2-Ⅺ ~衝突・詩織VS明日香~

「……そうか、めぼしい情報はなしか」


 多々良葉金たたらはがねは3人の報告を、正座しながら聞く。


「はい。悪の組織だけでなく、正義の組織にもコンタクトを取っているとのことですが」

「そちらでもめぼしい情報はないみたい」


「そうか」


 葉金はそう言うと、すくっと立ちあがる。そして、じろりと3人を見た。


「……ところで、勉学の方はどうだ」


 3人は、顔を見合わせた。


「が、頑張ってます」

「……もし、赤点を取るようなら、術の鍛錬は当分なしだ」

「ええ、それは勘弁!」


 思わず叫んだ詩織の喉元に、葉金の手刀が突きつけられる。詩織は息を呑んで彼を見つめた。


「詩織。お前が一番危ういと俺は思っている。分かるか?」


 詩織は、ぐっと息を呑んだまま答えない。


「お前が、また俺を欺こうとするんじゃないかとな」

「そ、それは……!」


 あまりにも勉強ができなかった彼女は、忍術で答案をごまかしたのだ。それを見抜けない葉金ではなかったため、こっぴどく叱られたことは、記憶に新しい。


「……今日はもういい、下がれ」


 葉金の言葉に、3人は頭を下げて部屋から出て行った。


 葉金は息を吐くと、外へ出た。すっかり夜になっている。

 音もなく町へと出ると、とある漫画喫茶に入った。


 個室に入ると、PCを起動する。そして、1本のUSBを取り出した。

 それをつなぐと、文書を起動する。そして、懐から複数の本を取り出した。第一高校で使っている教科書と問題集である。


 彼が作っているのは、テストの問題である。詩織が不正をしたことをきっかけに、葉金が独自に問題を作ってテストすることにしたのだ。これなら、本当に真面目に勉強したのかわかる。


 目を押さえながら、葉金はぱちぱちとキーボードを叩いていた。連日、こんな作業ばかりしている。彼女たちに問題がばれるわけにいかないので、このUSBは極秘の文書だ。拠点で作るわけにもいかないので、こんなところで作っている。

