2-ⅩⅣ ~紅鬼の「真実」~
「見つかった……!?」
今まで音沙汰のなかった紅鬼の情報に、蟲忍衆3人組は色めき立った。
連絡を入れたのは、他でもない紅羽蓮である。安里経由で、情報が回って来たのだ。
「それで、どこにいるんですか!?」
『そう慌てんなよ、こっちだってまた聞きなんだからよ』
情報によると紅鬼は、郊外で放置されたゴルフ場の建設予定地を根城としているらしい。人が全然入る場所ではないため、気づかれなかったようだ。
先日、根城にしようとした悪の組織から聞いた話……らしい。
「……行こう!」
「もちろん!」
「テストではあっと言わせたからね、今度は実力でもあっと言わせよう!」
詩織は先日の騒動から数日。すっかり落ち着いていた。ただ、今でもどんなタイミングで暴走するかわからないので、一緒に行動する明日香と穂乃花にとっては地雷を持っているに等しい。
「お願いだから、暴走しないでよ?」
「わかってるよ」
詩織はそういうものの、わかっているかどうかは実際不明である。何がきっかけになるのかわからないので、ひとまず蓮とは会話させないようにしている。また殺しにかかったりしたら、それこそ大問題だ。
3人は拠点を出ると、すばやく夜の町を駆ける。その姿は、人々には映らない。認識を阻害する忍術を掛けているのだ。
そして、件のゴルフ場前にたどり着くと、3人は頷く。
左手を振ると、どこからともなくブレスレットが現れた。
「「「蟲忍……変化!」」」
3人そろい、蟲霊を身に纏う。姿が変わり、それぞれ蟲忍へと姿を変えた。
剣と鱗粉戦う桃色の
スピードと毒針を駆使する橙色の
鎖鎌を自由自在に操り闘う緑色の
3人は変身を終えると、それぞれ距離を取りながらゴルフ場を進んでいく。
しばらく進んでいくが、それらしき姿はない。
「……いないわね」
「気配を殺しているのかも。慎重にね」
穂乃花はそう言いつつ気配を探るが、やはりそれらしき姿は見えない。
そして、さらに進み続けること5分。
ゴルフ場の広いグリーン地帯へと足を踏み入れた時、その姿はあった。
超巨大な体躯に、赤黒い肌。口からわずかに漏れる炎に、とげとげしい角。手には巨大な金棒を握り、ゴルフ場のど真ん中に座り込んでいた。
3人は森に身を隠し、様子を窺う。
「……あ、あれが……?」
「紅鬼……! なんて大きさなの……!」
「あんな大きさで、どうやって身を隠してたのかしら……」
あの巨体は、どう考えても隠れるには厳しいだろう。それに、見る限り動きも鈍重で、そこまで機敏さはなさそうである。
「……あれ、足を狙えば楽勝なんじゃない?」
「……やってみようか」
「待った。まず葉金兄に連絡しようよ」
まず、紅鬼の写真を撮り、葉金へと送る。
しかし、5分待っても、葉金からの返信はなかった。
「……おかしいな。いつもなら、とっくに返信くるのに」
「どうする? このままじゃ……」
「あっ、アイツが動き出した!」
明日香の言葉に紅鬼の方を見ると、のそりのそりとゴルフ場の奥へと消えていく。
このまま指示を待っていては逃げられる。詩織たちは覚悟を決めた。
――――――奴を、倒す。自分達だけで。
3人は頷くと、紅鬼へと足早に近づく。
奴はのそのそと歩き、こちらには気づかない。
「蟲忍流剣法、―――――斬り翅!」
詩織の二刀流の剣が、紅鬼の右足を切り裂く。
それは、いとも簡単に足の腱をそぎ落とした。
紅鬼の身体が、ぐらりと揺れる。ここでようやくこちらの存在に気づいたらしい。間抜けもいい所である。
体勢が崩れる巨体の上を、明日香が駆け上がる。そして紅鬼の眉間まで跳ぶと、拳の上に付いた武器を構える。
彼女専用の毒針を打ち込む武器、簡単に言えばネイルガンである。
「はあああああああああああああああああ!」
紅鬼の眉間に、打ち込めるだけ毒針を打ち込む。あまりの激痛に、眉間を押さえて紅鬼は倒れこんだ。
そして、がらあきになった胴体めがけて、穂乃花が鎖鎌を構えて跳びかかる。
