1-ⅩⅩⅩⅣ ~肉体さえあれば負ける気がしない~

 あまりのことに、一瞬理解が追い付かなかったネクロイだったが、一瞬で僥倖であることに気が付いた。

 邪魔な結界が壊れたのだ。これで、幽体でも脱出できる。


「な、何かよくわからねえが、残念だったなぁ! はははははは、あばよぉ!」


 そう言い、結界の外へと飛び立った。


「ああ、結界ですか。いいですよもう。もっといいもの用意しましたから」

「……え?」


 飛び立とうとした、ネクロイの身体は。

 朱部の用意した棺桶の近くで、ぴたりと動きが止まった。


「……あ?」

「あれ? 止まった……?」


 ネクロイの動揺は、それだけではない。

 自分の身体が、棺桶に向かいどんどんと引っ張られていく。どんなに離れようとしても、その力よりもさらに強い力で引き寄せられていた。


「え、ちょっ、待っ……!」


 とうとうこらえ切れずに、ネクロイの幽体は棺桶の中へと吸い込まれていった。


「……え?」

「何が起こってるの?」

「……おい、あの中って何入ってんだよ」

「そりゃ、棺桶に入ってるものって言ったら一つしかないでしょう」


 しばらくして、棺桶の中で何かが激しく動く。朱部が離れたと同時に、棺桶の蓋が勢いよく弾け飛んだ。


「ぶるぁぁああぁぁぁぁぁああああああああああ!!」


 そこから飛び出してきたのは、はち切れんばかりの肉体を持った大男だった。その筋肉はどんどん肥大し、最初は蓮たちと同じくらいの身長だったのが、2倍ほどに膨れ上がっている。


「……てめえ、何しやがった、俺さまに!?」


 その声の主はネクロイである。ネクロイは安里を睨みつけた。


「何って、そうですねぇ、プレゼントですよ」

「はぁ!?」


 アイニが驚きの声を上げた。


 ネクロイは、身体の調子を確かめると、ためしに壁を叩く。教会の壁は、木っ端みじんに吹き飛んだ。


「……何だこりゃ、力が……」


 彼の全身が、激しく隆起する。


みなぎってくるぞおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 ネクロイはけたたましい咆哮を上げる。その勢いに、倒れそうになる愛たちを、蓮が支えた。