 しかも、テスト問題を作るにあたり、自分も勉強しなければならなかった。おかげで、教科書の内容は大体覚えたし、問題集の問題も10周は解いている。


 そんな風に、テスト作成に集中していると、個室のスペースをノックする音がした。


 ふと、扉の方を見るが、何の気配もない。悪戯か、と思ったが、どうやら違うようだ。


 個室スペースの入り口の隙間に、小さい紙が差し込まれている。

 そこに書いているのは、電話番号だった。


 一度漫画喫茶を出て、適当な建物の物陰で電話をかける。


『もしもし』

「……誰だ」

『多々良葉金さんですよね』


 電話の主は明るい口調で話す。こんな夜中に元気な奴だ。


「……どうやって、俺の居場所を突き止めたか知らんが。何の用だ」

『いや、実はですね。ちょっとお話したいことがありまして』


 そこまで聞いてから、葉金は自分を見つめる視線に気づいた。


 ふと遠くを見やると、車の中で手を振る、黒髪の男がいる。


***************


 四宮詩織は、焦っていた。


 誉田穂乃花が勉強ができるのは、なんとなくわかっていた。本人は隠しているらしいが、地頭の良さが隠しきれていない。


 そして、自分と同じくらい勉強ができないと思っていた、阿仁屋明日香だが。


 先日、英単語の小テストを見せ合った時、事件は起きた。


「……は? 70点!?」


 明日香のテスト結果には、はっきりと70という数字が書かれていた。一方の詩織は、せいぜい40点である。赤点ラインではないものの、この差は彼女にとって決定的である。


「な、何で……」


 開いた口が塞がらない詩織に、明日香は冷ややかな視線を送る。


「……いや、アンタ、集中してないでしょ」

「……え?」


「アンタ、勉強するふりしかしてないのよ」


 そんなつもりはないのだが。明日香はそんな詩織を見て、ため息をつく。


「仕方ないわねえ。詩織、この後ちょっと付き合いなさい」

「え、でも紅羽くんの家で勉強……」

「いいから!」


 明日香はそう言うと、詩織の耳を引っ張って体育館裏へと連れて行った。


「……ここなら、誰も来ないでしょ」

「何よいきなり……」


 詩織が言った途端、明日香の鋭い正拳突きが飛んでくる。


「わわっ!?」


 詩織は空高く跳んで、その突きを躱す。


「動きがいちいち大げさなのよアンタは!」


 次の瞬間には明日香は間合いを詰めてくる。小柄な彼女は素早く手足を繰り出してくるが、詩織の間合いとしては近すぎる。防戦一方だ。


「ちょ、ちょっと何々何々!?」


 何とかすべて受けきったところで、詩織の水月に掌底が入った。一気に全身が強張り、体内の空気がすべて吐き出される。


「かは……っ!」


 それでも、膝を突いたりはしない。


「ほら、アンタ集中力が散漫じゃない。こっちに来た時も楽勝とか言いながらさ、結局葉金兄にばれるような不正して、あたしらが迷惑こうむってんのよ」

「そ、それは謝ったでしょ!? ごめんって!」

「アンタ、謝れば許されると思ってんの!? あんたが赤点取ったら、あたしらまで術の修行も任務もできなくなんのよ!? 足引っ張ってる自覚あんの!?」

「それは……」


 葉金より言われたテストの合格条件は、3人そろって赤点を回避すること。現状、赤点を取る可能性が一番高いのは、他でもない詩織だ。


「……だ、だから勉強しようとしてるじゃない!」

「それでどうにもならないなら、紅羽くんのとこに行ったって同じよ」


 明日香はそう言うと、再び詩織へと突っ込んでくる。お手本のような、鋭く速い攻撃を詩織に見舞った。


 明日香は身長137cmという小柄さもあり、身軽さとすばしっこさは蟲忍衆でも随一である。加えて、膂力の小さい彼女は、相手の急所を「突く」ことを得意としていた。


 その為、蟲忍衆としての彼女のモチーフは蜂である。


 そのすばやい手管は、詩織にとっては非常にやりづらいものであった。詩織の身長は170cmある。長い手足は、明日香のような小柄な相手に詰められるとリカバリーが難しい。


 詩織の苦し紛れの回し蹴りが空を切った。大振りの攻撃は、明日香にとってはカウンターの絶好の機会だ。


 ほぼ体重を乗せずに相手に乗る技術を使い、詩織が振り上げた足に乗る。そして、返しの蹴りを、がら空きの側頭部に叩き込んだ。


 今度こそ、意識が持っていかれる。明日香の華麗な着地の一方で、詩織は受け身も取れずに倒れた。

 下が柔らかい土であったからよかったものの、コンクリートだったら間違いなく死んでいる一撃であった。


「……ちょっとは頭冷やしなさいよ、おバカ」


 明日香は身なりを整えると、足早に体育館裏から立ち去った。


 残っているのは、気を失った詩織だけである。


「ごめんね、嫌な役させちゃって」


 教室に戻ってきた明日香に、穂乃花が耳打ちした。明日香は、ふん、と鼻を鳴らした。


「いいわよ、別に。久しぶりに一方的に勝ったし」


 今まで組手で明日香が詩織に勝てた数は少ない。その理由もまた、体格差であった。


「でも、よかったの? あそこまでやっちゃって」

「うん。多分、詩織ちゃん、気づいてないでしょ?」

「マジかあ。こっちがどんだけ気遣ってると思ってんだか」

「ホントだよね。昔っからそう」


 二人して笑うのは、幼いころから詩織のわがままっぷりに振り回されてきたからだ。

 そして腹の立つことに、モチベーションが高い状態の詩織は、誰よりも成果を出す。彼女は良くも悪くも、気分屋なのだ。


 明日香の血のにじむ努力も、調子のいい時の詩織にはコテンパンにされたこともある。明日香はそのことを根に持っていた。


「……じゃあ、今日は私が勉強教えよっか」

「え、でも穂乃花、教えるの下手じゃん」

「なによ。私だって努力してるんだよ?」


 二人はそう言うと、ふふっと笑った。


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