3-ⅩⅥ ~倒せなくても足止めはできる~

「っ!」


 一瞬で間合いを詰めてきた蓮にはさすがにたじろぎながらも、すばやくショットガンを手放し直撃を避ける。ショットガンははるか遠くへと吹っ飛んでいった。


「蓮殿!」

「おい、交代!」


 蓮はそう言いながら、朱部へと向き直る。そんな蓮を追い、ボーグマンが迫ってきていた。


 先日見た家電の性能はどこへやら、目と手が発光し、全身から蒸気を放っている。それだけなら、特段蓮にとって問題はないのだが。


「あの御仁、蓮殿でも苦戦するのですか」

「あの野郎、俺のことメタってやがった!」


 そもそも安里が作ったのだ。怪しいギミックがあることなど百も承知である。だが、あのギミックは分かっていてもどうしようもない。


 ボーグマンが近付く。蓮は後ずさる。

 葉金は驚きを隠せなかった。あの程度のカラクリ人形、蓮なら簡単に壊せるだろうに。少なくとも、先ほど余裕で倒していたギザナリアほどの実力はないはずだ。


 蓮を見やれば、非常にむず痒そうな顔をしている。


「……やっぱり、お前には聞こえてねえのな」

「聞こえる?」


「……俺よ、黒板ひっかく音が人より苦手なんだよな」

「……いきなり、何の話です? 急に」


 話し込む二人を遮るように、ボーグマンと朱部が同時に攻撃を仕掛ける。同時に飛んで躱すと、蓮は朱部へと迫った。


「……馬鹿ね、あなた」

「あ?」

「私だって、対策してないわけないでしょ」


 朱部が呟くと同時に、懐から何かを取り出した。手のひらサイズのそれは、缶詰のようである。


「……げっ!!」


 蓮が慌てて跳び退すさるが、もう遅い。


 朱部は缶を蓮めがけて放る。どんなに蓮が早かろうが、咄嗟に下がった程度で投げられた缶からは逃げられない。


 朱部は、缶を狙って銃弾を放った。

 銃弾が缶へとめり込んだことで、中に入っていたガスが一気に噴き出す。


 液体と中身をまき散らしながら、缶は大爆発を起こした。


「ぐああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 爆発をもろに受けた蓮は、顔を覆って呻く。そのまま地面をのたうち回っていた。足をバタバタさせて、さながら虫のようである。


「……蓮殿!?」


 葉金はボーグマンの拳を受け止めながら、驚きを隠せなかった。あの、最強無敵の紅羽蓮が、何もできずに苦しんでいる。一方の朱部は、眉すら動かさない。


「……蓮さん!?」


 愛が思わず車の窓を開けた。そして、気づく。


「…………くっさ!?」


 慌てて窓を閉めた。想像できないようなひどい匂いが、どういうわけか駐車場に立ち込めている。蓮でなくとも、この匂いには顔をしかめたくなる。葉金のように、マスクで顔を覆ってもいない限り、普通はひどい匂いに苦しむはずだ。


 紅羽蓮には、致命的な弱点がある。


 それは、肉体が強すぎるという事だ。それはすなわち、五感も鋭いという事。


 ある程度感覚を鈍くすることも、手加減の訓練にて行ってはいたが、それでも蓮の五感は通常の人間をはるかに凌駕する。


 そんな蓮にとって、ダメージとなるのは「刺激」。


 蓮は、黒板をひっかく音が大の苦手だった。ボーグマンからは、蓮にしか聞こえない程の高周波で、黒板をひっかく音が流れていた。スピーカーという、ある意味家電らしい機能を備えているボーグマンだからこそできる芸当である。


 そして、朱部純が持っていた缶。これは、紅羽蓮にとっては最大クラスの武器となる代物だ。


 シュールストレミング。スウェーデンで食される、世界一臭い食べ物。ニシンを塩漬けにして、発酵させたものだ。あまりに臭さに化学兵器と勘違いされることもある、とんでもない食品である。


 スウェーデンでもそこそこに食べられているらしいが、発酵ガスが缶に充満して、開ける前から膨らむという始末。


 嗅覚の鋭い蓮にとって、この缶は必殺の兵器と言って等しい。日本でも相当臭いといわれるくさやの、軽く6倍は臭いのだ。ちなみに、くさやは納豆の3倍臭い。


 そんなものを至近距離で食らおうものなら、蓮の鼻はもはや潰れたも同然であった。おまけに、さっきからずっと黒板をひっかく音が聞こえているのである。もはや地獄である。


 ぶっ倒れている蓮を庇うように、葉金が立ちふさがった。


(……まさか、こんなことになるとは……!)


 この二人は、まさに天敵である。二人と言うより、この装備を与えている安里修一と言った方がいいだろうか。


 まさかの蓮の戦闘不能に、葉金は身構えた。


 この二人は、おそらく戦闘能力は自分と互角か少し下だ。技にはこちらに分があるが、こいつらはまさに機械だ。行動にためらいがない。それを同時に相手取るのは厳しい。


 どうする―――――――。思考を巡らせていた時。


 不意に、エンジン音が響いた。


 振り返れば、車が勢いよく走ってくる。先田が愛を乗せたまま、車を走らせたのだ。


 朱部は銃口を、先田へと向けた。


 銃弾は先田めがけてまっすぐ飛ぶが、すんでのところで葉金が爪で銃弾を弾いた。徹甲弾だったので、爪も跡形もなく消し飛ぶ。

 追撃しようとする朱部を、葉金はタックルで止めた。


「……行け!」


 朱部は葉金をどかそうとスタンガンを浴びせるが、葉金はがっちりと押さえ込んで動かない。


 車の前にボーグマンが立ちふさがり、受け止めた。車のタイヤが空回りし、衝撃に愛たちの身体が揺れる。


 突進する車を正面から受け止めてもびくともしないほど、ボーグマンは頑丈であった。

 だが、そんなボーグマンも、横からの蓮の体当たりには耐えられない。


 互いにもみ合うように転がり、車から離れる。


「蓮さん!?」


 愛が叫んだ時、蓮はこちらを見ていない。涙でぐちゃぐちゃになった目で、ボーグマンの胸に拳を叩き込む。ボーグマンはぶるぶると震え、動かなくなった。これでようやく、厄介な音も消える。


 だが、最後のギミックが作動した。

 完全に停止する寸前に、ボーグマンの顔が開く。以前メロンパンが入っていた部分が開くと、そこにはレンズのようなものが入っていた。


「――――――――あの野郎―――――――――――!」


 瞬間、目のくらむ強烈な光が、蓮を襲った。他の面々はとっさに顔を背けたが、蓮は間に合わない。強烈な光に網膜をやられ、チカチカして周りが見えない。


 おまけに匂いもひどく、音も止んだものの残響がひどい。


 今まで戦った中では、間違いなく最悪だろう。


 車が通り過ぎたことも認識できず、紅羽蓮はその場に倒れ伏した。


 車が完全に園内に入ったのを見届けて、朱部はスタンガンを葉金から離し、押しのけた。


 葉金の変身が解け、その場に倒れ伏す。


 小さくなる車を、朱部は銃をしまいながら見送った。

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