1-エピローグ ~NEW COMER! 安里探偵事務所~
ネクロイが消滅した後、愛はすぐに、十華に連絡を入れた。
すっかり夜遅くなっていたが、彼女はまだ桜花院にて、篠田を引き留めてくれていた。カフェの人に無理を言って、ずっと開けてもらっていたらしい。
念のために直接確認しに行ったが、篠田への呪いはきれいさっぱりなくなっていた。
篠田は奇妙な顔をしていたが、不満そうではなかった。なんでなのかを蓮が十華に聞いたら、「あなたには教えないわ」と一蹴されてしまった。
「……平等院さん。本当にありがとう」
「いいのよ。そっちこそ、あんまり私の手を煩わせないでよね」
「……ごめんね」
愛がうつむくと、十華は頭を掻きむしった。そんな顔をさせたいわけじゃない。
「ああ、もう! もうちょっと嬉しそうな顔しなさいな! 犯人、やっつけたんでしょ!?」
「う、うん」
「申し訳ないと思ってるんだったら……『ゾンビ・イン・センターオブジアース』。なんとしても用意しなさい! 今度こそ、見切ってやるわ!」
その瞬間、愛の顔がぱっと明るくなる。一方で、着いてきていた蓮はぎょっとする。何しろ安里ですらダメージを受ける代物だ。
「平等院さん……本当!?」
「おい、お前正気か?」
「当たり前よ。私を誰だと思ってるの!? 市議会議員の娘よ!」
「そうだったのか!?」
今明らかになる事実とともに、十華は胸を張った。
「あと、愛ちゃん。私のことだけど、その平等院さんって呼び方はやめてちょうだい」
「え?」
「昔みたいに、名前でいいわよ」
十華はそう言って、ふっと笑った。
「……十華ちゃん」
そのまま、愛と十華は抱き合った。お互いに泣いているらしい。
(……なんか、居辛いな、ここ)
そう思って蓮がその場を離れると、染井たちが待ち構えていた。蓮は溜息をつく。
「……こんな時間まで残ってたのか」
「当然だろう」
そして、染井は蓮と真正面から向かい合った。その横に、妻咲が控えている。
「……事情は、妻咲先生から聞いた。立花くんが彼女に攫われて、君が助けてくれたそうだな」
そう言ってから、染井は頭を下げる。
「……助けてくれて、ありがとう」
「いや、まあ……仕事だったし」
「学校を壊した件についても、まあ、必要なことだったと判断しよう。ただし今回限りだし、弁償はしてもらう。訴えられないだけ良かったと思うように」
「……そりゃどうも。請求は、綴編にしてくれるか?」
「……仕方ないな」
染井はそう言い、抱き合って泣いている愛たちを見ると、ふっと笑った。
「……ああしてみると、お嬢様も何もないな。桜花院全体がああなれば、どんなにいいか。こっちも対立で胃が痛くなることもないのに」
そうとだけ言って、染井たちは去っていった。その後に続き、妻咲も一礼して去っていく。
後に愛から聞いた話だが、妻咲は桜花院の教師を辞めたそうだ。
ただ、後ろ向きな辞職ではなく、他の学校で教師をするのだという。それが、共学の学校だというのだから驚きだ。
学校の裏サイトも、事件の翌日には完全に閉鎖されていたそうだ。
***************
そうして、それからさらに数日が経ち、愛が事務所から去る日がやって来た。
「あの、今まで本当にお世話になりました!」
荷物のカバンを持ち、愛が深々と頭を下げる。
「いえいえ。こちらとしても、住み込みで働いてもらえて助かりましたよ」
「本当にありがとうございます。その、家とかも……」
彼女の店の弁当屋は爆発していたが、安里はそこの修繕にも絡んでいた。
直す際に設備を最新鋭のものを用意していたのだ。
「なんか使いづらいと思ったら行ってください。相談は乗りますよ」
安里がけらけら笑う横で、蓮は溜息をついていた。
「おや、蓮さん。どうしたんですか、ため息なんてついて」
「……いや、またコンビニ弁当の生活に逆戻りかって思っただけだよ」
「え、何言ってんです?」
きょとんとする安里に、蓮もきょとんとする。ぱっと、愛の方を見た。
「……あの、私。別に辞めないよ? ここ」
「……はあ!?」
「やめると思ってたの?」
