2-ⅩⅩⅠ ~多々良葉金の過去話~

「……嘘ぉ!?」


 蓮は事のあらましを聞いて、素っ頓狂な声を上げた。


「え、じゃあ、いないのか!? 紅鬼!」

「こんなんいるわけないでしょ。ゲームじゃあるまいし」

「いや、いるって言ってたじゃねえかよ!」

「すまない、それ自体が俺の嘘なんです」


 葉金はきっぱりと言い、ピシッと頭を下げる。蓮は怒りたい気もしたが、実際調査していたのはほぼ安里だったので、大して実害はない。


「……まあ、安里がいいってんなら、俺がどうこう言うことじゃねえけどよ」

「助かります」

「……それで、依頼って何なんだよ?」


「詩織たちを、

「……はぁ?」


 言っている意味が分からなかった。蓮は怪訝な顔をせずにいられない。


「……助ける? アンタから?」

「ああ」

「だったら、アンタが何かしなければいいだけなんじゃねえの?」

「そういうわけにも行かない。彼女たちと俺は、戦う運命になっている」

「なんで?」

「俺が、彼女たちの故郷を滅ぼすからだ」


 葉金は真剣そのものの表情で答えた。蓮はどうにも困って安里を見やる。


「……依頼内容の前に、まずはどういう経緯でそうなったのか、葉金さんの事を知らないといけないですね」


 安里が言うと、急に事務所が暗くなった。


「え、何、この演出……」


 暗闇の中で安里がキューを出すと、朱部が葉金にスポットライトを当てる。


 そうして、多々良葉金は語り始めた。


 自分の事を。そして、蟲忍衆の悪しき伝統を。


「……この演出、いるか!?」


 語りが始まる直前、蓮はツッコんだ。


***************


 22年前、多々良葉金は蟲忍衆の里に生を受けた。


 蟲忍衆の里は、当時人口は100人もいただろうか。ほとんどが年寄りばかりで、幼い葉金は大切に育てられた。


 蟲忍衆の子は取り上げられると、1ヵ所に集められて育てられる。選ばれた一族の蟲忍衆を、里の者がサポートする形で、この集落は運営されていた。


 年々、蟲忍衆の人口は減っていた。それは、忍の高齢化に加え、蟲忍衆の精鋭が若くして死んでしまったことなどもあり、葉金の上の代の忍はほとんどが60を超えた高齢者であった。

 その高齢者たちも、少し時が経てば蟲忍衆を束ねる「長老衆」となる。葉金は、彼らが長老衆となった時に現場で働けるよう、通常よりも厳しい訓練を課された。


 厳しい訓練の生活は、葉金にとっては地獄のようであった。


 だが、葉金は弱音を吐かなかった。


 自分の下の代の子どもが、すでに生まれていたからだ。どういうわけか、下の世代は5人が5人とも女の子であったが、彼女たちの模範となるべく、葉金は努力していた。


 そして、彼が弱音を吐かずに励んだ理由がもう一つある。


「葉金! 今日は負けないからね!」


 薪を運ぶ量で張り合っていたのは、一人の少女である。名前は、佳代かよと言った。


「……お前には無理だ」

「何よう! そんなの、やってみなけりゃわかんないじゃない!」

「わかる。お前、それだけの量でフラフラじゃないか」


 佳代の背負う薪の量は、葉金の半分ほどであった。


「こ、これからもっと背負うもん!」

「それですっ転んだお前を引っ張って、お前の薪も俺が運ぶことになるんだぞ」

「そ、そんなことないわよ!」


 ピーピー騒ぐ佳代だったが、自分から弱音を吐くことは決してない女の子だった。彼女は葉金の唯一の同期である。


 体力、神通力、いずれも平凡であり、常に葉金と比べられては「葉金と比べて……」と言われていたことを、葉金は知っている。


 だが、佳代はそんな言葉に負けることはなかった。そんな彼女に負けられないと、葉金もまた研鑽を重ねた。


 後輩の蟲忍衆たちの指導や世話なども、葉金は厳しいことが有名であったが、佳代はそんな葉金にしごかれた詩織たちを慰めつつも指導する。飴とムチのおかげで、詩織たちがグレることもなかった。


