2-Ⅳ ~闇夜のチェイス~

「……またかよ?」


 夜に、蓮と安里が借金回収に行くと、またも死体が転がっているだけであった。


「どうやら、悪の組織を狙ってるみたいですねえ」

「つまりは、正義の味方ってことか?」

「さあ、そこまでは。ま、カタギではないでしょうね」


 死体の手口を見たところ、前の時と同じ連中だろう。使っている武器も同じで、刃物と何か針のようなものだ。


「しっかし、どうして急にこんなことになったんかね」

「まあ、狙われるとしたら僕でしょうねえ」


 安里がけらけら笑いながら、死体周りの書類を漁っていく。


「あ、やっぱり。借用書盗られてますね」

「お前の手がかりになるものってことか?」

「そうなんですかねえ。ま、どうせでたらめの情報なんでいいんですけど」

「……信用もへったくれもねえな」

「僕が一方的に信用できれば、それでいいんですよ」


 安里はふふんと笑うと、再び物色を始めた。金目の物を探しているのだろう。


 蓮も何かないかとふらつき始めた時、妙な気配がした。


「おい、安里」

「はい?」

「誰かいる」


 そう言った瞬間、蓮の視界に、光が走った。閃光弾である。


「なっ!?」


 咄嗟に目をつぶり、光る瞬間は躱す。しばらく瞼の外が光り輝いていたが、それが治まるころに目を開けた。


 安里はもろに食らったようで、目を覆ってくらくらとしている。


「ああ、もう、バカが!」


 安里の近くへ駆け寄る瞬間、蓮めがけて何かが飛んできた。蓮は其れをキャッチして、まじまじと見る。


 それはクナイであった。しかも、先端がちょっと濡れている。恐らく毒だろう。


「……はあ?」


 蓮がとぼけている間に、気配はすっかり消えていた。


「……なんだったんだ、ありゃ」

「終わりました?」


 ようやく目を開けた安里の頭を、蓮は軽くはたいた。


「何やってんだよ、油断しやがって」

「すみません、まさかまだ中にいたとは……」


 安里は蓮の持つクナイを手に取ると、さっそく「同化」してみる。


「どうだ?」

「これは、忍者の武器ですね」

「見りゃわかるわ、そんなん」

「冗談はさておき。これ、伊賀でも甲賀でもないですね。クナイの造り的には。あと、先端に付いているのは、虫の毒でしょう。痺れる程度のもので、命までは奪えませんよ」


 クナイから分析できることを説明すると、安里はぱっぱと身なりを整えた。


「じゃ、帰りましょうか」

「どうする? 尾行されてるかもしれねえぞ」

「そこは、朱部さんに任せましょう」


 安里はスマホで何かを朱部に伝えると、そのまま外に出た。

 蓮も一応周囲を警戒しながら、安里に着いて行く。


 朱部の乗っている車に乗り込むと、すでにエンジンがかかっているようだった。


「じゃ、行きましょう」


 安里が言うと同時に、車はゆっくりと動き出す。


「着いてきてますかね?」

「後ろにずっとついてる車が1台」


 安里の問いかけに朱部が答える。蓮がバックミラー越しに見るが、運転手の顔はマスクにサングラスでわからない。


「いかにも、って感じだな」

「撒けます?」

「遠回りになるけど」


 朱部はそう言うと、交差点を左折した。そして、曲がり切った瞬間に即加速し、法定速をあっという間に超える。何台もの車を抜き去り、そしてさらに左折した。


「おおおおおおお! 危ねえ!」

「いやあ、無茶しますねえ、はっはっは」


 ちゃっかり手すりにつかまっている安里が笑う。


 そのままどこかのビルの地下パーキングに入る。どんどんと加速しながら、壁に向かって直進をやめない。


「え、おい! おい! ぶつかる気か!?」


 蓮は後ろを見やるが、先ほどの車は完全に撒いたようだった。


「もう撒いたって! だから……」


 蓮が言い切る前に、朱部はアクセルをさらに踏み切り加速した。


 蓮は慌てて脱出しようとシートベルトに手をかけた。いちいち外している暇はない。このまま引きちぎろうとしたのを、安里が止めた。


「お前、何する……!」


 そう言った瞬間、車は壁を突き抜けて行った。

 厳密にいえば、すり抜けたのだ。壁をすり抜け、まっすぐな道を車は走っていた。


「……は?」

「秘密の通路ですよ。前に作ったって言ったでしょ?」


 安里はそう言いながらカラカラ笑っている。


 蓮は安里にげんこつを決めると、事務所に着くまで終始外を眺めていた。


***************


「……見失ったみたい」


 黒い車を駐車場の入口で見失った車の運転手は、そう呟いた。


「……なら、早く戻って来なさい。無免許なんだから」


 ハンズフリーの通話音が聞こえた。響くのは女の声だ。


「しかし、あのどっちかが「アザト・クローツェ」なの?」

「さあね。でも、まさかあの人がいるなんてね……」

「……あの黒髪の事、「安里」って言ってた」

「……いやいや。いくら何でも、そんな単純な話ある?」

「当たってみる価値はある」


 車はUターンし、夜の町へと消えていった。


***************


「ほ、本物のクナイですか……」


 翌日、愛はクナイをまじまじと見つめていた。本物の忍者が持っていたクナイに興味津々である。


「お前がそんなに食いつくのか……」

「結構映画にも出るんだよ。ニンジャってアメリカでも人気だから!」


 彼女の好きな映画、というととんでもないクソ映画なのだろうが、それでニンジャがよく出てくるというのは、国辱な気がしないでもない。だが、愛の楽しそうな様子に、そのことは口に出さないでおく。


「でも、どうしたのコレ?」

「いや、まあ、ちょっと拾ったんだよ」


 蓮は言葉を濁した。悪の組織の借金回収先で拾ったとは、流石に言えない。


「よかったらいります? 差し上げますよ」

「え、いいんですか!?」


 愛の顔がぱっと明るくなった。よっぽど嬉しいのだろうか。繰り返すがクナイである。お嬢様校に通う女の子の好みそうなものではない。


(おい、毒塗ってあった奴だぞ、いいのかよ?)

(大丈夫ですよ、ちゃんと洗いましたから)


 小声で安里に確認すると、蓮は愛にクナイを渡す。


「わあ……。ありがとう! 蓮さん」

「……気をつけろよ。刃物なんだから」


 まじまじとクナイを見つめる愛を見やると、蓮はソファから立ち上がった。


「ちょっと外出てくる」

「おや、散歩ですか?」

「暇なんだよ。依頼人来たら連絡くれ、戻ってくるから」


 ま、そんなもん来ねえと思うけど、と言い、蓮は事務所から出て行った。


「蓮さん、どうしたんだろ」

「なんか、嬉しいことでもあったんじゃないですかね」


 目ざとい安里は、蓮が出て行きざまに、足取りが軽かったのを見逃してはいなかった。


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