2-Ⅱ ~殺された異形の者の記憶~

「……おいおいおい」

「これは、なんと、まあ……」


 蓮と安里が次の目的地に着いた時には、そこに目的の人物はいなかった。

 代わりにあったのは、そこかしこに飛び散った血痕と、3体の死体だけである。


「……すでに何者かに襲われた後、というわけですか」


 安里は手を黒く変色させると、死体に触れた。蓮は血まみれの部屋を、しきりに見まわしている。


「血が付いているのは、この部屋だけみたいだな」

「ええ。そうでしょうね。この血、全部彼らの血ですよ」


 安里がそう言い、倒れる男の身体を見せる。赤黒く変色した、大きな傷があった。


「……これは、切り傷ですね。刃物で斬られたものでしょう」

「刃物? ナイフとかか?」

「いいえ。こんな深い切り傷、ナイフでは無理ですよ。できたとしても、相当な力がないと」


 安里が、傷口に手を突っ込みながら言う。


「……それに、どうやらそれぞれ殺し方も違うみたいですね」

「あ、ほんとだ」


 ほか2人も、かなり特徴的な殺され方をしている。片や首が飛んでおり、片や外傷がほとんどないまま死んでいた。


「……つまりはわざわざ殺し方を変えたってことか?」

「あるいは、集団で殺したか、ですね」


 安里は一通り死体を触ると、「同化」して記憶を読み取る。


「犯人、顔分かるか?」

「いえ、完全に不意打ちみたいですね。ただ、何者かが目的の人を襲ったことは、間違いありません」

「この部屋と同化してもわかんねえのか?」

「生憎、その方法って事前に僕を仕込んでいないと使えないんですよね。さすがにどこもかしこにもは、仕込んでないんですよ」

「何だよ使えねえなあ……で、どうする?」


 蓮は、死体が転がる部屋を見て、安里に向き直る。


「通報した方がいいのか? 警察」


 蓮の問いかけに、安里は首を横に振った。


「よしておきましょう。ここの人たち、ちょっと……アレですから」

「……だよなあ。で、貸した金はどうすんだ?」

「仕方ないですよ。担保にしてた、彼の実家を差し押さえることにします」

「助けには?」


 蓮がそこまで聞いて、安里は肩を竦めた。


「……我々は何も見ていないし、気づいてもいないです。いいですね?」

「……へいへい、わかったよ」


 蓮も肩を竦め、二人そろって部屋を後にする。

 首のとんだ死体の側には、明らかに人ではない、異形の者の首が転がっていた。


***************


 一体、なぜこんなことになったのか。俺は確かに、アジトで金を数えていたはずなのに。

 得体のしれない連中に手下を殺されたかと思えば、気づけば訳の分からないところに拉致されている。


「……気が付いたようだな」


 暗闇の中から声がする。変声機を使っているのか、やけに低い声だった。


「な、何者だ、お前たちは!」

「お前が知る必要はない」


 言葉とともに、叫ぶ男の腹に、鋭い何かが突き刺さる。


「ぐあああああ!」


 男は悲鳴を上げた。激痛は走るが、どうやら急所は外しているらしい。

 虚空を睨みながら、男は叫んだ。


「お、俺をどうするつもりだ!?」


 こいつらの目的は分からないが、すぐに殺すことはないだろう。

 自分がさらわれたとき、自分の取り巻きたちがあっという間に殺された。自分を殺すだけだったら、あの場で一緒に殺してしまえばいい。だがそれをしていないという事は、別の目的があるという事だ。


「目的は何だ!? 何が知りたい!」

「……なるほど、それくらいの頭は回るわけか」


 虚空に、ぼんやりと光が浮かぶ。男がそれを覗き込むと、そこには赤々とした怪物の姿が描かれていた。


「……な、何だこれは?」


 首を傾げる男の腹に、さらに何かが突き刺さった。


「ぐあああああああ!」

「知らないなら知らないでいい。我々が知りたいのは、こいつの手がかりだ」


 虚空の声は、さらに怪物の絵を押し付ける。


「し、知らん、知らんよ! 何が聞きたいんだ!」

「こいつのいそうな場所を知っているか?」

「い、いそうな場所?」

「こいつは、どこの組織に所属している?」


 男の顔に冷や汗が垂れた。


「……俺の正体は、もちろん知っているわけだな」

「質問に答えろ。こいつの居所に心当たりはあるか?」


 虚空の声に、男は少し黙り込む。


(……知らないと言えば、殺される。恐らく、言ったとしても殺されるだろう。こいつらは……俺の正体を知っている)


 取り巻きをちゅうちょなく殺したところを見る限り、こいつらに慈悲というものはないのだろう。ここで自分が助かるには、戦うしかない。だが、縛られている以上、それもできない。まずはこの状況を何とかしなくては。


「……わかった。教える。だから、この拘束を解いてくれ」

「……いいだろう」


 虚空はすんなりと男の要求を受け入れた。

 馬鹿な奴らだ、と男は心の中でほくそ笑む。ほどなくして男を縛っていた物はするり、と緩まった。

 男は肩を2,3度回す。


「……それで? 心当たり、とは?」

「……ああ。いいだろう。教えてやるよ」


 男の身体が、激しく震えた。体色は緑色に代わり、歯は鋭い牙となる。口の形も、筒のような形状に変異した。眉間からは無数の眼球が生え、盛り上がった腕からは鋭い爪が飛び出す。


「……貴様らを、殺した後になぁ!」


 虚空の見えない相手に向かい、先ほどまで男だった異形は叫んだ。

 だが、それと同時に。

 異形の首筋に何かが刺さった。先ほどまで腹に刺していた物よりも、はるかに小さいものだ。さほど痛くもない。

 だが、異形の足取りが急におぼつかなくなったかと思えば、そのまま倒れこむ。


「……あ……っ!?」


 口からよだれが垂れるのを止めることができない。全身が痺れ、末端の爪一本動かすことができなかった。


「……か……あ……っ」


「……やっぱり、こうなるか」


 毒を盛られた、という事がわかった時には、異形は既に息絶えていた。

 異形の死骸を囲むように、声が聞こえる。どうやら複数で会話しているらしい。


「……ダメだったな」

「どうする? 次の手がかりは……」

「こいつのアジトに、こんなものがあったし、当たってみるか?」


 声が、1枚の白い紙を見せる。

 先ほどの異形の人間時の名前が書いてある。そして、そこにはおよそ1000万の額面を借りる旨が記されていた。


「……借用書?」

「どうやら、借金していたらしいな、異形の者のくせに」

「貸主は?」


「……


 虚空の声は、それきり聞こえなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る