2-ⅩⅩ ~安里と葉金の密談~

「蟲忍衆の彼女たちね、揃って言っていたそうです。「葉金兄が「いる」と言っていた」ってね。可愛いものじゃないですか。あなたを信じて、かけらも疑っていないわけですよ」


 安里の言葉に、葉金は口を一文字に結んでいる。


「あなたはそんな「信用」の毒を、利用したのではありませんか? 彼女たちを、この町に縛り付けるために」


「……それは、あなたの私見でしょう?」

「ええ。そうです。僕の私見ですよ。でも、僕はあなたの言葉を信用していないんです。なぜだかわかりますか? ……初対面だからですよ」


 そう簡単に、初対面の人間を信用できるわけがない。ましてや大人と大人であり、忍である。腹にどんな思惑を抱えているのか、知れたことではない。

 そんな人間が「怪物を探している」と言っても、安里にその情報を信じることは、到底できなかった。


「不動産業者とかでもやるんですけどね、物件を売るときって、必ず買い手の調査をするんです。反社会勢力に加担していないかとか、調べないといけないんですよ。もしそんな人に売っちゃったら大変ですからね。……僕らみたいな探偵もそうです。依頼を受けたら、まずは依頼人のことを調べるんですよ」


 立花愛の時もそうだったが、彼女は映画の趣味以外問題は特になかったため、彼女の問題解決にまじめに取り組んだ。

 だが、今回の依頼、蟲忍衆の依頼内容自体がそもそも信頼性に乏しいものである。蟲忍衆そのものに対する不信から始まっているのだ。決して、事務所を壊されたからとか、そういう理由ではない。


 しかし、葉金は小さく笑った。


「……いや、しかし、安里殿。紅鬼がいないというのはいささか早計が過ぎる。この通り、奴の人相まではっきりとわかっているというのに」


 懐から取り出したのは、紅鬼の人相書だ。


「この顔こそが、紅鬼存在の動かぬ証拠です。違いますか?」


 安里は、笑みを浮かべながら葉金を見つめる。


「……残念ですが、葉金さん。ここは現代日本の、インターネットが普及した普通の町です。蟲忍衆の里ではないんですよ」


 安里は、小さい文字列が書かれた紙を、葉金に見せた。そこに書いているのは、何かのURLである。


 葉金は、目を見開いて安里の顔を見た。


「今日び、画像検索すれば、どこのサイトに載っているかもわかるものですよ?」


 葉金の顔が、みるみると精気を失くしていく。そして、彼はがっくりとうなだれた。


「……お認めになります? 紅鬼が、存在しないこと」


 少しの間、バーのBGMとして流れているジャズの音楽だけが個室に響く。

 だが、葉金にとってはあまりにも長い時間であった。


 そうして、曲のサビが終わったところで、葉金は小さく呟いた。


「……井の中の蛙、でしたな」

「正確にはムカデでしょ?」

「……そこまでわかっておられるのか」


 葉金は、顔を上げると、ふっと笑った。その顔には、先ほどのような険しさはない。まるで憑き物が落ちたような顔だ。


「秘密がばれたにしては、随分とさわやかですね?」

「いや、今まで誰にも共有できなかったので。むしろ知っている者がいるというのは心が楽です」


 葉金はウイスキーのお代わりを頼むと、それを一息に飲み干す。「ぷはあーーっ」という声を上げ、顔を紅潮させていた。


「それにしても、よく俺が引っ張ってきた画像のサイトを見つけましたね?」

「ああ、これですか? これ、ただそれっぽいアドレス書いただけですよ」


 先ほどの紙を手に取り、安里はそれをビリビリに破り捨てる。それっぽいURLを適当に書いただけだ。中身は見てもいない。

 正直、コピペ元のサイトのアドレスなど確認もしていないだろう、と高をくくっていたのだが、それは見事に当たったようだ。


「……と、なると……」

「ええ、ハッタリですよ。僕を信じて騙されてくれたでしょう?」


 お酒飲んだのも悪かったですね、と安里はついでに付けくわえる。


「……なるほど。初対面の相手を信じてはいけない、という事、身に沁みましたよ」

「まあ、場合によりけりですが。僕みたいな怪しい奴の口車には乗っちゃダメですね」


 そう言い、二人で大爆笑した。


「そういえば、葉金さんはテストの問題を作っているんでしたね?」

「ああ。そうだが」

「それ、パソコンですよね? だから漫画喫茶なんてところで作業してたんでしょ」

「そうですが……まさか……」


「本当にそれだけですか?」


 安里がニヤリと笑い、葉金は観念したように首を振った。


「……本当に、あなたは恐ろしい御仁だ」


 葉金は観念し、USBを取り出す。安里が持ってきたノートパソコンにそれを差し込むと、ワードファイルのほかに画像ファイルがあった。


 それを開くと、見知った怪物の画像が、背景付きで現れる。後ろには、明らかに2次元のキャラクターが、武器を持って怪物めがけて振りかぶっていた。


 明らかに、ゲームのキャラクターであることが丸わかりである。


「ああー、確かにこれは、見つかったらまずいですねえ」

「その、画像編集ソフトで、背景を消して。別の背景の上に貼りつけて、境界線を修正して……という作業をやっていて」

「結構パソコン使えるんですね。蟲忍衆で他に使えるのは?」

「おそらく、俺の1つ下の世代は。人里に長く潜伏しているので」

「まあ、詩織さんたちは使えないんでしょうね。だまされたところを見ると」


 ある意味でも、彼女たちは被害者である。亞里亞などは、詩織たちよりも年下だが、部活でゲームを作ったりしているというのに。


「……学校に通えば、そういったものも扱えるようになるだろうと思いまして。俺のように、独学で苦労せずに済む」

「いいんですか? こんなの、ちょっとパソコン使えるようになれば簡単にばれますよ」

「元々、そこまで長く引っ張り続けるつもりもないんです。……あと少しだから」

「……ほう」


 葉金の言葉に、安里は眉を上げる。


「何が目的なんです? ……ことによっては、協力もできますよ?」

「協力?」

「僕は探偵です。依頼があれば、お話、伺いますよ?」


 そう言って、安里は笑った。


***************


 テストが終わり、詩織が覚醒して蓮の家での暴走を止めた、その翌日の事。

 蓮が安里探偵事務所に行くと、葉金がソファに正座してお茶を飲んでいた。


「……誰?」

「例の、赤い鎧の人ですよ。事務所をぶっ壊した」

「なんでいるんだよそんな奴!」

「……依頼人ですよ?」

 

 葉金は蓮を見やり、ぺこりと頭を下げた。


 これが二人の、初対面であった。

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