3-Ⅷ ~副業は地下闘技場~

 一人で行くのはなんとなく嫌だったので、仕事が終わった葉金を無理やり連れて、蓮は『LA・GOMA』に向かった。


「お前、普段何してんの? 休みとか」

「俺は、普段は瞑想だったり、修行したりですかね」

「仕事人間かよ……」


 まあ、今回は葉金の就任祝いと労いも兼ねてだ。……冷静に考えてみれば、学生に奢られる用務員ってどうなんだろうか。


 店自体は、表向きは普通のガールズバーである。中に入り、店長を呼んでもらうと、身長2mに届きそうな大柄の店長がやって来た。


「いらっしゃい蓮ちゃん。……そちらの方は?」

「ああ、ウチの学校の用務員」

「どうも、多々良です」


 頭を下げる葉金を、店長はまじまじと見つめる。そして、蓮にこそっと耳打ちしてきた。


(蓮ちゃん、この子、堅気?)

(んなわけねーだろ、俺が連れてきたんだぞ?)

(あ、やっぱり?)


 どうやら、葉金は店長的にタイプのようだ。隙あらばスカウトしようとしているのが、蓮にはわかった。いつもより腰のくねらせが激しい。


「それじゃ、案内するわね」


 店長に促され、店の奥へと入る。このエリアはVIP用の、いわゆる「不健全なサービス」用のエリアだ。いつもここを通るとき蓮は顔をしかめるが、葉金は眉1つ動かさない。


「あら、こういうのは慣れっこ?」

「房中術なら、俺も指南した覚えがある」

「あら、すごいわね。教える方なの?」

「自分が教える以上、惑わされるわけにはいかない」


 いたって真面目に答える葉金に、店長はクスリと笑った。


「なんだか、面白い子ね。蓮ちゃんとはどうやって知り合ったの?」

「一度、真剣勝負をして敗れました」

「そう。さすがウチのチャンピオンね。……と、着いたわよ」


 そう言って闘技場の中へ入ると、客席もまばらである。リングの上では倒れた男の頭を、女が踏みつけて雄たけびを上げている。


「あれ、まだ2回戦だからねえ。お客さんも集まらないわよ」


 この闘技場は女性がチャレンジャーとなり、10回戦を勝ち抜くのがルールだ。勝ち抜くごとにもらえる賞金が上がり、最大で1000万が支払われる。もっとも、そのためには紅羽蓮を倒さなければならないのだが。

 そして、チャレンジャーが敗北時に支払う代償は、その身体である。そのリスクを振り切って戦い抜いた者が、賞金を獲得できるわけだ。


 そして、闘技場を運営する店側としては、お客さんに来てもらわなければ始まらない。なので、より多く稼げそうなチャレンジャーには大々的に宣伝する。一方で初戦だったり、チャレンジャーがあまり集客できそうにないと判断した場合は、こんな風に闘技場がスッカスカになる。


「……次が、さっき言った面白い子よ。なんでも、悪の組織の首領なんですって」

「悪の組織?」

「ま、うちのチャレンジャーでアシが付いているなんてざらだしね」


 元々非合法な闘技場だ。よっぽどでない限りは来るもの拒まずなのがこの闘技場である。


 観客席に座り、次の試合が始まるまで待っていると、やがて司会の男が現れた。


「えー、お待たせいたしました。それではこれより、本日のメインイベントを開始します」


 いつにもなくやる気がない。蓮がチャンピオンとしてくる時は、この10倍はテンションが高いというのに。


「ま、いつもあのテンションじゃ疲れちゃうからね」


 つまりはあれが普段通りだ。テンションが高い時しか来ないから、蓮は知らなかった。


「現在4連勝中。心身気鋭のチャレンジャー。現在のアマゾネス! ニーナ・ゾル・ギザナリア選手です!皆さん、拍手でお出迎え下さい!」


***************


 心の臓が飛び出るかと思った。


思えば、構成員と酒を飲みかわし、勢いで応募したのが始まりだったというのに。


「10人男をぶっ飛ばして1000万じゃと!? 楽勝ではないか!」

「そうですよ、姐さんなら楽勝ですって!」


 そんな軽い気持ちで応募し、4人までワンパンでぶっ飛ばしてきた。

 負ければ辱めを受けるらしいが、そんなことになる気配など全くない。5回戦だろうが、余裕余裕と高をくくっていた。


 事実、5回戦も楽勝であった。男はいい身体をしていたが、多くのアマゾネス怪人を束ねるギザナリアの相手ではない。


 顎を捕らえたアッパーを華麗に決め、ドヤ顔で客席にアピールしていたのだ。

 客席からは、まばらなブーイングが飛んでいたが、ギザナリアにそんなことは関係ない。元々女としての誇りが高いので、男の卑しい罵倒など痛痒にもならない。


 だが、そんな彼女も、流石に衝撃を受けずにはいられなかった。


 客席を見回す中に、見知った顔があったのだ。


 すごくつまらなさそうに、こちらの顔を眺める、ツンツン頭の赤い髪。睨むような目つき。その顔に悪気がないことを彼女は知っている。何なら、オムツすら変えたことがある顔だ。


(……れ、蓮ちゃん……!?)


 ニーナ・ゾル・ギザナリアは、OL時代の先輩の息子の登場に激しく動揺した。目が合った瞬間に、びくっ、と全身が震える。


(……な、なんでこんなところにいるんだ!? ここ、どんなところかわかってるのか!?)


 それに、よく見れば隣にいるのはこの闘技場のオーナーではないか。何、知り合いなの? 悪の組織の首領の見た目の女の意識は、面倒見のいいおばちゃんにすっかり戻っていた。


 先程までの威勢のよさはどこへやら、ギザナリアはあっという間に引っ込んでしまった。


「あら? いつもはもっとマイクパフォーマンスとかあるんだけど」

「客もいねえからやる気失くしたんじゃねえの」


 いつもと違う様子の店長は首を傾げていたが、そんなこと知ったこっちゃない蓮は平然と言い放った。


「で、あれ。どう? 実際に見てみて」

「まあ、いいとこまで行けんじゃねえの」

「蓮ちゃんには?」

「俺が負けるわけねーだろ」


 蓮の発言は主観だが、葉金も蓮の言葉にうなずいていた。この場でうなずけるのは、彼の強さを一番よく知っている彼だけである。


「うむ。蓮殿の相手にもならないのでは?」

「……そうよねえ、やっぱり。蓮ちゃんは強いからいいんだけど、そこまでチャレンジャーのモチベーションを持っていくのが大変なのよ」


 賞金を釣り上げてチャレンジャーの意欲をそそるも、中には途中までの賞金で棄権したい、と言う人もいるのだ。それが中盤くらいまでなら黒字になるが、8~9回戦あたりでやられると大損になってしまう。

 そこで、9回戦の賞金300万から、蓮に勝利したら1000万と、賞金が一気に上がるのである。もちろん負ければ賞金はなしだ。代わりに、参加賞として10万円が支払われる。

 こんなシステムでやっているので、蓮は基本的にここに来ることがほとんどない。うっかり実力を見せようものなら、そしてチャンピオンだとわかろうものなら、ほとんどのチャレンジャーがこぞって棄権するだろうからだ。


 なので、暇だからとここに来るのは、あまりよろしくないことだったりする。


「悪かったな、無理言って」

「まあいいけどね。安里さんとも早く仲直りするのよ?」


 店長に見送られた蓮と葉金は、手をひらひらと振って店から出た。

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