2-ⅩⅨ ~大激戦の裏っ側~
蓮が葉金を背負ってゴルフ場を出ると、黒い車が待ち構えていた。車の中から、にやけ面で手を振る優男がいる。
「お疲れ様でしたー」
車のドアを開け、蓮が葉金を押し込んだ。激痛に葉金は悶えるが、誰も気にしない。
「また、派手にやりましたねえ」
「アバラは折ったし、左肩は外れてるし、多分内臓もちょっと潰したな……」
おやまあ、と言う安里の言葉とともに、車は夜の町へ向けて走り出す。
「しかしまあ、よく無事でしたね。てっきり、そのまま殺されると思っていたのですが」
「……俺もだ。アイツらになら、殺されてもいいと思っていたんだがな」
「ま、腐っても兄貴分だからな。そう簡単に命なんて奪えるもんでもねえってことだろ」
「1番殺傷力の高い人が何かほざいていらっしゃる」
「うるせえな、俺は殺しなんかゴメンだっていつも言ってんだろう」
ぎゃいぎゃいと騒ぐ蓮と安里に、葉金は苦笑いした。
「何かおかしいことでも?」
「いや……なんというか、あなた方は仲がいいな」
「「どこが」」
揃って答えるのを聞いて、また葉金は笑う。
「……仲いいじゃないの」
運転していた朱部が、ぼそりと呟いた。
車を走らせ、安里探偵事務所へと戻ると、仮眠室のベッドに葉金を放り込んだ。そして、蓮、安里、朱部の3人で取り囲むように座る。
安里がおもむろに取り出したのは、1本のドリンクだ。コーラである。
各々にグラスを渡し、コーラをついでいく。コーラなのは、彼らが未成年であるからだ。
グラスを掲げ、安里がにっこりと笑った。
「えー。では。無事に依頼を達成できたことを祝しまして……乾杯!」
誰も応えない。ただ、グラスだけは掲げているので、発声が恥ずかしいだけだな、と安里は勝手に納得した。皆、一息にコーラをあおる。シュワシュワとした炭酸と甘みが、喉を刺激した。
「ふう―……」
「いやあ、本当に、なんもかもうまくいきましたねえ」
「最初っから怪しかったけどな。……お前、もうちょっとマシなの作れなかったのかよ」
「そんなこと言ったってしょうがないでしょう。時間なかったんだから」
蓮が安里に文句を言っているのは。
「……あんなクソザコのどこが数百年暴れた怪物なんだよ」
「でも、あれでも本気で暴れれば大都市を破壊できるくらいの力はあったんですよ? 本調子になるのに3時間かかるだけで」
「ポンコツじゃねーか!」
「……しかし、驚いた。まさか、紅鬼を「作ってしまう」なんて」
葉金の呟きに、安里はニヤリと笑う。
「でしょう? すごいでしょう?」
「でも、急ピッチで作ったから中身スカスカのハリボテだったのよね。だからこそ、勘付かれる前に焼き払って証拠隠滅しないといけなかったんだけど」
まあ、隠滅しようが何しようがいずれは解体する予定だったし、第一、穂乃花は既に気付いていたようだったが。
紅鬼、という怪物は、多々良葉金が彼女たちをこの町にとどまらせるために用意した、真っ赤な嘘。
そして、ゴルフ場に現れたという紅鬼。3人があっけなく倒した、本来存在しないはずの怪物。アレは、彼女たちをおびき寄せるために葉金が用意したものだ。
そして、葉金に頼まれてアレを作ったのは、安里修一である。
今まで同化した怪人のデータなどを寄せ集め、外見を
だが、その時点まで本当に紅鬼がいる、と信じ込ませる必要があったのだ。
「……ありもしない怪物で任務を引っ張るなど、本来だったら到底無理がある」
「結構、葉金さん自身の信用で保たせていたところがありますよね」
安里が、葉金の側にコーラのグラスを置いた。
「あなたが蟲忍衆に信用されていなければ、この計画はそもそも成立しなかった」
つまりは、葉金と安里は最初からグルだったのである。
***************
ことは、蟲忍衆がテストを受ける前、詩織が覚醒する少し前のことだ。漫画喫茶に葉金がいることを特定した安里は、彼と接触を図っていた。
「なんか飲みます? 成人されてますよね」
「……あなたは、確か……」
「あなたに壊された探偵事務所の者です」
そう言い、安里は黒い名刺を差し出した。
彼らがいるのはバーの個室である。店自体ほかに客はなく、ひっそりとしている。小さく流れるジャズの音楽が、よりダークな雰囲気を醸し出していた。
「俺に、何の用だ?」
「いえ、おたくの部下にうちの従業員が襲われたのは、知っていますよね?」
「……ええ。本人から聞きました」
「それで、彼女たちから依頼を受けましてね? こちらでも探しているんですよ。あのー、何と言いましたっけ、ほら、怪物なんですが……」
安里のわざとらしい演技にも、葉金はまるで動じない。
「紅鬼」
「そうそれ。紅鬼なんですよ。それなんです。私共も一生懸命調べているんですがね? どうにも……お姿、見つけられなくて。大変申し訳ありません」
「……それも、すでに報告は受けている」
「いやあ、探偵としてお恥ずかしい限りです」
「蟲忍衆でも見つけられないのです。お互い様でしょう」
「ええ、そうなんですよ。蟲忍衆の皆様も見つけられない。それが問題なんですよねえ」
安里はわざとらしく、身体を揺らす。そのリズムは、どこか不快感を葉金に与える者だった。
「見つからないんですよ。私はもちろん、蟲忍衆というプロの集団が探っているというのに。……なんだか、おかしいと思いませんか?」
「……それだけ、姿を隠す能力に長けているのでしょう。厄介なものです」
葉金はゆっくりと、ウイスキーを口に運ぶ。酒に強いのか、ストレートを一息で飲み干した。
「……本当に、そう思います?」
安里はちろり、と舌を出して笑う。ウイスキーの入っていたグラスが、少し音を立ててテーブルに置かれた。
「……何か、おっしゃりたいことでも?」
「とんでもない。僕は、そのう、あくまでも探すことに関してはプロですが……。そんな、怪物を探して、やっつけるなんてのは、ねえ、ど素人ですし」
そうはぐらかして、ひと呼吸を入れる。
「ただ、探すプロとしての私見なんですけど……紅鬼という怪物は、存在しないのではないかと」
「……それは、この町にですか?」
「いいえ、この世にです」
葉金の瞳が、わずかに揺れる。
「それは……すでに殺されていると?」
「そうではありません。紅鬼などという怪物は「最初から存在していない」のですよ」
「……何を根拠にそんなことを?」
「はっきりしたものはありません。存在しない物を「存在しない」と証明するのは、非常に難しいものです。逆もまた然りですが、それを可能とするものが一つだけあるんですよ」
安里は、自らの両手を固く結ぶ。
「人を惑わす、最大にして最悪の武器……「信用」です」
そもそも、詐欺という行為とは。
相手を言葉巧みに誘導し、自分を「信用」させるところから始まる。
書店などで売られている新書の類も、著者が「信用」されていればいるほど、購入し実践するものも増えていく。
「信用」を得ることこそが、社会で最も大事なことなのだ。それが、集団生活で最も強力な武器であることを、人間は本能で理解している。
自分の言ったことは、必ず周囲に信じてもらえる。
「専門家」の言ったことは、信用できる。それがたとえ、間違っていたとしても。
すべては、「信用」に毒された者たちの作る輪の中なのである。
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