3-Ⅲ ~その名は怪人レッドゾーン~

 薄暗い回廊を、安里修一は歩いている。その後ろを、朱部純が着いていた。

 最近はすっかり紅羽蓮がこのポジションだが、その前は朱部だったので特に違和感も不安もない。


 安里の顔は、人間の顔をしていない。厳密にいえば、仮面をかぶっていた。黒を基調として、白抜きで太陽のような紋様をあしらっている。そして、黒いマントを纏って歩いている。


 アザト・クローツェとして活動するときの、いうなれば変装である。


 格好つけてはいるものの、実際歩きづらいことこの上ない。


 だが、この格好にもそれなりに理由がある。


 この会合に来る連中は、どいつもこいつもこんな格好ばっかりなのだ。


 用意されている円卓に座ると、向かいの席の女が手を振ってきた。これまた黒いマントに、ド派手で中身が危うく見えそうなボディコンを纏っている。明らかにデカい褐色の胸部に対して、服のサイズが異様に小さいのだ。おまけに、下も危うく下着が見えそうで見えない。


「今日は来たんじゃのう、アザト・クローツェよ」

「相変わらずの格好ですねえ。風邪ひきますよ?」


 安里の冗談に、女はクツクツと笑う。


「貴様、誰に向かって言っておる? 悪の組織『ゾル・アマゾネス』首領の妾、ニーナ・ゾル・ギザナリア様じゃぞ?」


 鉤爪を見せびらかし、サメのような歯をみせて、女は笑う。


「何がギザナリアですか。あなたの本名「内藤麻子ないとうあさこ」でしょ」

「やめい! 悪の首魁の本名など、知ってても言うものではないわ!」


 ギザナリアが明らかに狼狽した。彼女は現在37歳。実年齢と肉体がどう見ても一致しないのは、さすが怪人と言ったところだろう。とはいえ、あの口調はキャラを作っているのだが。


「……相変わらずだな、アザト・クローツェ」

「おや、タナトスさん」


 安里の後ろに立っていたのは、身の丈3mはあろう大男であった。しかも、あちらこちらに髑髏をあしらった鎧をまとい、これまたどデカい鎌を肩に抱えている。


 断罪系悪の組織、『死霊の鎌』の首領、タナトス。


 怪人社会では知らない者のいないほどの凄腕の殺し屋である。


「……断罪系とか、そういうのつけるのをやめろ。YOUTUBERみたいで嫌だ」

「何を言っておる。迷惑系なんぞもおるんじゃ。ほぼ変わらんじゃろうて」

「黙れ。ならお前らは「婚活系」悪の組織だろう」

「あ″?」


 ギザナリアとタナトスの両者に緊張が走る。ふざけているが、この二人だけで実は日本の自衛隊はおろか、米軍が陥落するほどの戦力だ。


「やめましょうよー。せっかく僕が来たんですから」


 安里は仮面の中で笑いながらやんわりと止める。

 

「……そうだぞ、てめえら、なに騒いでやがる」


 円卓に、一人の男が現れた。明らかに2人とは比べても華奢だが、その身体の周囲には雷光を纏っている。その姿を見たギザナリアとタナトスが、おとなしく座った。


「遅いですよ、カーネル」

「悪いが定刻通りだ。お前が来るとは珍しいな」


 カーネル。このあたりの悪の組織の大ボス的存在である。具体的な能力はあまり知られていが、悪の組織を取り込んで勢力を拡大している出世頭だ。


 彼の強みは何と言っても、悪の組織を系列化してしまう、いわゆる「フランチャイズ」だ。自分の組織のノウハウ、ブランドを提供しサポートをする代わりに、組織が得た利益からマージンを徴収する。コンビニやチェーン店でよく使われるビジネスだ。


 そして、カーネルはそれを「悪の組織」で行っている。ブランド名は、主要幹部をカーネル本人含めて36人用意しているから「カーネル36」だ。つまりは36ある悪の組織の首魁という事になる。


「……それで、急に呼び出して何の用じゃ。こっちだって忙しいというに」


 ギザナリアは不機嫌そうにカーネルを睨んだ。呼び出してきたのは彼だ。


「少し、確認したいことがあってな」


 カーネルは、そうして安里をじっと見る。


「……僕が何か?」

「お前、何か隠しているだろう」

「なんじゃ、また裏でこそこそ何かやっておるのか?」

「こいつが隠し事するなんて、いつもの事だろう」


 カーネルの言葉に周りの反応。これを鑑みるに、安里は彼らにいつも何かしら迷惑をかけているらしい。

 だが、カーネルはあくまで冷静だった。


「だが、今回の件は洒落にならんかもしれん。……「レッドゾーン」」


 カーネルの放った言葉は、円卓を凍り付かせた。


「……何!?」

「……あの、「レッドゾーン」か!?」


 ギザナリアとタナトスが、一斉に安里を睨んだ。


「何か知っておるのか!? あの、最強の怪物を!」


 二人とも、レッドゾーンの被害者であるようだった。『ゾル・アマゾネス』も、『死霊の鎌』も、ともにレッドゾーンという言葉に過剰反応している。


(……そう言えば、蓮さん最近、困ったらそう名乗っているって言ってましたっけ)


