第3話 【安里修一編】レイニー・ダーク、最強さん。
3-プロローグ ~降って湧く災難~
「あ、ここ、昨日蓮さんが言ってたところですね」
「あ?」
お昼のワイドショーを見ていた安里修一が、紅羽蓮に手招きする。安里探偵事務所のテレビは、案外ディスプレイが小さかった。
「ああ、これか。ったく、まさか銀行強盗に巻き込まれるとは思ってなかったぞ」
「災難でしたねえ。強盗が」
安里探偵事務所の使っている銀行地元の信用金庫である。毎月決まった日に給料を振り込まれるので、昨日蓮は給料を引き出しに信金のATMへと向かったのだ。単純に、家から一番近いのがそこだったためである。
だが、運の悪いことに、そこで銀行強盗に出くわしてしまった。銃を構えた屈強な男が3、4人ほど入ってきた時には、流石の蓮の目も丸くなる。
「動くんじゃねえええ!」
そう言って、男の一人が銃をぶっ放した。突如響いた銃声に、銀行内は一気に静まり返る。
どういうわけか、本物の銃だ。しかも、機関銃。こんな町のど真ん中で。
「どうなってんだよ、日本の治安はよ」
思わずつぶやいた蓮だったが、それを強盗の一人が聞いていたらしい。蓮に向かって、銃を突き付けて叫んだ。
「ガタガタ言ってんじゃねえ! おら、座れ!」
「へいへい」
銃で脅されるまま、蓮は両手を上げて座り込んだ。蓮のほかの客と言えば、若者か老人ばかり。随分と極端な客層だ、と蓮は思った。
「ここに金を詰めれるだけ詰めろ。サツなんか呼んだら……」
そう強盗が言った矢先、パトカーのサイレンが聞こえてくる。
「何!? ……てめえ、もう呼んでやがったのか!」
あの銃声の中、すでに通報ボタンを押していたようだった。この銀行、防犯訓練ちゃんとやっているんだな。蓮は心の中で感心する。
ともかく、これで強盗達もすぐに出て行くことはできなくなった。長くなるかもしれない、警察との交渉の始まりである。
強盗達の要求はシンプル。逃走用の車を用意し、追って来ないこと。こちらには銃があり、人質がある。それが連中の武器だ。
警察はどう動くか、蓮にはわからなかったが、下手に刺激さえしなければ、警察が解決するだろう。おとなしくしておくのが得策だろうな、と軽い気持ちでいたのだが。
よりにもよって、蓮の隣にいた子供がぐずりだした。
まあ、無理もないだろう。目出し帽をかぶり、銃を構え、轟音と怒号で人質を脅す。怖くないわけがない。蓮だって子供の頃だったら泣いている……たぶん。
外部と連絡を取れないように、スマホを集めている時だった。近づいてきた強盗が怖くて、泣きだしてしまったのだ。慌てて母親の女が子供を抱いて庇う。
「うるせえ! 黙らせろ!」
「ご、ごめんなさい! 大丈夫よ、大丈夫だから、ね?」
だが、子供は一向に泣き止む気配がない。見れば母親も泣きそうである。それを必死にこらえているのは、子供の前で弱音は吐けない母親としての矜持ゆえか。
強盗はとうとう、苛立ちのまま銃のグリップを母親にぶち当てた。
「ママぁ!」
「黙れって言ってんだろうが、クソガキが! ママをいじめられたくなかったら静かにしろ!」
警察に囲まれ、彼らもどうしていいかわからないのだろう。相当に気が短くなっている。
そんな風に言ったら逆効果だってことくらいわからないのだろうか。
案の定、子供はさらに泣きだしてしまった。蓮もその声量に、思わず顔をしかめる。
とうとう、強盗はキレた。
「……うるせえって言ってんだよクソガキがあああああああああああああ!」
銃口を、子供に向ける。
さすがに、それを放ってはおけなかった。
銃声が響く。人質たちの悲鳴も。
「おい、何やってんだ!」
強盗のメンバーも駆け寄ってきた。威嚇以外の発砲は、当初から予定していなかったのだろう。相当に狼狽している。
「いくら何でも、それは……!」
「う、うるせえ! どの道捕まるんだ、撃ったって同じだろ」
強盗の前には、背を向けてうずくまっている赤髪の男がいる。
だが、不思議なことに、血が一滴も出ていなかった。
「……あ、あれ?」
強盗が間抜けな声を上げる。そして、カラン、と乾いた音が、銀行のタイル貼りの床に響く。音を立てたのは、男の背中から落ちた銃弾だった。
「……あー、いってえ」
男が声を上げる。強盗は驚いてしゃがみこむ男を見た。
そのまま、男は立ち上がる。強盗を睨みつけて。
「あのなあ、別に死にゃしねえけどよ、痛えもんは痛えんだよ」
テレビでやっていた予告映像でスーパーマンは、眼球に銃弾を受けても涼しい顔をしていたが。
さすがにそうもいかず、紅羽蓮は顔をしかめていた。
たじろぐ強盗は、思わずもう一度銃を構える。だが、それでは遅すぎた。
強盗の顔面にスニーカーがめり込んだか、と思った瞬間には、意識ごと外に放り出されていたのだ。
信金の窓ガラスを突き破り、強盗の一人が外へと吹き飛ぶ。その音に何事かと駆け付けたほかの強盗達は、何があったかを理解する前に鳩尾に拳を受けて気絶した。
倒れこむ強盗どもに両手を払うと、人質たちが蓮をぽかんと見つめている。
「……あ」
みな、黙りこくって一言も発さない。先ほどの子供も、母親に抱きかかえられて呆気に取られている。
蓮は頭をボリボリと掻いた。
「あー、その、できれば俺のことは内緒にしといて欲しいんだけど」
その場にいた全員が、こくりと頷いた。それは蓮に対する恐怖なのか、感謝なのか。いまいちわからないが、半々と言ったところだろう。
「裏口……もダメか。きっと囲まれてるよな」
「あ、あの。地下に社員食堂があって。そこの非常口から離れた駐車場に行けます」
受付のお姉さんが、親切にも教えてくれた。
「あ、ども」
「あ、ありがとうございます」
「いや、まあ、なんつーか、成り行きだったんで」
「ま、待って」
蓮が移動ざまに振り向くと、さっき庇った子供がこちらを見ていた。若干怯えているようだが、まっすぐな瞳である。
「……あ、あなたは?」
少し困った後に、蓮はこう答えた。
「……俺は、レッドゾーンだ」
そう言い、子供がぽかんとしているうちに蓮はそそくさと地下へと向かった。言われた通りに行ってみると、本当に地下駐車場だ。見張りも多少はいるが、数も少ない。上手く隙をつけばフケられそうだ。
少し待ったところで、入ろうとする車を止めようと警官が後ろを向いた。その隙をついた。
蓮は車の影に隠れながら、こっそりと駐車場を出た。
少し離れたところで、息をついて道路の縁石に腰かける。
そこでようやく気付いた。
「……あ。結局、金おろしてねえ!」
その後、近くのスーパーでお金をおろしたが、手数料がついてしまった。
蓮はあの強盗達を一生許す気になれなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます