3-Ⅱ ~安里修一の正体~

 車の中で、安里修一は通知の一文を眺めていた。


「おさき」の店長の差し金で送って来たメールであることは、百も承知である。なぜなら、さっきまでそれをいたのだから。

 あれほど、事務所に来るな、と釘を刺していたというのに。


「どうかしたの?」


 安里の様子をバックミラーで確認した朱部が問う。


「姉さんが死にました。交通事故だそうです」

「そう」


 こういう時、彼女のドライな対応はありがたい。そう言う彼女だからこそ、安里の側近として一番有能なのは彼女なのだ。


 蓮は確かに強いが、少々感情に振り回される節があるし、何より派手にやらかしすぎる。後始末をしなくてはならないのは、少々手間だ。


「予定に変更は?」

「ありません。行きましょうか」


 朱部は無言でうなずくと、そのまま車を走らせた。


 安里はちらりと、外の光景を眺める。雨はどんどんとひどくなるばかりだ。


――――――――――――交通事故、か。


 黒い車は、雨の中へと消えていった。


***************


 店長さんに、ひとまずお茶を出す。パニック状態に近かったので、ひとまず落ち着くハーブティーだ。


「……すみません」

「いや、いいけどよ……」


 応接用のソファに腰かけて、店長は座り込んでいた。視線もおぼつかず、足も落ち着かず貧乏ゆすりをしているようだった。


「……あのメールは、見ているでしょうか」

「既読は付いてないけど、多分見てるだろ。アイツなら」

「そうですか……」

「……あの、メールの内容なんですけど……」


 どうしても、聞かずにはいられない。なにしろ、二人とも知らなかったのだ。


 安里修一に、姉がいるという事を。


「そうだよ、っていうか、何でアンタがそんなこと知ってんだ?」


 考えてみれば、蓮も安里の素性をイマイチ把握していないのである。出会った2年前には、すでに安里探偵事務所を立ち上げていたのだ。それに、「おさき」もこのビルの1階にすでに店を構えていた。愛に関しては言うまでもない。


「……そうですか。お二方にも、お話されていないのですね」


 店長は息を吐くと、両手を固く結んだ。


「……これは、本人の口から聞いた方が、いいのでしょうが。まずは、私の事からお話ししましょう。……よろしければ、下でどうぞ。ご馳走しますよ」

「え、いいんすか?」

「構いませんよ。午後の開店まで時間がありますから」


 蓮と愛は店長に連れられ、「おさき」へと降りた。店長の言う通り、現在は準備中でお客は一人もいない。


「あなた、お帰りなさい」

「ああ、ただいま」

は……?」

「いなかったから、こちらの二人に連絡していただいたよ」


 厨房の奥から出てきたのは、店長の奥様らしきおばさんだった。エプロンに三角バンダナを着けているところを見ると、夫婦で営業しているらしい。


 いや、それよりも。


「……坊ちゃん?」


「……自己紹介を改めて。私の名前は、先田さきた龍之介りゅうのすけと言います。……かつて、修一坊ちゃんの、専属運転手を勤めておりました」


「せ、専属……?」


「修一坊ちゃんの、本当の名前は、「村田修一」と言います」


 村田? 蓮も愛も、首を傾げる。良くある苗字と言えば、良くある苗字だ。


 店長改め先田は、それをわかっているかのようにふっと笑った。


「『ムラタ・ドリームワールド』。ご存じありませんか?」

「あ、遊園地!」


 声を上げたのは愛だった。蓮にはイマイチ覚えがあるような、ないような。


「昔行ったことありますよ、それこそ家族で!」

「……ああ、あそこか! ヒーローショーとかやってた」


 そう言えば、小さいころに見ていた特撮のヒーローショーを、そこでやっていた気がする。何を隠そう、小さいころの蓮はヒーローに憧れるいたいけな少年だったのだ。


「そういえば、ムラタ・ドリームワールドって名前でしたっけ。ドリームワールドってみんな呼んでたから知らなかった」

「そうでしたか」


……待てよ? ・ドリームワールドって。それってつまり……。


「あの遊園地を所有管理していたのは、ムラタ・アミューズメントという会社です。当時、私はそこの社長を務めていました」


「「ええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」」


 蓮と愛は声を揃えて驚いた。目の前の老人が、かなりの大物だったからだ。


「でも、確かあそこって、結構前に閉園しましたよね?」

「ええ。まあ、当時私は社長を引退しておりましたが」

「にしても、アンタ社長だったのか……!」

「それは別にいいのですよ。本題は、ムラタ・アミューズメントには上がいましてね。ムラタ・コンツェルンという、巨大企業グループの一部だったんです」


 コンツェルンは、異なる業種の多数の企業が、市場を独占するために形成するグループである。カルテル、トラストといったグループの名称もあるが、コンツェルンはその中でも特段の巨大さを誇る形態だ。


「ムラタ・コンツェルンは明治の時代から始まっています。最初は製糸業、鉄鋼業を中心とし、軍需産業で大きく伸びました。敗戦後軍閥が解体された後は、本当に様々なサービス業に着手し、一時期日本経済の20%を握るところまで行きました」

「めちゃめちゃヤバいじゃないですか……!」


「そして、そのムラタ・コンツェルンの3代目総帥こそが、村田剛三むらたごうぞうさま。私の恩人にして……修一坊ちゃんの、お父様です」


「「……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」」


 先ほどよりも大きなリアクションが決まった。


 つまりは、安里はとんでもない大金持ちの息子であり、次期総帥だったという事か。

 ……ん? ちょっと待てよ。


「あんたさっき、姉が死んだって言ってたよな」

「はい」

「つまりは、お金持ちのお嬢様……!?」

「……村田、なつめさまと申しました。私のような雇われにも接してくださる、活発なお方でしたよ」


 先田は、目を伏せて、そのまま黙り込んでしまう。


 蓮と愛は、互いの顔を見合わせた。

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