2-Ⅸ ~第一高校テスト前~
第一高校では、1年最初の定期テストが近付いていた。もちろんそれだけがすべてではなく、それぞれの授業ごとにこまめに小テストを行っているのだが、定期テストは成績への比重がとりわけ大きい。
進学校であり、勉強のできるできないは、今後の学校生活に大きく左右される重要なファクターだ。
普段部活動を行っている生徒たちも、この時期ばかりは必死である。赤点なんぞ取ろうものなら、補修で部活どころではなくなってしまうからだ。
普段はまばらな図書室も、この時期ばかりは学生でごった返していた。静かに勉強できる場所として図書室を使うのは、どこの学校も変わらない。
そして、こちらも勉強に必死になっている面々がいる。蟲忍衆の3人組だ。
「……やっばい、全然わかんない!」
全く動かないシャープペンを置き、四宮詩織は頭を抱える。
彼女がにらめっこしているのは、化学の教科書である。
すでにテスト範囲は教師陣より知らされており、基本的には教科書と授業で使っている問題集の範囲から問題をそっくり出す形式である。なので、そこを丸暗記できれば、究極な話問題ないのだが。
それができれば、苦労しないのである。
しかも、蟲忍衆の彼女たちには、どうしようもない壁が存在していた。
彼女たちの兄貴分であり、蟲忍衆筆頭の多々良葉金である。
元々、この学校への入学と卒業は彼より言い渡されたものであった。
わざわざ忍術まで使い、裏口入学することになったのだ。
田舎の山奥で暮らしていた詩織たちは、学校生活というものを送っていなかったため、最初、卒業なんて楽勝だと思っていた。
だが、現実はそううまくは行かない。初っ端の小テストから思いっきり躓き、クラス内でも最もおバカな女子として、周囲から認識されてしまう。
幸いにも体育は忍者として当然というか、一般人に負けるようなことはなかったが、それがなかったらどうなっていたか想像もしたくない。
しかも、一度小テストの結果を詩織が誤魔化そうとしたら、葉金にあっさりバレて、こってりと絞られた。
おかげで、定期テストの後に葉金が別のテストをする、とまで言われてしまったのだ。しかも、範囲は学校のテストの倍。
どちらかで赤点を取った場合、彼女たちは葉金による地獄の補修をすることとなり、本来の目的である紅鬼の捜索には一切参加できなくなってしまうのだ。それだけはどうしても、詩織たちは避けなければならなかった。
そうして、彼女たちは教科書や問題集とにらめっこする日々を過ごしている。
そして、定期テストがもう二週間と迫ってきており、蟲忍衆はかつてないほど追い詰められていた。
「それにしても、葉金兄もひどいよね。テスト期間中は紅鬼探しはするなってさ」
「しょうがないよ。テストの方が大事だもん」
ぷりぷりと文句を言う明日香を、穂乃花がなだめる。葉金に「忍者としての活動」を禁じられてしまったのだ。「勉強に集中しろ」とのことである。
「でもさ、紅鬼がもしほかの人に倒されちゃったら、あたしたち認めてもらえないってことよ?」
「そうなっちゃったらその時はその時だよ。別の手段で認めてもらおう?」
一方で、詩織は完全にフリーズしていた。問題集に書いている内容を、脳内で読み取った先から消えていく。
いろいろな暗記方法を試してみたがどうにもうまくいかない。寝る前に参考書を読んでも翌日には忘れるし、声に出してみても次の瞬間には頭から抜けてしまうのだ。
(……忍術の秘伝書とかなら、こんなに苦労しないで覚えられたんだけどなあ)
結局、昼休みの図書室で得られた成果は微々たるものであった。そのうっぷんは、午後の体育で一気に発散させる。
詩織の身体能力は3人の中でも随一だ。女子体操のマット運動にて、助走もつけずに空中で宙返りからの3回転ひねりを決め、最後は片手で着地する。
体育の先生が、咥えていた笛をポロリと落とした。
「す……すごーーーーーーーーーーーい! 四宮さん!」
女子たちからの黄色い歓声が上がる。明日香と穂乃花はやれやれとそれを見つめていた。これのおかげで、詩織はすっかりクラスのアイドルだ。
「……すげえなあ、四宮」
「ホントな。しかもあのスタイルだろ? 反則だよなあ」
体育館を半分に仕切った向こう側で、フットサルをしている男子生徒がぽつりとつぶやく。
