1-ⅩⅩⅧ ~裏サイトから見えるモノ~

「……あんた今、見てたろ。桜花院女子校裏サイト」


 スマホをかっさらった蓮は、彼女を見やる。その女は、怯えというか、ただ、どうしたらよいのかわからない、といった様子でこちらを見ている。


「……スマホ、開いてくれ。そんで、裏サイト見せてくれないか」

「ど……どうして?」

「……裏サイトを、ぶっ潰す」


 女の目が見開いた。そして、蓮の手からスマホを奪い取る。


「い、嫌よ! そんなこと、させないわ!」

「……なんでだよ」

「あ、あ、あなた、綴編の男でしょ。いかにもチャラチャラしてて、卑しい男! あんたなんかに、私の居場所を奪われるのは嫌なのよ!」

「は? 何言って……」


 蓮が近づこうとすると、女は後ずさる。

 蓮は舌打ちした。力づくで連れ去り、無理やり開かせるのは簡単だろうが、そんな手は使いたくはない。


「……紅羽さん、待って」


 警戒される蓮に代わり、愛が女と向き合う。


「……D組の、巴田ともえださん、だよね?」


 女の目が見開く。


「……なんで、私の名前……」

「私、同じ学年の人の名前、大体覚えてるんだ。特進科も、普通科も」


 愛が一歩、巴田に近づく。


「……来ないで」

「私、知ってるよ。裏サイトに、私のことが書かれてるってこと」


 彼女の目が見開く。


「……ち、違うわ。私じゃない……!」

「うん。分かってる」

「私は、あなたの悪口は書いていないわ!」

「わかってる。大丈夫だから。私、それには怒ってないよ」


 愛は、気づけば巴田のすぐそばに近づいている。


「でも、今、裏サイトのせいで傷つきそうになっている人がいるの。私は、それを止めたい。私がそうだったから。他の人に、そんな目に遭ってほしくないの」


 愛のまなざしに、巴田の膝から力が抜ける。


「……だから、そのサイトを止めないといけない。そのためには、あなたの力が必要なんだ」


「……私の、力……? でも、私にできることなんか……」

「できるよ。協力してほしい。私達に」


 巴田は、愛の顔を見上げた。辛い目に遭っているはずなのに、笑顔である。


 自分の、醜い笑顔とは違い、きれいな笑顔だ。


「……私なんかの力で、いいの……? 本当に……?」

「むしろ、巴田さんの力じゃないとダメなんだよ」


 愛は、彼女に手を差し出した。その手を取る時、巴田の目から涙があふれる。


『……たらし、ですね』

「お前ちょっと黙ってろ」


 ポケット越しに聞こえた安里の声が聞こえないように、蓮はポケットの口をふさいだ。


***************


「こ、これ……」


 巴田がスマホを開くと、そこに出てきたのは、『桜花院女子高等学校裏サイト』とおどろおどろしく書かれた文字であった。校章を黒く塗りつぶして、白抜きにしたデザインなど、なかなかに凝っている。

 それぞれ、「普通科女子を貶めるスレ」「特進科女子を貶めるスレ」に分かれており、そこから特定個人を攻撃できるようになっていた。


「……なるほどな」

「……うっ」


 愛が、急に口を押さえてうつむいた。そして、少し離れたところでたまらずに吐いてしまう。


「た、立花さん、大丈夫……?」

「う、うん。ありがとう……」

「……そんなにヤバいのか、コレ」


 蓮は全く感じ取れなかったが、愛が嘔吐したのはこの画面から放たれる呪いをもろに浴びたからだ。それこそ、気分が悪くなるほどに。


「……さっさと済ませよう」


 蓮はそう言って、ポケットからあるものを取り出した。


「……USB?」


 巴田が首を傾げたそれは、黒いUSBだった。彼女のスマホはライトニングケーブルだったので、それに合わせたアダプターにUSBに刺して、そのアダプターを取り付ける。


「時間で言うと、3分くらいか」

「……紅羽さん、警察!」

「隠れろ!」


 蓮は愛と巴田を抱えると、庭園奥の雑木に身を隠した。


 通報を受け駆けつけた警察と警備員たちが、ベンチ周辺を探る。


「いないぞ」

「どこに行ったんだ、確かにこっちに来たはずなんだが」

「もう敷地の外に出たのか?」

「そう遠くへは入っていないはずだ!」


(……あなたたち、何やったの?)

(ち、ちょっとね? 無茶を……)

(しっかし、アイツら早くどっか行けよ……)


 そして、蓮はスマホを見やった。どうやら、USBの方は作業が終わったらしい。


(……よし、ありがとな。助かった)


 蓮は、巴田にスマホを、そして、愛にUSBを渡した。


(……え、紅羽さん?)

(俺が引きつけるから、お前らは逃げろ)


 そして蓮が出ようとするとき、ふと愛の方を見た。


(あ、そうだ。お前、アレ持ってるか?)

(え、アレ?)


 愛は一瞬ぽかんとしたが、やがて頷いた。


(うん、持ってる)

(よし。……じゃあな)


 蓮はそう言い、雑木から飛び出した。


「あ、いたぞ!」

「綴編の生徒だな!」


 蓮は膝を曲げると、じっと警察を見やった。


「……鬼ごっこだ、ついてこいコノヤロー」


 呟き、駆けだす。追いつかれはしないものの、決して見失わない程度のスピードで。


「ま、待て!」

「逃がすな!」


 警察たちは蓮につられて、一斉に駆けだす。


 しばらくして、愛と巴田は誰もいなくなったのを確認し、雑木から出た。


「……行ったみたいだね」

「……か、彼、大丈夫かな?」


 不安そうな巴田に、愛はにっこりとほほ笑んだ。


「大丈夫だよ。あの人、すっごい人だから!」


 愛の言葉に、巴田は笑い、そして、庭園から去っていった。


「……さて、と」

『何とか、裏サイトと接触できましたね』

「安里さん、どうですか?」

『ばっちりです』


 愛が、声だけの安里と会話する。そして、手に握ったUSBを放ると、それはみるみる形を変えて、一人の人間となった。


「いやあ、ずっと圧縮してたので、身体が痛いですよ」

 

 わざとらしく肩を回して、安里は笑った。


 USBに成りすましていたのだ。そして、アダプターで繋がったふりをして、彼女のスマホと「同化」していたのである。


 それは、スマホから裏サイトの管理PCを探るため。


「裏サイトを見ることで呪いが広まるなら、それを統合している管理PCに本体がいる可能性が高いですからね」


 スマホからインターネットに侵入し、裏サイトに接触。末端のサイトから、本体の居場所を探すというのは、安里修一だからこそできた芸当である。


「そ、それで、どこに在るんですか? 管理PCのある場所!」

「それですけど、ちょっと愛さんにはショッキングかもしれませんよ?」


「……え?」


 安里の言葉に、愛は首を傾げた。

 なんだか、嫌な予感がしたのだ。

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