第2話 【忍者編】ハイスクール・クノイチ・With・最強さん。

2-プロローグ ~え!? 弟に女友達が!?~

『兄さん、悪いんだけど、家に帰って来ないでくれるかな?』


 突如かかってきた弟からの電話は、紅羽蓮には寝耳に水な内容だった。あまりにも急すぎる内容に、思わずスマホを取り落としそうになる。


「な、何? 翔、お前、何言って……」

『いや、そんなずっとじゃないよ? 今日、夜の8時くらいまでさ、時間潰しててほしいんだよね』


 紅羽翔の補足に、兄である紅羽蓮はポカンとしてから、気持ちを立て直すように溜息をつく。


「お前、そう言うのちゃんと言えよ。びっくりしただろうが」

『ごめんごめん。実は、これから友達が家で勉強したいって言っててさ。結構じっくりやるから、集中したいんだよね』

「ふーん……。分かった」

『ごめんね。洗い物とかは僕がやっとくからさ』

「おう。任せた。じゃあな」


 蓮は電話を切り、ソファによりかかった。


「あービックリした。……どうすっかな、バイト終わったら」

「蓮さん、どうしたの?」


 グッタリしている蓮の様子に、お茶を用意していた立花愛が近寄ってきた。すっかり家政婦の仕事も板につき、学校の制服の上に、白いフリル付きのエプロンを着けている。


「いや、弟がよ。今日は家に帰ってくるなって」

「え……とうとう、追い出されちゃったの?」

「違えよ! 友達が家に来るんだと」

「それで、なんで家に帰っちゃダメなの?」

「……怖い兄貴を見せたくねえんだろうよ」


 蓮は私立綴編高校という私立高校に通っている。対して弟の翔は、公立の第一高校に入学したばかりだ。地元の公立で、しかも一番の進学校である第一高校の生徒に、蓮のような怖い男は刺激が強いのだろう。


