1-ⅩⅩⅩⅢ ~紅羽蓮VSネクロイ~

 愛が押したスイッチは、緊急呼び出し用に安里が用意したスイッチである。

 スイッチを押すと、別の場所にあるアラームが鳴る。そして、そのアラームとスイッチは、繋がっているのである。スイッチを持つ者が、一方的にアラームを持つ者を呼び出すことができるのだ。

 そうして、紅羽蓮は2分の短縮に成功した。

 ついでに、ネクロイ(が憑りついているラブ)の拳を粉砕して。


「ぐ……っああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 憑依した場合、肉体へのダメージはネクロイにも反映される。

 右手が砕ける痛みに、ネクロイは絶叫した。

 一方、事情がイマイチ分からない蓮は、目の前の状況に唖然とする。

 後ろには、傷ついた愛と重症っぽいエクソシストの女。

 目の前には、右手を抑えて苦しむエクソシストの男。

 教会の奥には、同じように唖然としている愛の担任の女教師。


 しばらく周りを見回し、蓮はとある結論に至った。


「……あのオッサンが犯人?」

「ち、ちがっ! いや、今は違わないけど……!」


 突っ込んだところで、倒れそうになる愛を、蓮が慌てて抱える。


「お、おい! 大丈夫かよ!」

「私は、大丈夫。でも、この人が……」

「お、おう」


 蓮は愛とアイニを、それぞれ教会の椅子に座らせてやる。

 そして、ラブに向き直り、睨んだ。

 右手を抑えて、ネクロイが蓮を睨み返す。


「て、てめえ……!」

「なんでこんなことになってんだか、よくわかってないんだけどよ……」

 

 蓮は、頬を腫らした愛をチラ見した。


「あいつ殴ったの、お前だな?」

「……それがどうした、ガキが!」


「随分とキャラが違うが、それが本性か?」

「ち、違うよ紅羽さん。彼、今、悪魔に憑りつかれているの……」

「え、そうなのか?」


 蓮は改めて、ラブの姿を見た。姿は間違いなくラブだ。正直、違いがさっぱり分からなかった。


「……まあ、いい。いきなり出てきたもんだから面食らったが、ただの人間に俺さまが負ける道理はねえからなぁ!」


 ネクロイが左肩を回しながら、蓮との間合いを詰めていく。


「てめぇをサクッとぶっ潰して、女どもも殺して、この教会から俺はおさらばよぉ!」


 発生とともに、ネクロイは蓮へ突進した。そして、強烈な回し蹴りを見舞う。並の人間なら、ガードした腕ごと身体がへし折れるほどの一撃だ。

 だが、それはあくまで普通の人間相手の話である。

 蓮は、それをこともなげにガードする。しかも同時に、脛を肘で破壊していた。

 右足の脛に亀裂が入ったかと思えば、さらに砕ける音がした。

 激痛に声を上げようとするネクロイに対し、蓮は既に右の拳を振り上げている。


「き、教会を壊しちゃダメぇっ!」


 咄嗟に叫んだ愛の言葉に、蓮の拳は軌道を修正した。まっすぐ後方にぶっ飛ばすパンチから、下に叩きつけるパンチに。

 パンチはネクロイの顔面を捉え、ネクロイは床に思い切り叩きつけられる。

 そしてネクロイは、2度、3度、地面を跳ねて、倒れた。

 当の蓮は、拳を開いて、軽く振っている。


(ば、バカな……!)


 床に倒れ伏しているネクロイは、戦慄を覚えずにはいられない。ラブの身体で、全身から脂汗がにじみ出ている。


(……なんだ、このパワーは!? とても人間のものとは思えねぇ……!)


「……びっくりしたわ。なんでだよ? ここ廃墟だろ?」

「この教会に結界を張ってるの! アイニさんが気絶したら、結界が消えて逃げられちゃう……!」

「なに?」


 蓮は再びネクロイを睨む。当のネクロイは全く、微動だにしない。


「……もうくたばったんじゃねえの?」

「……悪魔は、実体のない存在よ。私たちエクソシストが祓って消滅させるしか、明確な死はないわ……」


 少し休んで回復したらしい、アイニが口を開いた。この様子なら、気絶することもなさそうだ。


 意識をネクロイに戻すと、ゆっくりながら立ち上がった。


「……お、お前、何者だよ……!」


 そして、蓮を強く睨みつける。


「何者って言われても……ただの人間だよ」

「嘘つけ! そんな強さ、人間じゃあり得ねぇんだよ!」

「……あり得ないとか、人間でもねえ奴に決めつけられたくねぇよ」

「抜かせぇ!」


 ネクロイは、ラブの身体で振り絞れる全力で蓮めがけて跳びかかる。


 蓮は軽く構えて、迎撃の体勢に入る。


 ネクロイの突進に蓮がカウンターのパンチを入れた時、蓮は違和感を感じた。


(……なんだこれ、力まるで入ってねえじゃねえか)