「蟲忍流、―――――――
乱打のごとく繰り出される鎌により、紅鬼の腹からは血しぶきが上がる。それは、まるで花が咲くかのようであった。
そして、最後の一撃を浴びせると、紅鬼はぴくりとも動かなくなった。
3人は呼吸を整え、1ヵ所に集まる。というか、さほど荒れてもいない。
「……終わった? の?」
穂乃花が、身体にまとわりついた血をぬぐいながら言う。
「……そう、みたい。完全に死んでるし」
「なんだか、随分と呆気なくない?」
数百年も巷を騒がせていた怪物にしては、あまりにも弱すぎる。
拍子抜けしてしまったのか、詩織はその場に座り込んだ。
「……死体を、調べてみましょうか」
穂乃花が、紅鬼の死骸を調べようとした、その瞬間であった。
「――――――――――――穂乃花! 下がって!」
詩織が叫び、穂乃花が止まると同時に、紅鬼を中心として巨大な火柱が上がる。
いや、火柱が上がったのではない。上から炎が降ってきたのだ。それが目にも止まらない速さであり、まるで火柱が上がったように見えたのである。
そして、ごうごうと燃える炎の中、紅鬼の死骸はどんどん灰と化し、ついぞ跡形もなく消え去った。
「……く、紅鬼が!?」
「これは……」
穂乃花は、この炎を知っていた。いや、彼女だけではない。穂乃花を含む3人とも、この炎は知っている。
うっすら、竜のウロコを帯びている、この炎の正体を。
「……あれをお前たちだけで倒すとは、正直思っていなかったぞ」
いつからいたのか。気配が全く感じ取れなかった3人が振り向くと、見慣れた姿の男がいた。
「……葉金兄!」
明日香が、安堵した声を上げる。
「もう、びっくりさせないでよ!」
明日香の言葉に、葉金は返さなかった。ただ、黙って3人を見つめている。
その表情は、今までに見たことのない、微笑だった。
「……葉金兄? なんで……笑ってるの?」
明日香は思わず問いかけた。嫌な予感がする。
昔、他でもない葉金が言っていたのだ。
「笑顔とは、本来相手を威嚇するためのものである」と。
明日香に代わり、詩織が前に出る。その表情は硬い。
「……今、穂乃花もろとも灼こうとしたでしょ?」
それにも、葉金は答えずに、ただ微笑んでいる。
「……答えてよ、葉金兄!」
詩織の叫びがゴルフ場の虚空に響く。
「……ねえ、葉金兄」
次は穂乃花が前に出た。
「私たち、ずっと葉金兄の命令を絶対だと思って従ってきて、間違ったことなんて一度もなかったよね?」
「……それは、お前らが勝手にそう思っていただけだろう」
「そう。そうなんだよね。だから、紅鬼も葉金兄がいるって言ったら、きっといるって思ってた」
でも、そうではないのだ。人間、間違えない者など、いはしないのだ。
「それに気づいたのは、詩織のテストで葉金兄が答えを間違えていたとき。ああ、葉金兄も間違えるんだって、その時やっと気づいたの。我ながらバカみたいだけど」
そして、初めて葉金の命令が間違っているのではないか、と疑い始めた。
「ま、そのあとすぐに連絡が来て、そんな考えは頭から消えたんだけど」
そう考えると、葉金はすごい男である。彼女たちが些細なことで疑い始めるまで、完璧な男を演じ続けていたのだから。
「ねえ、葉金兄」
「なんだ」
問いかけに答える葉金の左腕には、いつの間にやら蟲忍ブレスが装着されている。
「――――――――――紅鬼なんて、いないのね?」
葉金は、今までにない笑みを浮かべた。
「―――――やはり、賢いな。穂乃花は」
言いながら、蟲忍ブレスを構えた。
「蟲忍―――――――――――――変化」
赤い蟲霊―――百足の霊が、葉金の身体を覆い、赤い鎧と化した。
装甲と鉤爪による格闘、さらに百足の霊を龍へと変化させる術を得意とする。
蟲忍衆筆頭、ムカデニンジャー。
それが、多々良葉金のもう一つの名前である。
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