1-ⅩⅩⅩⅠ ~さらわれた立花愛(ヒロイン)~
「だから、悪かったって言ってるっしょ」
「反省の色が全く見えんぞ! 本当に反省しているのか!?」
蓮は、警察及び警備員に囲まれながら、手足を縛られ椅子に座らされていた。あちこち走り回った挙句、グラウンドのど真ん中で自分から捕まったのだ。
「……というかそもそも、壁を蹴り壊すって、どういうことだ!? 何をどうしたらそうなる!?」
蓮を取り押さえた警察も、どうしたら良いか扱いに困っていた。
「……わざわざ学校に来たのも、暴れるためか?」
染井が蓮に詰め寄る。散々ひっかきまわされた上に学校で暴れまわったとあれば、怒り心頭も当然であった。
「貴様、こんなことしてどうなるかわかっているのか……!」
「……いや、壁まで壊す気はなかったんだって。ホントに」
「そう言う問題じゃない! 全く、これだから綴編は……」
染井がそのように怒り散らしていると、着信音が鳴った。蓮のスマホである。
「……なんだ、電話か?」
「俺のだ。ちょっと、出させてくれ」
「ふざけるな! そんなの後にしろ!」
「頼む!」
染井が怒鳴るのに対し、蓮も怒鳴り返した。そもそもこのために蓮は暴れたのだ。これに出なければ本当に無意味になる。
「……少しだけだぞ」
染井が促し、警備員がスピーカーをオンにする。着信は安里からだ。
『蓮さん、もしもし?』
「おう。どうだった」
『犯人と接触できました。ただ、ちょっと言いにくいんですけど』
「……なんだよ」
『愛さんが、さらわれました』
その場にいた全員が、言葉を失う。
「……なんだって?」
『こっちは今すぐ向かいます。場所は分かってるので』
蓮の周りの空気が震え始めた。警備員たちが、咄嗟に蓮を見る。
「……お前、何してやがったんだぁぁぁぁ!」
蓮の怒声に、周囲の人々が吹っ飛ばされた。彼を閉じ込めていた部屋の壁にはひびが入り、窓ガラスは割れる。
ビリビリと震える部屋の中で、蓮以外の者はみな、意識が朦朧とする。
「……場所、教えろ。分かってんだろ」
『移動中です。適宜教えますから、スマホそのままにしておいてください』
蓮は、腕と足に力を込める。彼を縛っていたロープが、あっさりとちぎれた。そして、落ちている自分のスマホを拾う。
「……ま、待て」
よろめきながら、染井が起き上がった。
「どこに、行く」
「……決まってんだろ」
蓮は倒れている警備員たちをよけながら、扉を開けた。
「あいつを護衛して、犯人をぶっ飛ばすのが、俺の探偵としての仕事なんだよ」
そう言い、部屋から出た瞬間、蓮はトップスピードで駆けだした。
***************
妻咲が愛を連れてきたのは、古くなって使われなくなった教会だった。
「教会か……神どもを象っていて胸糞悪いが、まあいいだろう」
ネクロイが不服そうな声をPCから上げる。彼は、椅子の一つに置かれていた。
妻咲は愛を、教会の奥に設置された、神父のスピーチ用の壇に寝かせる。
そして、持ってきた包丁を、彼女の上に掲げた。
ネクロイは不快な笑みを、画面上で浮かべる。
「さあ、殺せ! 俺たちの秘密を知る者を! そうすればお前の罪は誰にも気づかれることはない!」
ネクロイは叫び、高笑いした。
だが、妻咲は一向に包丁を振り下ろさない。
「……? どうした?」
じろりと妻咲を見るネクロイを、彼女は睨み返した。
「……嫌よ」
「……あ?」
「……自分の教え子を殺すなんて、嫌に決まってるでしょ!?」
妻咲は包丁を投げ捨てると、愛の顔に平手を打った。
ぱあん、という音とともに、愛はパッと目を開ける。
「痛っ!? え、アレ!?」
「立花さん、大丈夫!?」
愛の目の前には、心配そうに自分を見つめる妻咲の姿が。
「せ、先生……!」
「立花さん……本当にごめんなさい、私……」
愛はよろめきながらも、何とか立ち上がった。
「て、てめえらぁ……!」
PCから、禍々しい気配があふれる。二人が見ると、ネクロイが怒りに満ちた形相でこちらを見ていた。