「ま、しょうがねえ。アイツに変な噂が立っていじめられてもアレだしな」


 いろいろ事情があるとはいえ、綴編なんてところに通っている自分が結局悪いのだ。蓮はそう、自分に言い聞かせていた。


「でも、そんなことを翔くんが気にしますかね?」


 愛と同じく、蓮に話しかけてきたものがもう一人。黒髪に黒いシャツ、黒い靴と、黒づくめの男、蓮の雇い主である、安里探偵事務所所長の安里修一だ。


 安里は蓮を雇う手前、彼の家族にも会っている。なので蓮の家族とは顔見知りであった。


「いくらお友達が来るとはいえ、そんな風に邪険にするような人には見えないですけど」

「……色々あるんだろ。色々」


「色々ですか」


 安里は愛の淹れたコーヒーをちびちび飲みながら、ぼんやりと考える。


「色々……かもしれませんよ、案外」


 安里の言葉に、蓮の持っていた湯呑が砕け散った。入れたて熱々のお茶が、蓮のズボンに思いっきりかかる。


「あっちい!」

「れ、蓮さん、大丈夫!?」


 あわててタオルを持ってきた愛が、蓮のズボンを拭こうとする。蓮はタオルを手に取ると、慌てて濡れた股間を拭いた。そして安里を睨む。


「お、お前、何変なこと言ってんだよ!」

「いや、だって、ねえ? ないとは言えないですし。男の子ですもんね? 翔くんも」

「あいつに限って、そんなことあるわけねえよ! 真面目な奴なんだから」

「……まあ、そうでしょうねえ」


 安里はそう言うと興味を失ったようで、パソコンの画面へと目線を移した。

 蓮も自分のデスクに戻るが、どうにも気になって仕方がなかった。

 ふと思い立ち、妹の亞里亞にラインをする。


『お前、今日何時に帰る?』


 続いて、母のみどりにも、同様にラインを送る。

 少しして、互いに似たような返事が返ってくる。


『翔兄ちゃんに8時くらいまで時間潰しててって言われてるから、カラオケ行って帰る』

『翔に8時まで時間潰しててって言われてるから、そのつもり』


 蓮は勢いよく、デスクから立ち上がった。そして、椅子に掛けていたコートを羽織り、手早く荷物をまとめる。


「……悪い、ちょっと今日はもう帰るわ」

「えっ!?」

「蓮さん、本気ですか?」


 安里が言う前に、蓮は事務所のドアを開けて、颯爽と出て行ってしまった。

 残された愛と安里は、茫然として閉まるドアを見つめる。


「……蓮さん、どうしちゃったんだろ?」

「翔くんに限って、そんなことはないと思うんですけどねえ」


 安里は笑顔を少しひきつらせながら、コーヒーを一息にあおった。


***************


 蓮は、かつてないほどに急いでいた。電車など、もはや使うはずもない。走った方が、はるかに速かった。

 町を駆け抜けながら、嫌な想像が目に浮かぶ。未成年淫行、逮捕、少年院、望まぬ妊娠ーーーーーー。


 翔はまだ15歳だ。そう言うことは、いくら何でもまだ早い。 


 事務所を出て、おおよそ2分後には蓮は自宅に着く。駅二つ分くらいならこのくらいの時間でたどり着けるのが、紅羽蓮という男だ。


 家には当然鍵がかかっている。慌てて鍵を開けると、バタバタと階段を駆け上がる。

 翔の部屋のドアを、勢いよく開けた。


「翔!」


「え!? に、兄さん!?」


 そこで、蓮が目にしたのは。


 3人の女に囲まれた、弟の姿だった。


 弟を囲んでいる女たちは蓮の目からしても、なかなかに美人であるという事は分かる。それも3人ともだ。


 その3人も、突如現れた蓮の姿に驚きを隠せずにいる。


「お、お、お前、お前……!」


 蓮は、わなわなと震える。


「ど、どうしたのさ。今日は夜まで時間潰しててって言ったのに……」

「お前、お前ぇぇえーーーーーーーーーーーーーっ!」


 蓮は、翔の両肩を掴んだ。そして、前後に激しく揺らす。


「お前よぉ、お前……! まだ早えよぉ!」

「な、何が!?」


 蓮は俯き、そして叫んだ。


「……そういうのは、18歳を超えてからやってくれ!」


 その言葉に、翔は何のことやら察したらしい。そして、顔が真っ赤になる。


「ちっ……違うよ!? 何言ってんのさ!」

「何が違うんだよ! おまえ、これ……しかもいきなり3人相手って……! 4Pは進みすぎだろ!?」

「だから違うって言ってるでしょ!?」


 このやり取りで、この兄貴が何を言わんとしているのか、3人もわかったらしい。3人とも、赤面して俯いていた。


 そうして、蓮が落ち着いたのは、おおよそ5分後の事である。


「……ほんとに、勉強教えてただけ?」

「だからそうだって言ったじゃん。どんな勘違いしてるのさ」


 頭をさすりながら蓮が3人を眺める。先ほど翔にげんこつをもらったのだ。一方の翔は、右手を庇うようにしながら3人の側に座っている。「最強」の頭にげんこつなどすればさもありなん。


「……来週、小テストがあるんだよ。それで、この3人が勉強教えてほしいって、僕に言ってきたんだよ。学校だと集中できないからって、うちで教えることになったの」

「そ、そうなのか……。なら、最初からそう言えよ」

「言ったのに信じないで突っ込んできたくせに、何言ってんのさ!」


 翔はそう言いながら、プリプリと怒る。このように彼が怒るのは、かなり珍しい。ましてや蓮にげんこつしたりこんな風に怒ったりできる者は、かなり少ない。


「あー……、悪かったな? 騒いで」


「い、いえ……」

「こちらも、いきなり家に押しかけてすみません」


 3人と蓮は、向かい合って互いに謝りあった。蓮はちらりと彼女たちを見るが、明らかに普通よりもかわいい部類に入るくらいの美少女ばかりだ。


 桃色のロングヘアで、スタイルの良い子。橙髪のサイドテールの小柄な子。緑髪で、リボンを着けている、2人の中間の体格の子。いずれも、街中で目立ちそうな雰囲気の娘たちであった。


「……紅羽翔の兄の、蓮です」


「ど、どうも。翔君のクラスメートの、四宮詩織しのみやしおりです」

阿仁屋明日香あにやあすかです……」

誉田穂乃花ほまれだほのかです。ごめんなさい、私たちが集中したいって言ったので、皆さんにはちょっと遅く帰ってきてほしいって翔くんにお願いしたんです」


 そうして、互いに頭を下げた。


「……じゃあ。邪魔したな。あと、すまんかった」


 蓮は部屋を出ると、もう一度翔の部屋の中をチラ見した。


「……大きくなりやがって」


 考えてみれば、翔の部屋に入るなんて随分と久しぶりであった。亞里亞はだらしないからしょっちゅう部屋に入って掃除したり起こしたりとしているが、翔はきちっとしていて部屋に入る用事もない。


 昔も遊ぶと言ったら友人ばかりで、兄妹で遊んだことなんかあんまりないのではなかろうか。


 事務所に戻るついでに、飼い犬のジョンにエサをやりながら、なんとなく自分が大きくなったことを実感していた。


「……たまには、家族で遊ぶのも悪くねえかな」


 亞里亞が確か、カラオケに行くと言っていた。せっかくだし、母も誘って3人で行こうか。

 そんなことを亞里亞に相談したら、『絶対ヤダ』と返ってきた。

 蓮が安里探偵事務所に戻る時には、すっかり不機嫌になっていた。

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