「紅羽さん、危ない!」


 状況を理解できていたのは、実体が見える愛とアイニだけである。

 ネクロイは突進の瞬間、ラブの身体から抜け出した。


 そして、今度は蓮に憑依しようとしたのだ。


 蓮の身体を乗っ取れば、この力なら敵などいない。ここから抜け出すことはおろか、このまま世界を滅ぼすことだってできるだろう。


 幸い、奴は自分の本体は見えない。それなら、肉体を囮にすれば憑依できるはずだ。


 そう思い、ラブを囮にしてネクロイは蓮に近づいた。カウンターの拳を受けたラブの身体は、後方へと吹っ飛んでいく。


 あまりにも力ない突進に驚く蓮に、ネクロイの幽体が入っていった。


 だが。


「ぎゃああががふぁああsががsふぁががgfsふぁsふぁsふぁっ!?」


 おぞましい絶叫とともに、ネクロイは蓮の身体から弾き飛ばされた。


「……えっ?」


 見えている愛たちは、思わず声を上げた。


「……どうした?」

「い、今、ネクロイが紅羽さんに憑りつきそうになったんだけど……。できなかったみたい」

「できなかった?」

「……適応性が悪いんだわ」


 蓮が首を傾げ、アイニが呟いた。


 悪魔の憑依には、憑りつき先との適応性が重要になる。それが高ければ高いほど、憑りつきやすいのは言うまでもない。


 だが逆に、極端に低い、それこそ0%を通り越してマイナスであったなら。


 もはや、憑依すらできず、弾き飛ばされてしまうのだろう。


「……な、何だとぉ……!?」


 驚きの声を上げているのは、他でもないネクロイである。


(くそったれ、アイツに憑依できれば全部解決だってのに……!)


 この状況では、かなり不利であった。まず、実体のない自分では、あのバケモノは倒せない。

 ましてや、憑依しようにも、アイツは親和性が最悪で憑りつけない。

 ほかの人間に憑依しても、蓮を倒すことができないから結局同じだ。

 逃げようにも、あのエクソシストの女が結界を張っていて逃げられなくなっている。


 ……あとは、ダメもとだが。


 ネクロイは幽体のまま、アイニへと跳びかかった。


(こいつに憑りつければ、結界は解ける!)


「紅羽さん、アイニさんの前に!」

「あ?」


 愛に言われて、蓮がアイニの前に立つと、ちょうど目の前に跳びかかったネクロイが蓮の身体にぶつかる。


「ぎゃああああああああああふぁslkfじゃsklfjぁsfkぁj!」


 ネクロイは再びぶっ飛び、床に倒れ伏す。


「紅羽さん、アイニさんを守って! 私が指示するから!」

「お、おう」


 これで、エクソシストに憑依する、という手もなくなった。ともかく、憑依すら邪魔されてしまっては、こっちとしても打つ手なしである。


 だが、こちらもやられることはない。それは間違いない。

 

(あの男は俺さまの姿が見えないようだし、奴以外は相手にもならねぇ。つまり、幽体であれば向こうもこっちを攻撃できないわけだ)


 なれば、持久戦である。それなら、腹の減らないネクロイが幾分も有利だ。ネクロイは床の隅に座り、どっしりと構えた。


「す、座った……?」

「……こっちの消耗を狙っての事でしょうね。私たちも、ここから出られないから……」

「何か連絡手段はないんですか?」

「ダメ。連絡用の通信機、さっきの攻撃で壊れてる。ラブのも……たぶんダメね」


 アイニは溜め息をついた。せっかく悪魔を追い詰めたのに。このままでは、こちらが力尽きて逃げられてしまう。


「……消耗を狙うって言ってるけどよ」


 特に殴るものもなくなった蓮は、教会の椅子に座って言う。


「多分そんな長引かねえよ。これ」

「それ、どういう―――――」


 アイニが口を挟もうとした瞬間。

 教会の扉をぶち破り、黒塗りの高級車が突っ込んできた。

 あまりのことに、蓮以外の一同は目を見開く。一方の蓮は、こうなることがわかりきっていたようだった。


「やっと来やがった。遅えよ」


 車のドアを開けて、出てきたのはもちろん安里修一である。そして、朱部も出てきたが、妙なものを持って出てきた。


 黒く、巨大な棺桶である。


「……け、結界が……!」


 アイニが、ポツリと呟いた。


「あ、蓮さん。お疲れ様です」

「お前、5分とか言って、結構経ってるじゃねえかよ」

「いやあ、すみません。道が混んでまして」


 安里はにこやかな顔で、蓮にぺこぺこと頭を下げる。そして、ちらりとネクロイの方を見た。


「……ああ、あれが悪魔ネクロイですか」

「あ、あ、あ、あ、安里さん……!」


 愛が、涙を浮かべて安里に近づき、胸倉をつかむ。


「なにしてるんですかぁぁぁああ!」


 そしてぶんぶんと、首を振り回し始めた。


「うわわわわわわわわわわ、ちょっとどうしたんですか」

「結界が、結界があああああぁぁ!」

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