2-Ⅷ ~蟲忍娘たちの任務~

 寝ずの番をして、土曜の昼となったころ。

 意外にも意外に、例の蟲忍衆は3人そろって紅羽家にやって来た。堂々と玄関から。


「……なんで来るんだよ!」


 蓮のツッコミに、3人は顔を背けた。


「……なんか、兄さんに話があるんだって」


 翔はそう言うと、部屋に戻っていった。勉強の準備をしに行ったのだろう。

 ひとまず、お茶を飲みながら、ソファ越しに3人と向かい合う。


「……あの、他のおうちの人は?」

「亞里亞は部活で学校。母さんはパートで遅番。さっき出てったよ」


 蓮は言いつつ、3人、特に穂乃花を強く睨む。


「……で、てめえら、どの面下げて家に来やがった」

「……し、仕方ないでしょう。来週の中間テスト、赤点取ったらめちゃめちゃ怒られるし」

「怒られる?」


 それは、命を狙った奴の家に来るよりも恐ろしいことなのか。蓮は訝しんだ。


「任務なんです。学校をちゃんと卒業するっていうのも」

「任務?」


「あの、私たち……実は」


 そうして、蓮は初めて彼女たちから告白を受けた。


「……蟲忍衆という、忍びの一族なんです」

「おう、そうか」


 蓮の反応に、3人の目が点になった。


「……リアクション、薄くない!?」

「いや、だって知ってるし……」

「知ってる!? なんで!? どうして!?」


 面白いリアクションをする3人だったが、蓮にはそれにいちいち付き合う気分には慣れない。何より寝ずの警備のせいで寝不足なのだ。


「で、忍者だろうが何だろうがどうだっていいんだよ。お前らは、俺を狙ってんだろ?」

「……はい」

「だったら俺に直接話しに来いよな。翔をダシに使う真似はやめろ」

「そ、そんなつもりじゃ……!」


 詩織がやけに狼狽しているが、蓮はそのことに気づかない。


「とにかく、なんか用事があるなら直接言え」

「わかってるわよ、だからこうして話してるんでしょ」


 明日香は2枚の紙を取り出した。「アザト・クローツェ」という名前の書かれた借用書だ。


「……やっぱりお前らが持ってってたのか」

「私たちが探しているのは、正確にはこの人じゃないの」


 穂乃花が、さらに1枚の紙を取り出す。今度は写真のようだ。


「何だこれ?」

「私たちが探しているものよ」


 映っているのは、明らかにデカそうな怪物だった。

 深紅の体表に筋骨隆々な肉体、そしてとげとげしい角を頭からはやしており、口からは炎を吐いている。

 まるでどっかのゲームのボスキャラみたいだな、と思ったが、詩織たちの表情はいたって真剣だ。


「こいつは紅鬼くれないおに。ここ数百年の間、世間を騒がせている怪物よ」

「くれないおにィ?」


 ホントかよ、と蓮はまた写真を見る。数百年世間を騒がせているというが、そもそもそんな世間が騒いでいる実感が全くなかったのだ。そんなに凶暴なら、ニュースにだってなるだろう。悪の組織の怪人だって、極々たまにニュースになるのだから。


