようとして、かえって仕事を増やし、それで落ち込んだりと、年相応のところも見せていたのである。


「……ねえ、安里」

「はい?」


 夜、夕食を食べながらふと、修一が尋ねた。


「安里って、沖縄の出身?」

「……どうしたんですか、いきなり?」

「沖縄に、安里って場所があるから、もしかしたらと思って」


 奇しくも、この日の夕食にはゴーヤーチャンプルーがあった。


「……はい。私の実家は、沖縄にあるんです」

「沖縄かあ。やっぱり暑い?」

「本州に暮らす人には、そうでしょうね」

「そっかあ」

「私、4人姉妹の長女なんですよ。だから、一刻も早く働いて、親を楽にしてあげたくて」

「それでわざわざ本州に?」

「食い扶持が一人いなくなるだけでも、だいぶ楽になると思って、思い切って上京したんですよ。そしたら案の定、職に困って。大変でした」 

「なんでこんなところで……やっぱり給料がいいから?」

「住み込みで働けるっていうのが大きいですかね。幸い、家のお手伝いは昔からしていたので得意でしたし」

「……そっか。家族には会えてるの?」


「……いえ、会えてないですね。こっちに来てから一度も」


 朝美は、修一が生まれる前、剛三に手籠めにされ、妊娠が発覚したときから、この屋敷に軟禁されていた。剛三の不貞の噂を広めないように、という鶴子の策だ。

 以来、彼女はずっとこの屋敷で暮らしている。幸い、実家に連絡をするくらいは許されているのだが、その内容も常にチェックされているという徹底ぶりだ。うっかり修一をわが子だと言おうものなら、鶴子は修一を殺してしまうだろう。それくらいに、彼女は危険だった。


「帰りたい?」

「そうですねえ、妹たちが心配だし、親もいつまで生きているかわからないし。顔を見ておきたいっていうのはありますね」


 おそらく、修一が成人してムラタ・コンツェルンを継ぐまでは、故郷に帰ることはできないだろう。朝美は、薄々ながらそう感じていた。


「いい所ですよ? 海はきれいだし、観光地だからにぎやかだし」

「……僕、人多いの嫌い」

「あらら……あ、でも、私の住んでいた島には有名なところがあるんですよ」

「有名なところ?」

「ハートロックって呼ばれてる岩があるんです。そのうち、一緒に見に行きましょう?」


「……でも、有名ってことは人が多いんじゃ」

「結構道も険しいし、そんなに人も入れないから大丈夫ですよ」

「ふーん……」


 興味もさほどないのか、修一はゴーヤーチャンプルを食べていた。だが、彼の皿には明らかに緑色が多く残っている。


「坊ちゃん、ダメですよ。ゴーヤもちゃんと食べないと」

「ええー、だって苦いんだもん」

「お肉やお野菜と一緒に食べるんですよ」


 苦々しい顔でゴーヤを食べる修一を、朝美は笑いながら見つめていた。


 近い将来、もう二度と会えなくなることを、お互い知らないまま。

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