2-Ⅵ ~カマキリと赤龍~
事務所に帰った蓮は、早くも出て行きたい気分でいっぱいだった。
自分をジトっとした目線で見ている、愛のせいである。
「……蓮さん、散歩から帰ってきたと思ったら女の子連れ込むなんて……サイテー」
返す言葉もない蓮は、黙って連れ込んだ女の子……確か、フルネームは誉田穂乃花、だったはずだ。
一方の安里は、穂乃花の方をちらりと見た。そして、蓮の方を交互に見やる。
どういうつもりだ、という目だ。確かに、愛がいるのに彼女を連れ込むのはかなり不味い事態だ。事前にラインで彼女が悪の組織のメンバー殺しの犯人であることは連絡済みである。
(……愛を帰すか、話すか?)
(このタイミングで帰したら余計不審でしょう。……こうなった以上、しょうがないですね)
アイコンタクトののち、安里は溜め息をついた。
「愛さん。ちょっとばかし、ディープな世界に足を突っ込んでしまいますが、大丈夫ですか?」
「え?」
「告白しましょう。僕は毎日君のご飯が食べたい」
愛の顔がぽっと赤くなる。
「……と、蓮さんが言っていました」
「あ!?」
「えっ!?」
愛の赤面は限界を超えたようで、頭から蒸気が吹きだした。
何言ってんだ、と蓮は安里を睨んだが、安里の目は冷ややかなものだった。あなたのまいた種でしょう、と暗に告げている。
「ほ、本当……?」
そう確認を取られたら、頷くしかないではないか。
「そ、そうなんだ……そっか……」
「それでですね、どうかこの事務所を辞めないでほしいんです。蓮さんのためにも。ちょっと、この事務所は普通じゃないんですが……」
「あ、それは知ってます……」
「あ、そう? じゃあ、かいつまんで話しますけど……」
そう前置きをして、安里は愛にこの事務所の正体を明かした。
犯罪組織に金を貸していたこと、その過程で殺人事件を目撃していたこと、そして、その容疑者であろう人物が目の前の緑色の女の子であること。
大げさでもなく、ただ安里は淡々と告げた。
「……と、言うわけです。もちろん、愛さんを巻き込むつもりはなかったんですが、この人が何をとち狂ったか彼女を連れてきてしまいまして」
「しょうがねえだろ。いきなり鎖鎌振り回すような女だぞ」
蓮はそう言いつつ、愛の顔をちらりと見る。愛は最初こそ困ったような顔をしていたが、隠し切れないため息をついた。
「……なんとなく、そんな気はしてました。スケールは想像以上だったけど」
「……は?」
「だって、明らかに普通じゃないでしょ。安里さんの能力を知った時点で、そんな感じしたし」
「まあ、誰がどう考えてもおっかないですよね、こんな連中」
「……この際だから、私も告白しますけど。実は私も、普通じゃないんですよね。普通じゃなくなった、って言った方がいいのかもしれないけど」
愛はふと、穂乃花の後ろを指さした。
「……あなた、幽霊、憑いてますよ?」
その言葉に、事務所にいた全員は穂乃花を見る。だが、一番のリアクションを見せたのは穂乃花本人の方だ。
「……あなた、見えるの!?」
「え」
蓮は愛と穂乃花を互いに見やる。
「あの一件から、何というか、色々見えるようになっちゃって。アイニさんにアドバイスをもらって、スルーしてたんだけど。みんながそう言うの話すなら、言ってもいいかなって」
「……なんで言わねえんだよそんなこと!」
「だって、「普通」がいいんでしょ?」
愛の言葉に、蓮はうっと詰まる。安里をじろりと見ると、目線を逸らした。こいつ、またいらんことを喋りやがったな。
「……それで、事務所には引き続きいてくださるので?」
「うちのご飯美味しいって言ってくれますし、助けてくれた恩もありますし? 大体、やめるなら安里さんの能力知った時点でやめてますよ」
愛はつん、とそっぽを向いた。あくどい事をしていたことより、隠し事していたことに怒っているようである。それはそれでずれている気もするが。
「……すみませんね、どうも」
「私、そっち方面はノータッチですからね?」
「もちろんです」
安里はにっこり笑って頷いた。そして、改めて穂乃花の方を向く。
彼女は彼女で、愛に興味津々のようだった。
「……驚いたわね、普通の人には見えないはずなんだけど」
「幽霊って、どんなのがいるんだ?」
「……カマキリ」
「カマキリ!?」
蓮はちらっと穂乃花を見る。確かに、鎖鎌持ってはいるけど。だからと言って、カマキリなんて、そんな安直な……。
「……どうやら、本当に見えているのね」
「え、当たってんの? まじでカマキリなのかよ!」
蓮は穂乃花をじっと見るも、そのカマキリの姿は見えない。
「言っときますけど、そう簡単に見えるものじゃないですよ。それこそ第六感を無理やり開く訓練したりしないと」
「……お前、何者だよ」
穂乃花はそっぽを向いて、話そうとしない。
「話さないならいいですよ。こっちで勝手にわかりますから」
安里がにゅるにゅると手を触手へと変貌させた。それを目の当たりにした穂乃花は一瞬目を開いたが、途端に覚悟を決めた目をする。
「おっと」
安里はとっさに口に触手を突っ込む。舌を嚙み切って死のうとしたのだ。
「覚悟決まりすぎだろ……」
結構喉の奥まで突っ込んだようで、涙目で穂乃花はえづく。そこで、いったん安里は触手を口から離してやる。
「ま、そう言うわけで。死ぬのは無理ってことで」
彼女に笑いかけるが、穂乃花は目を合わせようとしない。
「困りましたねえ」
「どうする? 弟の知り合いだし、あんまり手荒なことしたくないんだけど」
「そうですねえ。やっぱり、頭の中覗いた方がいいのでは……」
などと、安里が恐ろしいことをサラッと言った時だ。
愛が、不意に窓の向こうを見た。かなり青ざめて。
「あ?」
「な、何か来る……!」
「来る?」
蓮が愛の見る窓ガラスを見るが、それらしきものは何もない。
「でででででで、でっかい龍、みたいなの……!」
愛が言うと同時、事務所の窓ガラスが木っ端みじんに砕け散る。
「……またですかぁ?」
ガラスの破片をもろに受けながら、安里は呆れたように言うが、誰も聞いていない。朱部は一足先に机に潜り、蓮は愛を庇って伏せた。
破片が割れると同時に、何者かの気配がする。ちらりと穂乃花の方を見ると、彼女を覆うように赤い影が現れる。
影は穂乃花を抱えると、事務所から一瞬で消え失せた。
しばらくじっとしてから、ようやっと起き上がると、事務所は見るも無残な穴が空いていた。まるで、何かが突き抜けたような穴が、ビルに空いている。
「うわあ、修理大変ですよ? これ」
「まずは、事務所の掃除でしょ」
立ち上がった朱部と、ガラスの破片がもろに刺さりながらも笑っている安里をよそに、蓮は突き抜けた先を見やる。
何者かは分からないが、穂乃花を肩に抱えた人物がいる。鎧のようなものを着ており、顔などもさっぱりわからない。
だが、蓮の事をじっと睨んでいるのは間違いない。明らかに、穂乃花なんかよりも格上である。
「……なんだ、ありゃあ」
蓮が呟いた時には、謎の影と穂乃花の姿は、蓮の視界にも探偵事務所からもすっかり消え失せていた。
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