 元々レッドゾーンとは、紅羽蓮の事を安里が怪人側に話すときにテキトーに付けた怪人名である。本人はそのことで怒っていたが、いざ困った時にはそう名乗っていたというのか。現金なものである。


(これは名付け料天引きが必要ですかねえ)


 そんなことを考えながら、安里はすっとぼけたように言葉を発した。


「その、レッドゾーン? が何かしたんですか?」

「何か、どころじゃないわ! この間うちの構成員が町で活動していたら、やっつけられてしまったんじゃぞ!」


 確か、小学生を女怪人が襲っていたから見かねて止めたとか言っていたか。


「うちの者も、政治家を粛清しようとしたら逆に襲われた」


 それは、街頭演説中の商店街のど真ん中でやろうとしたから見かけて慌てて止めたそうだ。


「カーネル36会員も、いくらか被害が出ている。先日も会員の下部組織間の抗争を間に入ってめちゃめちゃにされたと、こちらに苦情があった」


 それも、蓮の家の近所でやったんではなかったか? 最近ただでさえ寝不足なのにうるさくしやがって、と、話していた時かなり不機嫌だった。


「アザト・クローツェ。お前はこの怪物の事を知っているか?」


 そして、円卓の卓上に写真が映し出される。安里にとって良く見慣れた、赤い髪のシルエットが映し出されていた。肝心の顔は、ぼんやりしていて判別がつかない。


「……いえ、知らないですね」

「……被害も出ていないというのか?」


 そりゃ、ウチの従業員ですし。


「私は皆さんと違って、目立つ活動をしていないですからね」

「……それにしても、こいつはどこの組織に所属しているんだ?」

「それに、怪人態の姿すら見たことがないんだぞ」


 そりゃ、人間だもの。怪人の姿なんてあるわけがない。


「……そんなに言うなら、倒しに行けばいいじゃないですか」

「そうしたいのはやまやまなんじゃがな、手がかりが全然ないのよ。やられた怪人に聞いても、覚えていないみたいでな。後ろから一撃だったらしい」

「なんだ、ギザナリア。お前もか」


 タナトスが声を上げた。どうやら、蓮は安里のあずかり知らぬところでトラブルに巻き込まれることがかなり多いらしい。


「……と、まあ。状況は想像以上に深刻なわけだ。名だたる悪の組織の首魁がことごとく敗北している。怪人らしいが、正義の味方の可能性もある。お前にはこいつを調査してもらいたい」


 カーネルが、じろりと安里を見つめた。


「……別に構いませんけど、僕では相手にもなりませんよ? 戦闘力なら、皆さんの方が高いのはご存じでしょう」

「わかっている。だが、お前には「同化侵食」の能力があるはずだ。それを使えば、手も足も出なくても、触れさえすればどうにでもなるだろう?」

「それならいいんですけどねえ」


安里は仮面の下で毒づいた。


 紅羽蓮は、安里が同化侵食できない数少ない存在の一人だ。他で同化侵食できない存在を、安里修一は知らない。だが、少なからずいると仮定している。


 蓮を同化侵食できないというのは、安里が同化して再現することができないのだ。無理に同化しようとすると、安里修一は死滅してしまう。


(……彼を手元に置いているのは、その謎を解明するためでもある)


 怪人をはじめとした勢力への対抗策も含めて、安里修一に紅羽蓮を抱きこまないと言う選択肢はない。


 ここにいるのは、このあたりで最も幅を利かす悪の組織の首領たちだ。中でもカーネルは日本全国に幹部を持つほどの大物。


 あまり、彼らに知られるのは得策ではないだろう。


「……まあ、何かわかったら皆さんに下ろしますよ」

「頼んだぞ」

「じゃあ、解散だな。妾はこれから先輩に呼び出されているんでな」


 早々にギザナリアが席を立つ。安里は彼女をじろりと見据えた。


 現状、一番警戒すべきは彼女だ。


「……なんだ、また、例の「先輩」か?」

「恐ろしい女よ、お前らも会ったら気を付けるんだな」


 そう言い、ギザナリアは暗闇の中へと消えていく。


 安里は溜め息をついた。


 ――――そういえば、帰ったら自分の過去について根掘り葉掘り聞いてくるだろうな。


 今日は事務所に帰らないことにしよう。安里は心に決めた。

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