「実際に見たことあんのか? こいつ」

「いや、ないわ。だから探しているのよ。姿を隠すのが凄く上手みたいで、最近はめっきり姿を見せないみたい」


 そして、蟲忍衆はこの紅鬼を探して、この街に来たらしい。この町にいるかもしれない、という情報をもらったのだそうだ。


「私たちの上官が、それで調べて来いって。それで、ついでに社会勉強も必要ってことで、学校を卒業するのも任務になってるんです」


 穂乃花の補足を、蓮はキッチンから持ってきたおやつ片手に聞いていた。


「へえー……」

「それで、色々な組織の退治がてら情報収集をしていたら、アザト・クローツェって名前が出てきて、探ってたらお兄さんと鉢合ったんです」


 あのクナイか。蓮は合点がいった。投げてきたのは、3人のうちのどちらかだろう。


「……で?」

「正直、疑ってました。あなたが紅鬼なんじゃないかって」

「そんなわけねえだろ、俺17歳だぞ? 数百年も暴れるなんて無理だよ」

「いや、擬態とか、転生とか、色々やり方はあるし」

「とにかく俺は違うっつーの」


「……ええ、そうなんです。あなたは違う、と、上官にもはっきり言われまして」


 穂乃花たちが、その言葉をきっかけに姿勢を正す。


「「「本当に、いきなり襲ってすみませんでした」」」


 そして、3人そろって深々と土下座した。そんな急にされても蓮にとっては困るだけなのだが、ぴしりとした土下座に「お、おお……」という声しか出ない。


「まだかかるかな? そろそろ始めたいんだけど」


 翔が階段を下りてリビングを見やると、兄が同級生3人を土下座させていた。


手にもっていたボールペンが、ポロリと落ちる。


「兄さん……何してんの?」

「え、いや、違う! 誤解だ!」


 ひきつった顔をしている翔に何とか説明したいが、「こいつらが忍者で自分が命を狙われていた」と言うわけにもいかない。 


「と、とにかく、もういい! もういいから頭上げろお前ら!」


 本当はもっと詳しく聞きたいところだが、弟の冷ややかな視線にこれ以上耐えられない。とりあえず許すしか蓮の選択肢はなかった。


***************


 あの3人は、蟲忍衆の中でも最年少なんだそうだ。

 安里が言っていた通りマイナー忍者である蟲忍衆は、現代ではすっかり規模が小さくなり、田舎に小さい村を作って暮らしているらしい。


 紅鬼を倒すことは、最若手である彼女たちが受けた初の重要任務とのことだった。


「それができて、初めて一人前として認められる、ですか」


 安里がピザを食べながら呟く。愛が休みなので出前で取ったのだ。自炊という考えはこの男にはない。


「なんか、そんな話を急にされてもって感じなんだよな」

「まあ、でも、そういうのがいるかいないかって言われたら、僕らからしたらいる寄りですよねえ」


 悪魔やら怪人やら、異形の存在はすっかり見慣れている安里探偵事務所の面々だ。紅鬼なんぞ見たことも聞いたこともなかったが、今までの経験から「いないこともないんじゃないかなあ」と言うのが蓮たちの見解である。


「しかし、数百年も暴れているっていうのは何とも言えないですねえ」

「だよなあ」

「このあたりでそんな騒ぎ起こしている奴なら、僕が知らないわけないですし」


 安里の悪のデータベースにも引っかからない、と言うのは、確かに違和感だ。こいつのデータベースには、下手すれば戦闘員の情報だって入っている。


「ですけど、紅鬼っていうのは聞いたことないですね。ともかく、レッドゾーンがらみじゃなくてよかったですよ」

「名前的には、なんか俺と似てるけどな」

「もしかしたら、本当に蓮さんのことかもしれませんよ?」

「だったら数百年はどっから出てきたんだよ」

「ですよねえ」


 ともかく、彼女らの信頼できる上官がいると言うのだから、探しているのだろう。そして、その信頼できる上官と言うのが、あの赤い鎧の奴なんだろう。


「彼のことは、何か聞いてます?」

「いや。言ったら殺されるって言ってたぞ」


 まあ、こんだけ事情をべらべら喋っておいて、何を今更とも思うが。


「それで、その紅鬼とやらを探せばいいんですか?」

「おう。なんか情報あったらくれってよ」

「こっちの見返りは?」


 安里の発言に、蓮は固まった。


「そういや、聞いてねえな」

「あのねえ、うち、探偵事務所ですよ。お金に困ってるわけじゃないですけど、依頼ならきっちり報酬払ってもらわないと」


 ま、そこはまた適宜打ち合わせでしょうね。安里はそう言うと、ピザにたっぷりと蜂蜜を塗りたくる。食べているのは、フォルマッジョだ。


「……カロリー高そうだな、その食い方」

「ま、蜂蜜なくてもチーズの塊ですからねえ。カロリー爆弾であることには変わりないかと」

「愛が見たら怒りそうだなあ」

「まあ、しばらく来れないみたいですからね。愛さん」

「あ? なんで」

「田舎のおじいさんのところに行くんですって。おじいさん、腰を痛めてしまって動けないので、介護に行くって」

「ふーん……」


 愛が事務所に来て1ヵ月は経とうとしているだろうか。蓮はあまり恩恵を受ける機会は少ないが、事務所で出てくる料理はどれも美味く、そして栄養バランスがいい。


「野菜もちゃんと食べないとダメですよ。あと、タンパク質はお肉ばっかりじゃなくて、お魚とか、卵とか、後はお豆とかでも取らないと」


 とのことで、基本的に事務所での食事は和食ばっかりだった気がする。ピザなんかかなり久しぶりだった。


「あ、蓮さん。せっかくだしこれ頼みましょうよ」


 安里がピザのチラシを見せると、「チーズモンスター! 驚異の1kg乗せ」というピザを指さしている。


「嫌だよ、それ、ほとんど食うの俺じゃねえか」

「あ、もしもし? チーズモンスターLサイズ一つ」

「あってめえ!」


 蓮の言い分など気にせず、安里は追加で注文を始めてしまう。

 蓮は安里を蹴り飛ばして受話器を取ったが、すでに注文は確定してしまったらしい。

 その日の晩御飯は、流石に入らなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る