1-ⅩⅩⅥ ~お嬢様学校の闇~

 桜花院女子高等学校裏サイト。

 普段は人に言えないような、どす黒い感情の渦巻く秘密の場所。

 お嬢様と呼ばれる女たちが、醜い陰口を吐き出すために集まる場所。


「彼女」は、そんな裏サイトが大好きだった。普通科である自分と、お嬢さまが、根っこは同じ人間であると思えるから。


 特進科の女たちからいじめを受けて、それを匿名の掲示板で発散していたある日、同じクラスの女子から、このサイトの存在を知らされた。


「あいつらだって、華やかぶってるけどお嬢様同士で悪口言い合ってるのよ。それ、見てて面白いから、よかったら見てみたら?」


 そして見始めた裏サイトだったが、見てみるととっても面白かった。だって、自分をいじめていたお嬢様が、ぼろくそに叩かれていたから。

 気付けば自分も、受けた被害とともに、「死ね」などと平気で書き込むようになった。書き込みすぎたせいで、スマホで「し」と打つと「死ね」が候補で出てくるほどだ。


 そんなある時、「普通科女子最低ランキングを決めるスレ」上位にランクインしていた、立花愛が襲われる、という事件が起こった。

 彼女は1年の時から、周囲にひどい映画を勧めまくるという悪行を重ねていた。おかげでお嬢様どもに目を付けられて、裏サイトで名前を見る常連だった。


 そして今日もいつも通り裏サイトを見ていたら、急激に名前が増えた子がいる。特進科の1年生、篠田美緒。

 彼女は綴編の男子に喧嘩を売り、返り討ちに遭ったそうだ。それで、「役立たず」「ゴミ」などという書き込みに晒されている。


 無知とは、幸福だ。こんな風に書かれていること、本人は知らないのだろう。いや、もしくは知っているのかもしれない。このサイトに登録しているのなら。


 そうして、そんな風に人が貶められる書き込みを見て、私はささやかな優越感に浸るのだ。自分は彼女たちよりはマシである、世界のどん底にはいない、と。


 そして、気づけば話したこともない人相手に、平気で「死ね」と言うことができる。


 そんな人間に、自分はなってしまった。

 でも、もうそれなしでは生きていけない。自分が最低であることを理解したら、壊れてしまいそうだから……。


 いつの間にか、裏サイトを見ている時には自然と笑顔が顔に張り付くようになってしまった。これはどうしてなんだろう。

 スマホの画面に映る自分の笑顔が、醜くて吐き気がする。


 いや。もうやめたい。こんなことしたくない。でも止まらない。


 張り裂けそうな心と笑顔で、自分はまた、誰かを傷つけようとしている―――――。


「あった!」


 不意に声がしたと思ったら、目の前からスマホが消えた。

 前を見ると、赤い髪の男が、自分のスマホを握っている。


 ここは学校の敷地内でも端っこの庭園だ。ほとんど誰も来ないような場所で、自分だけの隠れ家的な場所だったのに。


「……返して」


 自分でも驚くほど掠れるような声だった。ほとんど人と話すことをしていなかったから。学校では、いつも声を押し殺していて、会話する人などほとんどいないのだ。


「……返してよ、私のスマホ」

「ごめんなさい、ちょっと借ります!」


 男の陰から現れたのは、噂の立花愛だ。という事は、この男はもしかして、あの綴編の男子だろうか。


「あ、画面切れやがった!」

「靄も、一緒になくなっちゃった!」

「あの、私のスマホ……」


「おい、アンタ!」


 男の人が、自分の肩を掴んだ。


「ひ、ひゃい!?」


「……頼む、このスマホ開いてくれ!」


***************


「あ、あの、篠田さん。ちょっといいかしら?」

「……平等院先輩?」


 校門前で、十華は篠田に声をかけた。だが、その後の言葉が出てこない。その様子に、篠田は目を細めている。


「……なんですか? 私もう、帰るんですけど」

「え、ええと、その、ね?」


 学校から出そうで慌てて声をかけたものの、内心非常にテンパっていた。


(……呪われて狙われてるなんて、言えるわけないじゃない!)


 大体、自分も半信半疑だというのに。十華本人も、呪いが見えるわけではないし、愛と安里がすこぶるまじめに話しているからそういうものなのだろうと思ってはいるが、信じ切れない自分がいた。


「……え、ええと……その……お茶しない!?」


「……すみませんが、さっきカフェに行ったばかりです。というか、先輩もいたじゃないですか、その場に」

「えっ!? あっ、そうね!?」


 十華は非常に困ってしまった。そもそも、彼女は篠田と特段付き合いがあるわけでもない。


「……用がないなら、私帰りますね。お見舞いに行かないといけないので」

「お見舞い?」

「……私のせいで、みんなに大ケガさせちゃったので」


 篠田の顔がうつむいた。蓮を襲って、返り討ちに遭ってしまった護衛たちの事だろう。かなりひどい有様だったことは、十華も聞いている。死んでいないのが不思議なくらいなのだそうだ。


「……そうね、その、紅羽くんの事なんだけど」

「?」


 十華は、大きく息を吸った。


「……私も大っ嫌いよ、あんな男!」


 校門前で、大勢がざわめく。

 篠田は、ポカンとして十華を見た。


「粗暴だし、品もないし、おまけに私の幼馴染の立花さんとべたべたくっ付いているし! 全く持って気に食わないわ、私って、あんな男……」


 十華の脳裏に、後藤に頭を下げる蓮の姿が浮かんだ。一瞬だけ笑い、改めて叫ぶ。


「大大大大、大っ嫌い!!!」

「わ、わかりました。分かりましたよ。分かったので、あんまり叫ばないでください」


 篠田が周囲を気にして、慌てて十華の口を塞ごうとする。だが、彼女の身長では十華の口を塞げない。


「……反綴編過激派として、話、聞いてくれる?」

「わ、わかりましたよう。……じゃあ、お茶でも飲みながら聞きますから」

「ええ、ごめんね?」


 十華はにこりと笑うと、篠田を連れてカフェテリアに戻っていった。


(……時間は稼いでるからね。早く終わらせなさいよ? 紅羽蓮)


 夕方に差し掛かる空を見ながら、十華は心の中で檄を飛ばした。

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