2-ⅩⅤ ~蟲忍衆筆頭・ムカデニンジャー~

蟲忍流、百脚具足ひゃくあしぐそく。葉金の変身後の姿は、他の蟲忍とは異なり、より強靭さを高めたものとなっている。


 さらには、葉金の蟲霊である百足むかではその身を炎と変え、炎の龍へと姿を変えることも可能であった。蟲霊の姿を変化させるには、強いイメージとそれを実現可能にする神通力ーーーーーー要するに霊力が必要になる。例えば、明日香の毒針や穂乃花の鎖鎌は、もともとの蟲霊の身体との共通点が多く、イメージも容易である。対して、詩織の二刀流などは元の蟲(蝶)とはかけ離れており、変化にかかる負担は多大であった。


 それを葉金はムカデの身体より、強靭な鎧と爪に加え、龍という架空の存在への変化を可能とした。これは蟲忍衆始まって以来の快挙である。

 そのため、葉金は幼いころから神童とうたわれ、長老衆の覚えもよかった。

 さらには、勤勉であり任務を忠実にこなす。齢19にして長老衆の側仕えに命じられるなど、異例の出世を遂げる実力を持っていた。


 果てには、蟲忍衆の若手の育成に熱心であり、詩織たちを含む、5人の後輩を葉金自ら手塩にかけて育てるなど、面倒見の良い一面もあり、蟲忍衆の里の者皆の憧れの存在である。


 そんな、皆が大好きな葉金兄が、なぜ。


 敵意をむき出しにして、目の前に立っているのか?


 理解ができないし、理解しようとするのを理性が拒む。


 3人はしばしの間、立ち尽くすことしかできなかった。


「……葉金兄、どうして……」


 ようやく、口を開いたのは詩織だ。


「どうして、そんな嘘を……?」

「お前たちなら、もうわかるんじゃないか?」


 葉金は、頭をトントンと叩いた。つまりは、自分で考えて見ろ、という事だ。


「―――――――あなたは、何をしていたの? ありもしない怪物の結果を定期報告しに、里に戻っていたわけでは、ないんでしょう?」

「……ふふ、流石は穂乃花だな」


 葉金は両手を広げて天を仰いだ。空には雲もなく、星がらんらんとまた叩いている。ゴルフ場の夜は、灯りもないので星が良く見える。


「なに、簡単なことだ。定期的に戻っては……殺していたのさ。蟲忍衆の里に住む者、遍く、な」


 3人の背筋に、すさまじい悪寒が走る。


「……な、何を言っているの……?」

「そもそも、長老衆は随分と前に始末していたんだ。連中のふりをして蟲忍たちを動かすこともしなければならなかった。戻っていたのは、それもあるな」

「……里の、人たちは……!?」


 明日香だって、その答えは聞きたくない。だが、聞かずにはいられなかった。


 葉金は口ではなく、蟲霊の龍を手元に招いて、わざとらしく顎を撫でる。


 全身が炎でできた、龍の顎を撫でたのだ。


 それは、彼女たちにとって十分すぎる答えだった。


「う……あ、あああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 怒号とともに、詩織が刀を構えて葉金へと迫る。

 詩織は、力任せに叩きつけた。


 激しい衝撃とともに、ゴルフ場が揺れる。


 だが、詩織の刀は葉金に身動きを取ることもなく止められてしまった。

 刀を止めているのは、葉金の纏う強靭な鎧である。


 詩織がどれだけ力を込めても、鎧を押し破ることはできない。


「……く……ああっ……!」

「さすがは詩織だな、いい膂力だ」


 葉金の殺気が濃厚になり、詩織は距離を取ろうとする。


 だが、できない。それと同時に、わき腹に激痛が走った。


 葉金の鎧、百脚具足の本領である。鎧のいたるところから伸縮自在の鉤爪を出すことができるのだ。それが、葉金のわき腹から伸び、詩織を完全にとらえていた。


「うぐあああ……っ」


 詩織が必死に抵抗すればするほど、爪は深く食い込んでいく。

 そして、宙を舞う炎龍が、その身を葉金へと勢い良く落ちた。


 火柱が上がり、葉金もろとも詩織を炎が襲う。


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 激しい火柱が消えるころには、力なくうなだれる詩織の姿があった。

 葉金が爪を離すと、詩織は力なく地面に倒れ伏す。


 倒れた詩織は変身が解け、ところどころに火傷を負ったまま、意識を失った。


「し、詩織……!」


 残り2人が、葉金に対して構えた。構えるだけでも、かなりの気力が削がれる相手である。


 戦闘能力でいえば、3人の中で詩織が一番秀でていた。その彼女が、手も足も出ずにやられてしまったのだ。蟲忍衆最強の名は伊達ではない。


「……どうした、来ないのか?」


 葉金が、挑発するように手招きした。


「「……うわあああああああああああああああああ!!」」


 意を決して、2人同時に葉金へと突っ込んだ。


 迎え撃つは、百脚具足を展開する多々良葉金ただ一人。

 だが、戦力の差は歴然であった。そもそも、伸縮自在の爪が間合いを詰めることを許さない。

 明日香のスピードに加え、穂乃花の鎖鎌のテクニックは、一流の技である。しかし、葉金の爪の操作術は、それをはるかに上回るものだった。


 明日香は近づけず、毒針を撃つもすべて爪に弾かれる。穂乃花の鎖鎌はことごとく爪で受けられ、離れているのに力負けしてしまう始末であった。


 そんな風に戦い続け、おおよそ3分は経っただろうか。

 蟲忍2人は息も絶え絶えであり、大して葉金はその場から動いてすらいない。動いているのは、彼の神通力によって変化した百脚の爪のみである。


「……お前たち二人も、よくここまで鍛えたものだ」


 葉金は感嘆の声を漏らす。これは、彼の心からの言葉だった。


「……嫌味にしか、聞こえないんだけど……!」


 よろよろと立ち上がりながら、穂乃花が言い返す。


「いや、本当に俺は感心している。その年で、よくぞここまで鍛えたものだ。……惜しむべきは、お前たちをこれから始末することだがな」


 百脚の爪が無数に伸びると、それぞれの切っ先から火球が生み出される。

 これから、この男が何をするつもりなのか。それを悟った穂乃花は青ざめた。


「明日香! 詩織を!」

「う、うん!」


 穂乃花の叫びと、明日香が詩織を庇うのと、葉金が炎の弾を上空へ放ったのが、ほぼ同時。


 次の瞬間、赤く光る火球の雨が、蟲忍たちを襲う。


「「「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」」


 炎の雨は連鎖的に威力が高まり、やがて巨大な爆発を起こす。


 爆発が起きるころには、葉金の姿はゴルフ場から消えていた。


 やがて、ゴルフ場だった場所は、完全に焼け野原と化す。


 そこに、3人の姿は跡形もなかった。

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