3-ⅩⅤ ~ムラタ・ドリームワールド~

「夢依様が、ドリームワールドに!?」


 安里探偵事務所のあるビルの1階。定食屋「おさき」の店長、先田は普段糸目の目を見開いた。


「ああ、どうやらそうらしい。二日前くらいに向かったって」

「ネットで調べたんですけど、場所がわからなくって。先田さんなら、場所分かりますよおね?」

「それは、勿論です。しかし、なぜ夢依様は……」

「――――母親との、思い出の場所らしいって」

なつめ様と? ……しかし、あのお方はあそこを嫌っていたはずですが……」

「そうなんですか?」

「あの遊園地は、その……修一坊ちゃんのために、旦那様が作ったものなのです」

「はあ?」

「……とにかく、夢依様がそこにいるというなら、急ぎましょう。車をすぐに用意します。ここからなら、4時間も飛ばせば着くでしょう」

「……どうする?」


 車に乗れるのは、運転手の先田を含めて4人。蓮たちは、蓮、葉金、愛、十華、巴田の5人。2人は残る計算だ。


「……私たちは、施設の方に伝えに行きますわ」

「は、はい。そうするッス」

「十華ちゃん、絵里ちゃん……」

 

 十華が力強く頷いたので、愛たちも出発することにした。


「あ、ちょっと待て」


 蓮が車に乗る前に、ビルの中に駆け込んでいく。事務所のドア……も先日蓮が蹴破り、穴が空いている入り口に着くと、事務所はもぬけの殻だった。


 安里はおろか、あのヘンテコ家電のロボットもいない。


「……アイツ、こんなときにどっか行ってやがんのかよ……!」


 蓮は安里のデスクを蹴り飛ばすと、そのまま事務所を出た。


 ビルの駐車場に止めてあった先田の車に乗り込むとき、あることに気づいた。


「……あれ、アイツらの車は?」

「え?」


 いつもならここにあるはずの、安里が乗る車がない。運転手の朱部も蓮たち同様ストライキをしているので、運転などできるはずもないのだが。


「……朱部さんが勝手に乗ってったとか?」

「私も、気づいた時には車はありませんでしたよ」


 先田の言葉に、蓮は少し引っかかったが、ともかく今は夢依の件を最優先させるべきだろう。


「……じゃあ、頼む。急いでくれよ」


 蓮が車の助手席に乗り込むと、先田の車は勢いよく走りだした。


***************


「……ざまあないわね、何もかも」


 数ヵ月後には閉園となる遊園地の喧騒を、彼女は苦々し気に見つめていた。そして、自分に目を向ける。


 思えば、このころはまだ、あの人は優しかった。買ってくれたミントのアイスクリームを、一緒に食べて笑っていた。


 数日前まで一緒にご飯を食べていたパパは、いなくなっていた。あの人は、泣き崩れて私を抱きしめていた。


 何かが大きく変わってしまったのだろう、という事は、3歳の私でもわかった。


 ――――――それからの生活は、ひどいものだった。


 ろくに働いたことのないママは、あっという間に荒れた。私は学費が払えないから、お金持ちがたくさんいる学校から、貧乏な人がいっぱいいる学校に行くことになった。


 お金を上手く稼げなかったから、悪い男の人にお世話になったりした。そのたびに、何度も殴られて、傷ついて。


 そのうち、ママがいてもいなくても同じになった。


 最初は、優しかったママに戻ってほしかった。

 でも、いつも青あざを作って泣いているママを見て、このままでいいと思った。私に乱暴をしないと、ママはきっと壊れてしまう。


 だから、私が我慢すれば、全部うまくいく。


 そう思っていたけど、ママにとって私は重荷だったのかもしれない。


 施設に預けられてから、ママが会いに来てくれたことは一度もなかった。


 学校に行っても、ママのことでいじめられるから、行かなくなった。勉強なんか、とっくの昔に終わってるから別にいい。


 ――――――そしてママも、どうやら死んだらしい。


 それを聞いても、何も感じなかった。悲しいとも、つらいとも思わない。


 あるのは、ひたすらに「どうでもいい」という気持ちだけ。


 そして、自分の命すら、今はどうでもいい。


 ここに来たのは、本当になんとなく。


 ママと昔来たことが会ったっけって、それだけ。


 ぽつぽつと、雨が降っている。


 マスコットらしいキャラの看板は、年季のせいかおどろおどろしいデザインに見えた。たくさんの子供を喜ばせてきたであろう遊園地も、潰れて数年も経てば立派に廃墟だ。


 雨宿りをしようと、案内所であろう施設の中に入った。


 これからどうしようか。カバンからパンを取り出し、かじりながら考える。せっかくだから、遊園地の奥まで行ってみようか。普通なら見れない、遊園地の裏側を見る、何かも面白いかもしれない。


 遠くで、車の通る音がした。こんなところを、車が通るわけないのは、自分自身が良くわかる。なので、とても珍しいと思った。


 自分もここに来るまで、閉鎖された道路を歩いてこなくてはならなかった。それだけでも、2時間はかかるのだ。


 雨が、だいぶひどくなる。どうしよう、このままじゃここから出られない。


「……ママ……」


 思わず、ポツリと声に出た。


「ママは、死んじゃったんだよね……」


 先程の言葉を、塗りつぶすように言い直す。


 とにかく、雨が止むまで待とう。そうして、じっと体育座りをした。


 外を眺めていると、黒い影が通りかかった。一瞬の出来事に、思わず固まる。


 ……見間違いかな。こんなところに、誰もいないはずだし。


 そう思い、恐る恐る窓からを外を見る。


 黒い傘が、彼女の視界に入った。


 傘をさす人物が、くるりと振り返る。


「―――――――――――あ、見つけましたよ」


 傘をさす人物は、いつも通りのへらへらした笑みを浮かべた。

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