「あたり前だろ、こんな得体のしれない連中のいるところ!」
その得体のしれない連中の一人である蓮が叫ぶ。だが、愛は全く動じずににっこりと笑った。
「だって、ここ、お給料いいんだもん。お弁当屋本調子にするにもまだ時間かかるし、私も頑張らないとだからね」
愛はそう言って、力こぶを作った。蓮は呆気に取られている。
「いやあ、よかったですね。彼女のご飯、まだ当分は食べられますよ」
「……お、おう……?」
「……それじゃあ、私そろそろ行きますね」
愛はそう言うと、事務所を去る――――――前に、蓮へと顔を寄せた。
「じゃあ、またね。蓮さん」
目を丸くして愛を見ると、いたずらっぽく笑って、足早に出て行ってしまった。
蓮はしばらく動かなかったが、やがて耳まで真っ赤になって顔を覆う。
「あーーーーーーーーーーーーーーっ、もう、何だよあれえええええ!」
「うわあ、思春期男子が完全に落ちる奴ですよ、今のは」
「やはりたらし……童貞キラー」
それを見ていた安里が、コーヒーを片手に笑っている。
「冗談じゃねえぞ、ふざけんなよ、これからアイツと仕事するんだろ!? 心臓保たねえよ」
「そんなヤワな心臓じゃないでしょうに。というか、蓮さんも帰り支度しなさいよ。あなたも家帰るんでしょ?」
「お、おう。そうだった」
蓮も、事務所に置いていた自分のカバンを手に取る。はみ出ていた一着のジャージが、ふと目についた。
「……あれ、まだちょっと汚れてら」
「ん? ああ、前に言ってた汚れたジャージですか?」
蓮が持っているジャージを見て、安里が眉を上げた。
「おう、洗ってくれって言ったんだけど……1回洗ったくらいじゃ落ちなかったみたいだな」
「ちょっと見てもいいです?」
「あ? いいけど」
蓮がジャージ片手に安里のところへ行くと、安里はそのジャージをつまんだ。そして、黒く汚れた部分をちょっと触ってみる。
「あああー、なるほど。そう言うことですか」
「なんかわかったのか?」
「蓮さん、このジャージ捨てた方がいいですよ。呪いよりヤバいものが付いてますから」
「……は? 何だよ」
「血痕です。邪神の」
安里がこの汚れと「同化」してわかったことは、こうである。
邪神と呼ばれる大悪魔は、確かに一度、地上へと降臨した。
ただし、顔だけ。
「さて、確か邪神が召喚された儀式は、このあたりの真裏で行われたんですよね?地球上の」
「そうだったはずだぞ。エクソシスト連中がそう言ってた」
「では、邪神はどこに召喚されたんでしょう?」
しばらく考えて、蓮はふと思いついた。
「……まさか、俺んちか!?」
「僕が見た限りだと、顔だけ出したところで次の瞬間ばらばらに吹き飛んでいるんですよ。それで、出てきた場所に戻って落ちて行ったみたいですね」
「……つまり?」
「足が汚れてたんですよね? おそらくあなたの部屋に現れたんでしょう。そして、寝ぼけて蹴っ飛ばしたんでしょうね。邪神の頭を。手加減なしで」
「ええー……」
そう言われても、全然実感がなかった。というか、寝ながら蹴るって、我ながらどんな寝相だ。
「まあ、大方敵意でも察知したんでしょう。無意識でもいきなり部屋に現れたものを撃退する、すごいじゃないですか」
まあ、結果として地球は救われているわけである。そのまま放置したら地上は6度は焼き払われていたらしい。
「運がなかったですねえ、その邪神も」
「……だな」
ひとまずジャージは、燃やして捨てることにした。結構お気に入りだったので惜しみつつも、新しいのをすぐに買った。肌寒い日はジャージを着ないとスースーしてしまう。
そして、蓮たちにとってのとんでもない災厄は、四日後に訪れた。
事務所に来た愛が、ニコニコの笑顔で言い放ったのである。
「安里さん、『ゾンビ・イン・センターオブジアース』、うちにありましたよ! 十華ちゃんも誘って、みんなで鑑賞しましょう!」
事務所にいた全員の顔が真っ青になった。
「……邪神より怖いよぉ、クソ映画」
90分寿命を消費したのち、愛を除く全員は屍と化した。
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