2-Ⅰ ~安里探偵事務所の裏の顔~

 時間の潰し方が思い浮かばなかった蓮は、就業時間後も探偵事務所に残っていた。愛は既に帰宅し、居るのは古参のメンバーだけである。


「それで、翔くんは女の子連れ込んではいたものの、エッチなことはしていなかったと」

「ま、俺は最初から信じてたけどな」

「どの口が言ってるのかしら」


 朱部が、机の中にあった銃を磨きながら呟く。


「あ、そうだ。蓮さん、時間あるんですよね?」

「あ? あるけど」


「じゃあ、ちょっと付き合ってください。これから」


 安里が自分の椅子をくるくる回しながら言う。

 蓮は溜息をついた。


「……またかよ?」

「ええ、またです」


 安里は仕方なさそうに笑うと、すくっと立ちあがった。


 3人そろって事務所の外に出ると、すでに車が用意してある。安里と蓮が後ろに座ると、朱部は運転を始めた。


「……で、今日はどこのどいつだよ」

「えーとですね……」


 安里はそう言いながら、ぱらぱらと資料をめくる。


 車はほどなく、街中にある巨大なビルの駐車場に止まった。安里探偵事務所のあるビルの何倍もある大きさのビルだ。大手企業がいくつも入る、大手ゼネコンのビルである。


 朱部に車を任せ、蓮と安里は2人でビルへと入っていった。


ビル入口にいた警備員に、安里が軽く会釈をすると、顔パスで通してくれた。


「すっかり、ここも常連ですよ」

「あんまりいいことじゃねえだろ……」

「確かに」


 安里と言いあいながら、蓮たちはエレベーターの中へ。そして、エレベーターで最上階のボタンを押すと、少しの浮遊感とともに最上階へとたどり着いた。


 最上階は、とある企業のオフィスである。しかも、社長室のみというとんでもないスペースの使い方をしている。贅沢なものだ。


 ドアをノックすると、「どうぞ」という声が聞こえる。


 安里がドアを開けた途端、目の前にいた男たちが銃を構えた。


 そして、銃の引き金を引く。ここまでの時間は、1秒もない。


 だが、結果として引き金は引けずに終わった。


 顔面を殴られたかのような衝撃が、彼らを襲ったのだ。彼らは、銃を放って吹っ飛ばされる。


「これはこれは、ご挨拶なことで」


 にっこり笑う安里の横では、蓮が舌打ちしている。


 そんな二人を青ざめて見ているのは、スーツ姿の30代の男だ。


「……あ、相変わらず、ですな」

「そちらもですね。また、こんなことにお金使っちゃってまあ」


 安里は手を黒く変色させると、男の胴体へと触れる。手は沈むように男の身体に入り込んでいった。


 男は苦痛に顔をゆがめる。


「もう、これで何度目です? そんなに、貸したお金を返すのは嫌ですか?」


「あ、ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 安里が笑うと同時に、男は悲鳴を上げた。

 体内に「同化」して侵入し、直接心臓を握ったのだ。


「あ、あぎっ、やめ、やめて!」


「じゃ、どうすればいいかわかりますね?」


 安里と男は目を合わせる。


「あ、ああ。わかるよ、わかってる……」


 男は、一度呼吸を整えた。そして。


「お前を殺せば、お前への借金はなくなる!」


 机に入れていた銃を、安里へ向けて発砲する。


 銃弾は、安里の眉間を貫いた。安里の身体が、大きくのけぞる。

 汗にまみれた男は、涎を垂らしながら笑みを浮かべた。


「は、ははははは、ざまあ見ろ! バケモノめ!」


 蓮は、その男を哀れんだ目で見つめていた。男の叫びは止まらない。


「俺を脅したつもりか!? 所詮お前らみたいな奴から借りた金なんてな、俺みたいな勝ち組に返す義務なんかないんだよ! 俺は大企業の社長だぞ!? 馬鹿にするんじゃねえよバカが!」


 胴体にくっついた安里の身体のことなど気にも留めず、男は高笑いする。


 のけぞっているため、男には、見えていなかった。


 穴の開いた安里の眉間が、あっという間に塞がっているという事に。


 不意に、男の高笑いが止まった。


「やれやれ、ちょっとあそ……追い詰め過ぎましたかね」


 安里の声である。しかし、発しているのは安里の肉体ではない。


 男の口が、安里の声で話し始めた。


 男は驚いたように、目を白黒させている。声を出したくても出せないのだ。


「ああ、喋れませんか。ちょっと待ってくださいね」


 安里がそう言うと、安里の口の方が動き始める。


「ど、どういうことだ!?」


「いやあ、今僕ら、繋がってるじゃないですか。だから、せっかくなので互いの口を逆にしてみました」


「何……!?」


 互いの口があべこべなことを言っている光景に、蓮はひたすらに悪趣味さを感じていた。


「おい、とっととしろよ、遊んでないで」

「ああ、そうですね。じゃあ、回収しましょうか」


「な、何する気だ!?」


 男が叫ぶと同時に、男の身体が黒く変色し始めた。それはみるみる広がっていき、気づけば男だったものはただの黒い塊と化している。


 それはどんどんと小さくなり、やがて男に突っ込まれていた安里の手となった。


「……担保はきっちり回収という事で」


 安里がそう言うと同時に、手から小さい塊が飛び出す。それはみるみる形を変え、先ほどの男となった。


「じゃ、会社の経営は任せましたよ」

「もちろん。あと、隠し財産はすべて振り込んでおくので」

「お願いしますね」


 安里が男にそう言うと、ようやく蓮の方へ向き直る。倒れている男たちの事を、ちらりと見やった。


「彼ら、意識あります?」

「ない。だから見てもいねえだろ」

「まあ、別に隠すつもりもないんですけどねえ」


 安里の能力、「同化侵食」。触れたものになり、触れたものを自分にする能力。人間だろうが、無機物だろうがお構いなく安里修一になってしまう、おぞましい能力である。


 一応弱点はあるらしく、安里基準で「同化できないもの」というのが、ある程度あるらしいが、蓮が知る限りそんなものは「紅羽蓮」くらいのものだ。


「じゃ、次行きましょうか」

「なんだよ、まだあるのか?」

「ええ。もう一件」


 そう言い、安里は蓮に簡単な地図を見せた。ここからそう遠くない。


「……さっさと終わらすぞ」

「8時まで帰れないんでしょ? のんびり行きましょうよ」


 言いあいながら、蓮と安里はビルを出た。

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