2-Ⅹ ~紅羽兄弟は、案外仲良し。~

「それじゃあ、何の収穫もないんですか!?」

「おう」


 みかんを口に放りながら、蓮は彼女たちに報告する。


「おかしいですね、それは……いくら何でも」

「俺が言うのもなんだけど、安里アイツの情報網に引っかからねえって相当だぞ」

「そうなんですか……」


 紅鬼の捜索について、安里探偵事務所で調べてみたものの、何の成果も得られない。取り立てに行った悪の組織に聞いてみても、「そんな奴知らないっすね」と言われる始末だ。


「というか、そんな奴がいるなら正義の味方がマークしてんじゃないすか?」

「そうかな? そうかも」


 そんなわけで、警察……ではなく、こちらも陰で正義の味方をしている人に、ちょっと聞いてみたのだが。


「いやあ、紅鬼なんて怪人は知らないなあ。そんな昔からあるなら、何か痕跡がありそうなもんだけど」


 結局、同じような回答だった。


「そう言えば先月、悪魔がこのあたりで大暴れしていたって情報があるんだけど、何か知らない?」

「さ、さあ……」


 立花愛の依頼から始まった悪魔騒動は、一部の情報が回っているらしい。蓮はわざとらしく口笛を吹いて誤魔化した。


 そんなこともありつつ、情報らしきものはないか探ってみたが、どうにもめぼしい成果はなかった。


「なあ、本当にいるのか? その紅鬼って」

「でも、葉金兄が見たって言っているし」

「どこでだよ?」

「この町だって。葉金兄が言っているし、きっといるのよ」


 その葉金兄と言う奴について、蓮は妙に気になった。


(……こいつら、信用しすぎじゃねえの?)


 彼女たちの基準は、何を聞いても「葉金兄が」である。葉金とやらが言う事が正しいと、心の底から信じ切っているのだ。


 蓮の感じる違和感はそれだ。そもそも、彼女たちからすれば頼れるお兄さんだとしても、蓮からすれば赤の他人もいい所だ。そんな奴の証言を100%信じるには、蓮は擦り切れており、疑うことに慣れている。


「あ、そろそろ翔くんのところ行かないと」

「そうね。……じゃあ、お兄さん、失礼します」

「おう」


 3人が2階に上がったところで、蓮は安里に電話をかけた。


『もしもし?』

「ちょっと、蟲忍衆について詳しく調べてみるか」

『……僕もちょうど、そう言おうと思ってたところです』


 嘘つけ、と言って、蓮は電話を切った。


***************


 そろそろ母も帰ってこよう時間になっても、4人は部屋を出ることはなかった。亞里亞はとっくに帰ってきており、気を使っているのか普段通りか、自分の部屋に籠っていた。


 蓮はリビングに誰もいないわけにも行かず、仕方なく皿洗いとご飯を炊いて準備をする。普段は交代制なのだが、亞里亞は面倒くさがってやらないので大体が蓮と翔のローテーションだ。これをさぼると母が悲しそうな顔をする。怒ってくれればまだいいのに、そっちの方がきついのだ。


「ったく、亞里亞の奴……」


 ぶつくさ言いながら食器を洗っていると、階段を複数が下りる音がする。アイツら、やっと帰るのか。


「「「お邪魔しました」」」


 3人そろって家を出ると、そのまま夕暮れの町へと消えていった。


 それを見送った蓮と翔は、なんとなく玄関にたたずむ。


「あいつら、勉強はどうなんだ?」

「うーん、もうちょっと頑張ればなんとかなりそう?」

「へえ……あいつら、俺が言うのもなんだけどさ、かなり勉強できないんじゃないか?」


 蓮の言葉に、翔はくすくす笑った。


「なんだよ」

「いや、その通りだから、なんだかおかしくって」

「……苦労してんだな、お前も」

「進学校だって大変なんだよ? 勉強のペース早いんだから」


 蓮は、翔の頭をぽんと触った。昔は、何かとこうしていたものだ。


「……助かってるよ、正直。お前が第一入ってくれたおかげで、母さんもだいぶ落ち着いたしな」

「ああ、兄さんが綴編に行くってなったとき、大変だったもんねえ」


 およそ1年少し前、それはもう母が取り乱したことは、今でも覚えている。いくら学費免除であるとはいっても、屈指の不良校だ。入学するにはかなりの覚悟を持って、両親を説得しないといけなかった。


 もちろん、同化侵食なんぞするわけにも行かないので、ガチンコの説得であった。母は泣いて取り乱し、父は口を一文字に噤んでいた。働くから、と言ってもなかなか納得できることでもないだろう。


 そこで、蓮に助け舟を出したのは翔だった。


「僕がいい高校に入って、いい大学に入ります。だから、兄さんには兄さんのやりたいことをさせてあげてください」


 そう言って両親に、兄弟そろって土下座して、ようやく蓮の綴編への進学を認めてもらえたのだ。


「大変だったよねえ。あの時はホントにさ」

「……あれからだよなあ、亞里亞が俺の事「兄貴」って呼ぶようになったの」

「そうだね」


 妹の蓮への対応が冷たくなったのもそのころである。どう考えてもそれが原因だ。ちなみに、翔のことは「翔兄ちゃん」と呼んでいる。


「ま、世間様に迷惑かけてなければ、いいんじゃないの?」

「そ、そうだな」


 実際はかなり迷惑かけている可能性が高いのだが、そこは黙っておく。第一それは、綴編は関係ない。安里探偵事務所のせいであるからだ。


「……それにしても、やっぱり不良ってモテるの?」

「は?」

「3人とも、兄さんにメロメロじゃない。ほぼほぼ兄さんに会いに来てるでしょ、アレは」


 翔が悪戯っぽく笑う一方で、蓮は首を傾げた。


「……何の話だ?」

「またまたー。1階でイチャイチャしてるんでしょ?」

「してねえよ! なんでそうなる」


 確かに、彼女たちとは話している。だがそれはあくまで、忍としての彼女たちとだ。内容だって、色気なんてこれっぽっちもない。


「じゃあ、何話してんの? 聞いちゃいけないかなと思って、聞いてないんだけど」

「……ああ、それなあ」


 バケモノの情報があるか、という話をしているとは、やはり言えないだろう。うんうんと唸る兄を見て、翔は背中を叩いた。


「わかったよ。言いづらい内容なら聞かない」

「……悪いな、いつもいつも」

「こっちこそゴメンね。皿洗い代わってもらっちゃって」

「いい加減、亞里亞にもやらせろよ。お前からも言えって」

「アレに関しては僕が言っても聞かないよ」


 二人そろってため息をついたところで、犬小屋で寝ていたジョンが尻尾を振って家の前に飛び出す。母が帰ってきたのだ。


「あら、どうしたの。二人してお出迎え?」


 嬉しそうに頬に手を当てる母に首を横に振ると、とりあえず彼女の持っている荷物を持って家に入る。


 はす向かいの渡辺さんが、その様子を家の窓から眺めていた。


「相変わらず、紅羽さん家は仲がいいわねえ」


 上京して帰って来ない息子を思いながら、渡辺さんは淹れた紅茶を啜った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る