3-Ⅶ ~ストライキ!!~

「……うーん……」


 安里の笑みが、ひきつっていた。

 現在時刻は午後12時。蓮も愛も、今日は朝から出勤のシフトだったはずだ。

 だが、現在事務所には誰もいない。どういうわけか、朱部しか事務所に来ていないのだ。


 昨日、姪の状況を推理したところから、話はさかのぼる。


 安里のラインに連絡が来た。内容はいたってシンプル。


『姪の面倒を見るまで、我々はストライキする!』 


 蓮と愛、両名の意思表示だった。


「……はあ、ここまでやりますか」

「あの二人、そこまでやったのね」


 朱部も同様にラインを眺めている。そして、彼女は眺めながら、荷物をてきぱきとまとめ始めていた。


「……あの、朱部さん。どこか行くんです?」

「私もストライキよ」

「ええ?」

「私は多勢に味方するから」


 そう言い、朱部も事務所から出て行ってしまった。あっという間に独りぼっちである。


 そして、一日経過した。事務所に誰かが来る気配は、依然としてない。安里は溜め息をつくほかなかった。


「まったく、こうなるならとっとと話しておけばよかったですかねえ」


 別に、積極的に隠したかったわけではない。知られればそれまでだし、知られたからと言って自分の彼らへの態度が変わるわけでもない。


 あくまで人間としてだが、倫理観に欠けていることなど、百も承知である。


「しかし、だからと言って、彼女の面倒を見るというのもねえ」


 引き取ること自体に特に問題はないし、生活面でも特段支障はない。だが、蓮たちに言われたから、と言うのは癪である。


「……ま、当分は一人になるみたいだし。せっかくだから取り掛かりましょうか」


 安里はそう言い、机から何かを取り出した。


 それは、一枚の設計図である。


***************


「今日はバイトに行かれないのですか」


 蓮たちがストライキを起こして、数日が過ぎていた。孤児院の担当者にそれとなく探りを入れているが、まだ安里が引き取るアクションを起こした形跡はない。


 普段バイトしている時間を、蓮は学校での自習に費やしていた。校舎屋上の用務員用のプレハブ小屋は、蓮の学内での私室となっている。


 そして、綴編高校の用務員として働いている多々良葉金は、この小屋にたびたび訪れていた。先日蓮たちとグルになって故郷を滅ぼし、蓮と真剣勝負して敗れたものの、安里に雇われて学校敷地内の職員宿舎に暮らしている。


「ああ、今ストライキ中なんだよ」

「しかし、蓮殿がいかれなければ困るのでは?」

「いいんだよ、たまには困らせときゃ」


 そんなことを駄弁っていると、小屋のドアをノックする音がする。同時にドアが開き、いかにもな格好をした不良どもがなだれ込んでくる。


「なんだ、お前ら」

「あ、いた! 職人!」

「職人、ちょっと来てくれよ!」


 葉金は用務員ながら、この学校内では「職人」と呼ばれていた。

 理由は簡単で、頼まれたものを大体何でもすぐ作ってしまうからである。


「工人としての心得もあるので」


 葉金の言葉通りの技術と、忍びとしての戦闘力の高さも相まって、すぐに不良がひしめく綴編の連中にも一目置かれる存在となっていた。

 そして、その黙々と作業する背中を見た連中が、彼を「職人」と呼び、敬うようになったのである。


「それで、どうした?」

「いや、体育館の床に穴空けちまって」

「穴? 老朽化でもしていたか」

「いや、ケンカでスープレックスした」


 そりゃ穴も開くだろ。蓮は溜息をついた。


「……それでは、蓮殿。行ってきます」

「おう」


 葉金は頭にタオルを巻くと、小屋から出て行く。不良どもも、それに着いて行ってしまった。小屋には、蓮のみがぽつんと残される。


(……ま、馴染んだようで何よりだな)


 葉金は、クソが付くほどまじめな男である。そして、表情があまり変わらない。それも、彼の職人っぽさを演出しているのだろう。


 いずれにせよ、普通に暮らせるのならそれに越したことはない。


(……しっかし、暇だよなあ)


 バイトがないとこうも暇とは。安里の事だから、自分たちをクビにしたりはしないだろうが……。


 なんとなく、もう一つのバイト先に電話を入れてみる。町のバー『LA・GOMA』だ。今は営業時間でもないし、多分出るだろう。

 少し時間を置いて、店長の野太い声が耳に響いた。


『蓮ちゃん、どうしたの? あなたから電話なんて珍しい』

「……いや、今ちょっと、暇でさ。なんか仕事ない?」

『ええ? そんな急に言われても困るわよ? 蓮ちゃんに挑戦するチャレンジャーだって、最近全然でないし』

「だよなあ……」


『LA・GOMA』のもう一つの顔である裏闘技場こそが、蓮のバイト先であった。彼はここで、挑戦者の賞金獲得を阻止するための最後の壁として働いている。

 もっとも、最近は最後の壁に到達する者すらいないために蓮の出番そのものがないわけだが。


『……だったら蓮ちゃん、普通にお客さんとして見に来たら? 今、ちょうどいい感じの子が挑戦中だから』

「へえー

『ま、子って言っても私とタメだけど』

「おばさんじゃねーか」


 店長は、今年で御年38のはずだ。


『でもいい身体しているのよ? 若い子なんか目じゃないくらい』

「……ふーん。どこまで行きそうなんだ?」

『下手すれば蓮ちゃんにたどり着きそうよ?』


 店長の言葉に、蓮は今夜に試合があることを聞いて電話を切った。気まぐれながら、行こうと思ったのだ。それほどまでに暇で仕方なかったのである。


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