「喜んでいただけて何よりですー」


「……ふん。いいだろう。てめぇ、何が望みだ? なんでも叶えてやるよ」

「別にいいです。僕、物欲ないので」


 ネクロイの問いかけに、安里はあっけらかんと答える。


「そうか。……なら、俺さまもプレゼントしてやろう」


 ネクロイはニヤリと笑って、安里たちに迫る。


「……苦痛と死の恐怖をなぁぁぁあぁあぁ!!」


 両手を振りかぶり、力任せに振り下ろす。

 その一撃で、廃教会そのものが吹き飛んだ。

 爆発のような衝撃とともに、瓦礫が飛び散る。

 ニヤリと笑うネクロイだったが、そこに肉片はなかった。


「……何?」


 ぱっと周りを見回すと、蓮が全員を抱えて距離を取っていた。妻咲先生とも合流して、全員一ヵ所にまとまっている。


「……てめぇ!」


 ネクロイは蓮に向きなおった。


「……蓮さん。出番ですよ」

「あいよ」


 蓮も、前に出る。


「さっきは人間の肉体だったから駄目だったんだろうが、この肉体なら負けねぇぜ?」


 ネクロイの身体がどんどん変異する。爪が伸び、牙が生え、尻尾が生え、翼が生え。巨大な角が頭に生えたところで、変化はやっと止まった。


「どんどん力が溢れてきやがる。これでてめぇもおしまいだ!」

「……わかったから、とっととかかって来いよ。さっきまで説教食らってて眠いんだこっちは」


 蓮は欠伸しながら手招きした。そのしぐさに、ネクロイの額の血管が切れる。


「後悔するなよてめえぇぇえあーーーーーーーーーっ!!」


 音速を超えるスピードと巨体で、ネクロイは蓮との間合いを詰める。そしてそのまま、巨大な爪を振り下ろした。

 蓮は驚いたりもせず、ただ冷静にそれを躱す。その瞬間に、蓮の全身を潰すほどの足払いが飛んできた。それを、蓮は跳んで躱す。

 その瞬間、ネクロイの口から黒い閃光がほとばしった。蓮は、手をクロスさせて防ぐ。


「び、ビーム!?」

「そんなものまで出せるんですね」

「あ、安里さんが持ってきたんでしょ!? そもそも、アレって何なんですか!?」


 愛が、再び安里の胸倉を掴んで振り回した。


「いやいや、そんな機能、付けてないですよ。そもそも、僕が用意したのはただの肉人形ですし」

「肉人形? なんでそんな物……」


「……まさか、適応性?」


 アイニが呟いた。


「妻咲先生にくっついた時、彼の特徴は分かりましたからね。それで、あの肉人形を用意したわけです」


「だとしても……あの肉体、逆に適応性が高いんじゃないの!?」


 悪魔との親和性が高いと、悪魔は本来以上の能力を持つ。そうなってしまっては、誰にも止められない。


「ええ。そうですよ」


 だが、安里はあっけらかんと答えた。アイニは溜め息をつく。


「馬鹿なことを……! 強力な武器を、わざわざ敵に渡してどうするのよ!?」

「大丈夫ですよ。ちゃんと考えあってのことです。……それに」


 安里はけらけら笑って、ふっと真顔になった。


「うちの蓮さん、なめてもらっちゃ困るんですよね」


 ネクロイがビームを出し終えた場所には、多少服がボロボロになっているだけの紅羽蓮の姿があった。


「なっ……!?」


 今のビームは、間違いなく人間程度なら跡形もなく消し飛ぶ威力だったはずだ。なのに、この男には、全く効いていない。

 動揺したネクロイは、咄嗟に叩き落そうと拳を向ける。

 それは悪手だ。

 蓮は拳を掴むと、そのまま力を込める。

 ネクロイの身体は制御を失い、振り回され、大きく宙に浮いた。

 そして、思い切り地面へと叩きつけられる。


「がはあぁぁぁあぁああっ!」


 口から血を吐くネクロイの視界に、一直線に落ちてくる蓮の姿が映る。


(く、クソ、このバケモノが!)

 

 ネクロイは先ほどのラブの肉体の時のように、幽体離脱して脱出しようとした。


 だが、できない。


(……な、何っ!?)


 どうして。考える間もなく、蓮の足が顔面にめり込む。


「ぐえあっ!」


 ネクロイは悲鳴を上げ、蓮はジャンプして距離を取る。

 よろよろと立ち上がりながら、ネクロイは動揺を隠せなかった。


(な、なぜだ……!? この身体から、出られない!)


「……適応性が高いっていうのも、考えものですよね」


 安里が、ネクロイが殴り飛ばされる様子を見ながら言う。


「あんまりにも高すぎると、肉体に幽体が引っ張られて、離れられなくなるんですよ」

「じゃあ、あの肉体を用意したのは……」

「何も、結界だけが縛る手段ではないってことですよ」


 アイニの問いに、安里が答える。しかし、アイニはどうにも釈然としない。


「……でも、無茶苦茶よ。確かに悪魔を閉じ込めることはできるかもしれないけど、その代わりに超パワーアップさせることになるのに……。とてもじゃないけど、思いついてもやらないわよ」

「ま、普通はそうですよね。でも、実体がなくて殴れないよりはましだと思いまして」

「……それは、彼が?」


 目の前で、ネクロイと互角以上に闘っている蓮のさまを見やる。アイニは、彼と安里を見比べた。


「……よっぽど、信頼しているのね、彼の力を」


 アイニの言葉に、安里は照れくさそうに鼻を触る。


 そう言っている間に、戦いの決着は着いた。

 結果は、蓮の圧倒的、いや、一方的と言っていい勝利だった。

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