3-Ⅵ ~姪、行方不明~
「だから、お前の姪っ子が行方不明だっつってんだろ!」
蓮は事務所の、安里の机に両手を叩きつけた。すかさず安里が持ち上げたPC以外は、机にできた亀裂に飲み込まれる。
「ちょっと、人の机壊さないでくれます?」
「言ってる場合かよ!」
蓮は、安里の煮え切らない態度に苛立ちを隠せなかった。
事務所に戻ってきて、急いで捜索すべき、と言う蓮の意見を、安里はろくに聞こうともしないのだ。
「おまえ、心配じゃないのかよ!? 実の姪なんだぞ!」
「……先田さんから、僕の家族のことは聞いたんでしたっけ?」
「あ?」
「……さては、ちゃんとは知らないんですね? そもそもあの香典だって、先田さんが持っていけってうるさいから用意したものですし」
安里はのそりと立ち上がる。ようやくその気になったかと思えば、ただコーヒーを淹れに行っただけだった。
「……まだガキなんだぞ、心配じゃないのかよ!?」
「家にいなくて、学校にも行ってないんですよね?」
「あ? そうだけど」
「だったら、こういうことですよ」
安里はパソコンをちゃちゃっと操作すると、事務所のプリンターが動き出す。出力されたのは、一枚の地図の画像だ。
「そこに行ってみてください。多分そこでしょうから」
「ここって……」
徒歩市児童相談所。地図にピンが刺さっている場所は、そう表示されている。
「……まさか……」
「行ってみたらどうです? 机を壊したことは、不問にしときますから」
「……お前は」
「僕は仕事があるので」
クソが。蓮は舌打ちをして事務所から出て行った。今までのやり取りで、蓮と安里は、一度も目を合わせていない。
事務所を飛び出した蓮は、ひとまず愛に連絡を入れる。さすがに自分一人で、その子の所に行く勇気はなかった。
***************
児童相談所の隣には、一時児童預かり所がある。ここには、様々な事情があって親と住めない子供が多く集まって暮らしていた。
本来なら、職員が尽力して何とか親の元に帰したり、里親を探したりとしているのだが。
「……村田棗さんが、死んだ?」
児童相談所の職員に突撃した蓮たちは、棗の死を伝える。職員の青年は、青ざめた顔で立ち尽くしていた。
「……交通事故だそうです。もう、ご遺体は焼かれて、骨に」
「……そうですか」
「ここにいるんすか? その、娘さん」
蓮の問いに、職員は頷いた。ひとまず、蓮はほっと息を吐く。
「村田夢依ちゃんと言います。ここに来たのは、もう1年も前に」
「1年!?」
そんなにここにいることがあるのか。蓮は思わず声を上げた。青年が慌てて指を口に当てる。
「お、大きい声出さないでくれ。子供たちがびっくりしてしまいます」
「……原因は?」
「……部外者の方に、これ以上はちょっと」
「その子の、おじさんの知り合いなんですけど……」
「おじ? 村田さんにご兄弟はいないはずですが」
青年が首を傾げたので、余計なことを言ったと愛は悟った。安里が戸籍をいじくっているのは、こんなところで匂わすことではない。
「と、とにかく、知り合いなんだよ! ちょっと会わせてほしい、せめてお母さんが死んだことだけでも伝えねえと」
「……いや、それは私から伝えます。ありがとう。知らせてくれて」
どうやら青年には、善意で親の死を娘に伝えに来た健気な学生に見えたのだろう。
そうして、これ以上ただの学生に関われる問題でもない。蓮たちは施設から閉め出されてしまった。
閉め切ってしまった門の前で、蓮たちは互いに顔を見合わせる。
「……どうするか」
「ひとまず、安里さんに連絡入れよっか?」
電話を掛けると、『やはりそうでしたか』という安里の平坦な声が帰ってきた。
「……お前、知ってたのか?」
『いいえ、単なる推理ですよ。それに、あの人は言っちゃなんですが、子育て苦手そうでしたし』
「お前、そこまでわかってたんだったら……!」
『いいから早く戻ってきてください。仕事あるんですから』
安里はそう言うと、電話を切ってしまう。蓮は舌打ちして、ポケットにスマホを突っ込んだ。
「……あんにゃろう、ほんとに人でなしだな……!」
「……うん。いくらなんでも、ね」
これにはさすがに愛もフォローできない。姪が虐待を受けていたことを知っていたのだったら、何かしら手を差し伸べてもよいだろうに。
(……そうなっちゃうくらい、安里さんの過去には何かあったんだろうけど)
それでも、どこか納得できない。
「……ねえ、蓮さん」
「ん?」
「……ちょっと相談なんだけど」
愛の耳打ちに、蓮は眉をひそめて頷く。
「……やってやるだけ、損はねえか」
蓮はそう言うと、思い切り身体を伸ばした。
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