3-ⅩⅨ ~行方不明事件、解決~
生きていて、いいことなど、あれから一つもなかった。
父は自殺し、母はやつれ、家族はばらばらになった。
そのすべてのきっかけは、この男。
あろうことか、実の姉を破滅させた男。
「……安里、修一……!」
「お、思い出したみたいですね」
つかみかかろうと伸ばした夢依の手は、安里の首を捕らえた。8歳ながら、本気の殺意が彼の首を絞め上げる。
だが、仮面をかぶった安里は、大して堪えてもいないようだった。
「いやあ、しかし自分でここまで来るとは思いませんでしたよ。存外、逞しく育ったもんですね」
そうして立ち上がると、身長差から夢依の手は自然と離れた。
「~~~~~~~~~~!」
夢依は精一杯の力で、安里に体当たりする。だが、安里には全く堪えていない。
「もっとちゃんと食べないとダメですよ。多分あなた、同年代の平均よりも軽いでしょ」
簡単に引きはがされると、夢依はとうとう睨むしかなくなる。
「……情熱的ですね、照れちゃうな」
安里は老人―――――夢依の祖父であり、安里の父である男に触れる。
「……ま、そう言うわけで。残っているのは、もうあなただけなんですよ」
安里は父の口を乳から無理やり離すと、顔を寄せる。
「あなたが死ねば、村田家の一族は本当におしまいです」
「うう、うううううううううううううう……!」
細くなった老人の首は、安里でも簡単にへし折ることができるだろう。安里はもう片方の手で、老人の首を優しく絞める。
「………こっ!」
「や、やめ……」
やめて、と叫びたいのに、夢依は言葉を発することができなかった。
安里は、老人の首をじわじわと締め上げる。
やがて、老人の眼球が、ぐるりと上を向き、口からは泡を吹き始めた。
「……旦那様!」
突然の声に、安里は手を離した。老人が床に倒れ、ぴくぴくと痙攣している。
「安里さん!」
愛が安里を押し飛ばし、老人との距離を取る。そして、愛は立ち尽くしている夢依に向き直った。
「……夢依ちゃん……! やっと見つけた……!」
愛は夢依を抱きしめた。久しく感じていなかった抱きしめられる感触に、夢依は動揺を隠せない。
「……だ、誰?」
「あなたを探してたの。施設の人たち、心配してるのよ?」
がっちり自分を抱きしめる愛の背中に、夢依もおずおずながら手を回した。
一方の先田は、安里と老人の間に、割って入っている。
「旦那様! 旦那様!」
先田は老人を抱えて叫ぶが、老人はぴくりとも動かない。その目はもう、薄い瞼を開く力すら残っていないようだった。
目を伏せる先田は、次に老人が乳を吸っていた女の機械に目を向ける。その顔に、先田は目を見開いた。
「……あ、ああ…………!」
「……店長さん」
夢依を抱きしめたまま、愛が先田を呼んだ。
「……な、何でしょうか?」
「ちょっと、この子をお願いします。疲れて気持ちも切れちゃったみたいで、寝ちゃったんです」
そう言い、愛は眠った夢依を先田に預ける。
「……あの、あなたは……?」
「ちょっと、お話したいので」
そう言い、愛は安里の方を向いた。安里と言えば、仮面をかぶったまま胡坐をかいている。
先田としても言いたいことは山ほどあったが、愛の目を見て首を横に振った。
「……わかりました。車で待っています」
そう言い、先田と夢依は家から出て行った。
「……田舎から帰ってきた時も思っていましたが。あなた、随分と雰囲気が変わりましたね」
先田がいなくなり、ようやく安里が口を開く。
そんな安里を、愛は睨んだ。思わずひるんでしまうほど、鋭い眼光である。まるで彼女ではないような。
「……全部、あなたの手のひらの上だったんですか」
「いえいえ。まさか、夢依が一人で来るとは思っていなかった」
まあ、それまではおおむね想定通りですけど。安里はそう付け加える。
「全部知ってたんですね。夢依ちゃんが行方不明になったことも、ギザナリアさんっていう悪の組織の人の所に泊まっていたのも」
「何しろ本人から連絡が来ましたからね。それに、この遊園地のことは隠していたので、聞いてくるとしたら村田に関連する人物しかいませんし」
愛は安里の隣に座った。安里は観念したように、顔に着けていた仮面を外す。いつもの見慣れた笑顔が、そこにはあった。だが、その笑顔はどこか楽しさに欠けている。
愛が、そっと老人の首筋に手を差し伸べた。首の脈をそっとはかり、目を伏せる。
「……死んでる」
「元々老い先短かったですからね。老衰で大往生ですよ」
あっけらかんと、先ほどまで首を絞めていた男が言った。
だが、愛はそんなことを気にした様子はない。伏せていた眼を、そっと開けて虚空を見つめる。
「……ダメですね、もう、未練すら持ててない」
「おや、どういうことですか?」
「……安里さん、わかってるでしょ? それくらい、あなたはこのおじいさんを追い詰めたってことですよ」
愛はこの時「霊視」をしていた。もし、老人の魂が幽霊と化すなら、彼女はそれを認識できる。
だが、老人の魂は幽体になることなく、消えていった。魂が消えるのは、成仏したか、あるいは未練すら知覚できずに死んだときのみだ。
つまりは、この老人は耄碌していたのである。
「……驚いた。そんなシャーマンじみたことまでできるようになっていたとは」
「必要になったから、必死で覚えてるんです」
「……僕としては、普通の女の子を採用したつもりだったんですがねえ」
「私なんてまだまだ普通ですよ。皆さんに比べれば」
どこがですか。安里は内心でツッコんだ。口に出したら、何されるかわからない。
そう思わせるほどの気迫が、今の立花愛にはある。
「……あなたのお父さんの魂は、完全に消えました」
「そうですか」
「ええ」
そして、愛は銀色の機械の女を見やる。先ほど先田が驚いていた理由は、彼女にはわかっていた。
「……これを造ったの、安里さんですよね」
「ええ。そうですけど」
「この造形……モデルはいるんですか?」
「いいえ、テキトーですよ」
「嘘ですね」
愛は、ぴしゃりと言い切った。
「この人は、モデルがいるはずです。そうじゃなきゃ、この顔にはならない」
この顔の女性の正体。
それは。
「安里さん。――――――あなたの、お母さんですよね」
安里の笑みに、ゆがみが生じる。
「……シャーマンって、僕の「同化」みたいなこともできるんですか?」
「まさか。先田さんに写真見せてもらったんですよ」
ああ、そういうことか。安里はほっとした。心まで読めるようになられたら、探偵をしている自分の面目が立たない。
「どうして、わざわざお母さんそっくりのロボを……?」
「……親孝行ですよ。最後のね」
そして、嫌がらせでもある。あの老人にとって、この最期は救いであり、地獄であった。
「……そうですか」
「そろそろ帰りましょう。きっと、蓮さんはカンカンですし怖いですが」
安里はそう言い立ち上がると、さっさと車へ向かってしまった。
愛も立ち上がると、最後にもう一度、老人を見やる。
老人の亡骸を、銀色の女機械が抱きしめていた。
愛は彼らに両手を合わせ、そのまま車へと戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます