1-ⅩⅩⅩⅤ ~安里修一の「同化侵食」~
「が……グあ……」
ネクロイは仰向けに倒れ伏し、蓮はその上に座っている。
「……終わったぞ」
「ご苦労さんです」
蓮はネクロイから降りると、安里とハイタッチした。交代である。
「あ、あの……紅羽さん」
「ん?」
愛は、蓮の姿を見て、少し近付いた。
「ありがとう。助けてくれて……」
「おう。つーか、あのスイッチ、もうちょっと早く使えよ」
「い、いや、色々あって、存在そのものを忘れてて……」
「ダメじゃねーか!」
蓮はそこまで言って、ぼりぼりと頭を掻く。
「……ったく、心配かけんじゃねえよ」
「あっ……。ご、ごめんなさい……」
愛は俯いて答えた。蓮の顔色を、なんだか見ることができなかったのだ。
当の蓮も、愛から目を逸らしている。
「……いちゃつくのもいいけれど」
「わあ!?」
突然、朱部が割って入ってきた。
「後片付けがあるから、あなた方は帰りなさい。あとはこっちでやっておくから」
「……俺も帰っていいのか?」
「このデカブツ、あなたくらいしか運べないでしょう」
朱部は、倒れているラブを指さした。蓮はそれを見て納得する。
「……わかったよ、連れ帰りゃいいんだろ」
「頼んだわよ」
蓮はラブを担ぐと、とぼとぼと歩き出した。それを追うように、愛も後を追う。
「ち、ちょっと待って!」
異を唱えたのはアイニだ。彼女も無事ではないので、妻咲に肩を借りている。
「後片付けって……。あなた、その悪魔をどうする気?」
「どうって……処理ですけど」
安里が普通に答えた。
「だから、それをどうやって……!」
ここまで言ったところで、本部からの命令がアイニの脳裏によぎった。
必要以上の干渉は、してはいけない―――――。
しばらく逡巡していたが、やがて観念したように首を振った。
「……いいえ、何でもないわ。お任せします」
「それはどうも」
アイニも、妻咲に連れられて、教会跡から立ち去った。
そうしてこの場に残ったのは、安里と朱部、そしてネクロイの3人だけである。
「さて。先生の車があるので、そんなに遅くはならないでしょう」
「そうね」
「では、こっちも、終わりにしましょうか」
「……して、やられたな。人間風情に」
ネクロイが、掠れながらも声を出す。
「まさか、あんなに強い人間がいるとは、想像もしていなかった」
「そりゃあ、普通は思いませんよねえ。僕もびっくり」
「それに、この肉体もだ。こんな、力の漲る肉体は、生まれて初めてだった」
「あなた用に、特注で用意したんですよ。気に入ってもらえました?」
「……どうやって、こんなものを用意した?」
ネクロイは、虚ろな目で安里を見据えた。安里はぺたぺたとネクロイを触りながら、逆に問いかける。
「……あなたは、自分を客観的に見ることはできますか?」
「何?」
「僕はそれが得意です。自分を他人として、単純に情報の寄せ集めたものとして、見ることができるんです。というか、そうとしか見れません」
笑みを張りつけながら、安里は続けた。
「僕、どうもそう言う部分が欠如してるみたいなんですよね。自分のことを主観で見れなくって。そういう振りは、しているんですけど」
「……何の話だ」
「妻咲先生のお宅で、あなたと「同化」しました」
安里の言葉に、ネクロイは押し黙る。
「あなたになり、あなたの情報を客観的に分析して、こうすれば適応性が高くなる、というのを計算しました。そして、その通りのものを、今まで「同化」したものから再現しました。ただ、それだけなんですよ」
「……お前、人間じゃないのか?」
「何だと思いますか?」
安里は、そう言いながら、ネクロイの身体に手を押し付けた。
「ああ、あと。僕、「同化」って能力を持ってるって、人には言うんです。でも、実は、これ正式名称じゃないんですよ」
ネクロイの身体に、違和感が生じた。
安里が触れている部分の、感覚が消えている。触れられたのは腕だ。腕の感覚が、徐々に感じられなくなっている。抵抗しようにも、身体が動かない。そして、肉体から逃げることもできない。
「僕の能力、簡単に言うと、「自分が他人になり、他人を自分にする」ってことなんです。自分が他人になるってのは、「同化」のことです。では……他人を自分にするっていうのは、なんて言うと思います?」
「……やめろ」
ネクロイは、強い恐怖に襲われた。じっくり、じわじわと、自分の存在がかき消えていく。
「僕はね、これを……」
「やめろ! やめろ! やめろ! やめてくれ!」
気付けばもう、首から下の感覚がない。
「「侵食」って。そう呼んでるんです」
「やめ―――――」
口から下の感覚がなくなり、とうとう何も見えなくなったところで、ネクロイの意識は途絶えた。
彼の巨体は黒い塊となり、それは安里の身体に収束していく。やがて、跡形もなく彼の肉体は消え去った。
ネクロイという悪魔の「存在」は、完全に消滅したのである。
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