 葉金と佳代は、公私ともにパートナーだった。


 蟲霊を宿す術も、ともに修行をしたものだ。葉金の百脚具足が完成したときも、一番に喜んでくれたのは佳代だった。


「……ねえ、葉金」

「ん? 何だ」

「今は蟲忍衆はだいぶ人も少ないけど……。葉金が頭領になったら、きっと盛り返せるよね」

「……そんなことないだろう、時代も昔とは違う」

「そんなことあるよ! 長老衆もすっごい褒めてたんだから!」


 葉金は凄い奴だ、自分たちの後継には、奴こそふさわしい。


 長老衆からの信頼も、齢7つから任務をこなしてきた葉金は厚かった。


 元々人数の少ない集落だ。長老衆もちょくちょく若手の修行を見に来ては、子どもたちの相手をしてくれる。蟲忍衆皆の祖父のようなものだった。


「……長老衆が、そんなことを」

「そうよ? だから、葉金にはもっと強くなってもらわないと!」


 佳代は、葉金の手を取り、そっと握った。


 彼女の青い髪が、揺れる。


「私も、葉金に負けないくらい強くなって見せるから!」


 彼女の顔は、今でも鮮明に思い出せる。


 思えば、佳代と初めて口づけを交わしたのは、この時だ。


 ただ、当時の葉金も、幼い子供であり、そして、忍としての駒に過ぎなかった。


 佳代は蟲忍変化をついぞ習得することができず、葉金は任務に駆り出されて、互いに会うこともない日々が続く。


 そうして、葉金たちは16歳となった。


 任務を終え、里へと戻った葉金は、久しぶりに佳代と会った。「会いたい」という連絡を受けたのだ。


「……どうした?」


 佳代の部屋へと赴いた葉金が見たのは、今まで感じたことのない雰囲気をかもす女だった。


「……おまえ、佳代か?」

「……葉金……来てくれたのね、嬉しい」


 そのまま、佳代は葉金へと身体を預ける。いったいどうしたのかと、葉金は焦りを隠せない。


「ど、どうした? どこか具合でも悪いのか?」


 佳代は答えず、葉金を押し倒す。


「か、佳代!?」


 彼女の眼は虚ろで、着ている衣もはだけて、乳房がこぼれ出ている。彼女は構わず、手を身体を押し当て、唇を首筋に充てる。


 一体どうしたというのか、葉金にはさっぱりわからない。


(……まさか、何か毒の類にてられているのか!?)


 そう思うとすぐに、葉金は鼻につく甘ったるい香りに気づいた。咄嗟に、蟲霊の足を具現化させて、香りの元を壊す。部屋中に媚香が焚かれていたのだ。


 鼻と口を覆い、部屋の戸を蹴り開ける。なおも葉金に縋りつく佳代を、葉金は目を伏せて当身した。彼女が気を失ったのを、そっと床に寝かせた。爪を具現化させ、周囲の気配を探る。


「……ふむ。やはり駄目であったか」


 不意に、聞きなれた声が耳に入った。気づけば、部屋の周りを複数の老人が囲っている。


 その姿は見間違うはずもない。長老衆であった。


「久方ぶりの若いくのいち故……期待をかけていたのだがのう」

「……一体、何の話ですか」

「おお、葉金。おぬしは相変わらず素晴らしいのう。よう、。さすがは蟲忍衆きっての神童よ」


「……はね、のけた?」


 葉金ははっとして即座に座り、頭を下げる。長老衆の「よい」という言葉を受け、再び問い返した。


「はねのけるとは、あの香の事ですか」

「おお、鋭いのう。左様、あの香には男を惑わす術を混ぜておったのじゃ」

「……私を、お試しになったと」

「それもあるが、試したのはそなたではない、佳代じゃ」


 ふと見れば、眠る佳代の身体を、長老衆の一人が後ろから抱いている。


「……何を……されているのですか?」


「……そなたも16になったし、話してもよかろう」


 そう切り出した長老衆の一人は、今までに感じたことのない邪悪な笑みを浮かべていた。

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