そして、じろりと体育座りをしている赤い髪で眼鏡をかけた同級生を見た。
「お前いいよなあ。四宮に勉強教えてんだろ?」
「え」
「しかも家で、だろ? 噂で聞いたぞ」
「ま、まあ、本人のリクエストだし……」
「羨ましいなあ! その内一足先に卒業しそうだよなあ」
「卒業って、何をさ……」
紅羽翔は呆れながらも、女子に囲まれる詩織を見つめていた。
彼女に勉強を教えるようになったのは、4月の終わりごろである。
最初の単元小テストで、当然のごとく満点を取った時のことだ。
「……あ、紅羽くん!」
帰ろうとしたところを呼び止められたとき、クラス全員が固まったのだ。
なにしろ、詩織は学年どころか学校でも目立つ美少女である。
「……四宮さん? どうしたの?」
「あの、お願いがあるんだけど……」
そう言い、彼女はおずおずとノートを取り出した。
「……の、ノート写させて? 私、さっきの授業全然ついていけなくて……」
全員が安堵した雰囲気に包まれる。勉強がらみで翔に絡むのは、ごく自然のことなのだ。
そうして、翔と詩織は一緒に勉強するようになった。もっとも、すぐに明日香と穂乃花もついてきて、3人相手に教えるような形になったわけだが。
翔だって年頃の男の子なので、思うところがないわけでもない。勉強していてラッキー、と思わなかったわけでもない。
ただ、役得と感じる前に、彼女たちに勉強を教えるのは骨の折れる仕事だった。
「……やればわかるよ、教えるのどれだけ大変か」
体育座りをしながら、翔は遠目に呟いた。
「……いや、それは分かるよ。四宮も阿仁屋も、すっごいバカだもんな」
「英語のアイマイミーマイン知らないのは、流石にどうかと思ったわ」
同級生も、翔の死んだ目に同情の意を示す。
「……まあ、まずは二週間後だよな」
「赤点は避けないとなあ。俺、母ちゃんにシバかれる」
「僕も頑張んないとなあ」
ぽつりと呟く翔だったが、彼自身はとっくにテスト範囲の網羅は終わっている。教えなければいけない分、予習しなければならない量も多い。
だが、少し気になる点が一つ。
家で勉強するときのことだ。4人で勉強するとき、ちょくちょく兄の蓮と鉢合わせするようになっている。
前は誰もいないときに、とお願いされていたのだが、最近はそういうこともない。そして、彼女たちは蓮と何か話しているようなのだ。
(……やっぱり、ああいうのがモテるのかなあ)
ぼんやり考えながら、翔は勉強の準備を進める。
先日蓮が言っていた言葉を思い出した。
――――あいつらは俺を狙ってるから、お前は近づくな。
(やっぱり、そう言う意味だよねえ)
あの時は自意識過剰なのかと思ったが、あながちそうでもないのかもしれない。テレビドラマとかでも、不良とか強い男はモテることが多いと思うのだ。
現に兄は、あの3人を土下座させるほど調教している。
(そう言えば、僕は恋とかしたの、最後はいつだったっけな)
最後に誰かを好きだと言ったのはいつだったろうか。幼いころは母やら幼稚園の保母さんやらにべったりくっ付いていたような気もする。でも、それは恋とは違うだろう。
小学校の頃に、誰か好きな子いたっけなあ。思い出してみても、めぼしい恋の思い出はなかった。思い出すことといえば、運動神経がバケモノ並みの兄に対抗して始めた空手の練習くらいだ。
中学に入ったら、そもそも異性と話すこと自体がなくなった気がする。部活も入ってなかったし、勉強ばっかりしていたし。
(……こう考えると、僕の人生スッカスカだなあ)
そんなことを考えながら用意したお菓子をつまんでいると、3人が戻ってきた。
「ごめんね? 待たせちゃって」
「ああ、いいよ別に」
今日も今日とて、自宅で3人相手に勉強を教える。その前に、兄に用事があると出て行ったのを、ぼんやりと待っていた。
蓮と、何を話していたのだろうか。気にならないと言えば嘘になる。
だが、それを言及できるほど、彼女たちと親しいわけでもない。
そう言い聞かせて、翔は教科書を開いた。
定期テストで彼女たちが赤点を取ると、お兄さんにこっぴどく怒られるという。同じ兄を持つ身として、なんだか放っておけなかった。
とりあえず、彼女たちに勉強を教える理由はそれでいいのだ。
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