「好き勝手、しやがってぇ……!」
「……好き勝手したのはそっちでしょ!?」
愛がネクロイに鋭く言い返した。それがさらに、怒りの火に油を注いだらしい。
「ただで済むと思うなクソアマどもがぁ!」
そして、そう叫ぶと同時に。
ネクロイは、PCから飛び出した。
それを唯一見ることができた愛は叫ぶ。
「あ、あれだけ言っといて逃げるの!? 卑怯者!」
「うるせえ!」
口答えするも、現状、彼には逃げるしか手段は残っていなかった。だが、それでも別に構うことはない。
あんな小娘に自分をどうこうできるはずもないし、魂、つまりは実体のないである自分を直接攻撃などする手段もあるはずがない。
まずはこの教会を抜け出て、また新しい獲物に憑りつくとしよう。適応性さえ高ければどうにでもなるはずだ。
そう思い、教会の壁を抜けようとした瞬間。
ネクロイの身体が、壁に激突して弾かれた。
「ぐわあっ!?」
ネクロイは思わず、床に落ちた。
「な、何だこりゃ!?」
驚き、動揺し、壁を触る。触れた手に衝撃が走り、弾き飛ばされる。これは、壁の強度の問題などではない。明らかに、ネクロイのような魂の存在を縛るためのものだ。
「……結界……!?」
「動くな、悪魔め!」
教会のドアが開き、ロザリオを構えた二人組が飛び込んでくる。
「な、てめえら……」
「エクソシストよ!」
「この教会に結界を張った! もう逃げられんぞ!」
互いの動きが止まり、膠着する。
じりじりと構えるネクロイは、前後を見やった。
「……結界を張っただと? まるで俺がここに来るのがわかってたようじゃねえか……」
「ああ、わかっていたさ」
ロザリオを掲げるエクソシスト――――ラブは、ポケットから機械を取り出した。
「GPSだ。そこのお嬢さんに付いているものを、追跡させてもらった」
「何!?」
振り向くと、愛が背中に手を回す。
取り出したのは、黒く小さい機械だった。ポケットではなく、背中に仕込んでいたのだ。
「……て、てめえ……!」
「なんの警戒もしてないと思ったの……?」
「観念して、祓われろ!」
二人がロザリオを構えると、ネクロイの身体に激痛が走る。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
膝をついたネクロイに、ラブ達は慎重に近づいた。
「あ、あの、アイニさん……!」
「悪いけどこの結界、私たちが維持している間は出られないから、離れていなさい!」
声をかけようとした愛を、アイニが制した。
悪魔が目の前にいるのだ。一般人に気を割く余裕はない。
彼らが相手取ってきたのは、せいぜい下級悪魔。それでも人間よりははるかに格上であるし、悪魔相手に微塵の油断もできない。
そしてネクロイは、そんな下級悪魔よりもはるかに上位の存在だ。
少しずつ距離を詰め、一気に祓おうとロザリオを構える。神の力が宿る特注品のこれは、悪魔相手には効果てきめんの代物だ。
だが、ネクロイはその瞬間を狙っていた。とどめを刺そうと近づく、その瞬間を。
ラブが近付いた瞬間、ネクロイは彼にこぶしを見舞った。
「なっ……何!?」
警戒は十分にしていた。だが、それよりもネクロイの動きは機敏だったのだ。
拳はラブの顎を捉え、意識を刈り取る。
倒れそうになるラブの身体に、黒い魂が入り込んだ。
「ら、ラブ!」
アイニが咄嗟に駆けだすが、ラブの拳が彼女の腹に突き刺さった。
「がはっ……!」
アイニの身体が宙に浮き、教会の壁に激突した。そのままうずくまるが、気絶はしていない。
「……なんだ、お前が気絶すれば結界は解けたっていうのに」
「ぐ……くそっ!」
「な、何が起こったの!?」
状況が全く分からない妻咲を、愛は手で制した。
「あ、あの大柄な男の人に、悪魔が憑りつきました……!」
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