1-ⅩⅩⅣ ~突入、桜花院女子高(2度目!!)~
一台の車が、特進科校舎の前に止まった。黒塗りの高級車である。
運転席にいた女が、後ろのドアを開ける。そこから先に出てきたのは、紅羽蓮だった。
そして、その後に、でっぷり太った男が現れる。
「……行こうか、紅羽くん」
「……うす」
二人は特進科校舎の入口に着くと、受付のおじさんに声をかけた。
「綴編高校の安藤です。染井理事長とお会いする予定なのですが」
「……ええ、理事長がお待ちです。どうぞ」
おじさんは、不服そうに二人に入校許可証を渡した。
「どうも。ではいこうか、紅羽くん」
「うす」
蓮は、おじさんに軽く会釈をして学内に入る。
理事長室の場所は、蓮が知っていたので案内がなくても行くことができた。
ノックをすると、「どうぞ」という声がする。
「失礼します」
理事長室に入ると、染井と、篠田が待っていた。篠田は青ざめた顔で、こちらを見ている。
「ようこそ、いらっしゃいました。……紅羽くんも」
「本人は嫌がったのですがね。こういうのは当事者の意見も大切にしないといけないですから。無理を言って来てもらいましたよ」
(……別に、嫌がってねえだろうがよ)
蓮は、安藤の腰を後ろから小突いた。蓮のスマホ画面に、メールが入る。
『そういうことにしといてください』
安里からのメッセージだった。当の本人は、ブサイク面をかぶって目の前で笑っている。
どっこいしょ、とわざとらしく腰掛けると、安藤はじろりと篠田を見た。
「しかし、かなり大胆なことをされますなあ。見た目によらず」
そして、わざとらしく舌なめずりをする。篠田は身震いした。
「……生徒を脅かすようなことは、やめていただきたい」
「ああ、これは失礼。……では、本題に入りましょうかね」
安藤修二――安里修一が桜花院に来た理由は単純。もちろん蓮が襲撃されたことなど、彼にとっては微塵も興味が無い。むしろ被害的に考えたら、抗議を受けるのはこちら側だ。
なので、本題自体はちゃちゃっと終わらせる。そして、そのあと適当に理由を付けて、桜花院の捜査するのが目的だ。
「なに、こちらとしても、穏便に済ませたいのでね。事情を伺って、謝罪をいただければ一向に構いませんよ」
安藤はそう言って、ニカッと笑った。
そして、事情を篠田から聞く。彼女が義憤に駆られたこと、そして10年前の綴編男子による女生徒への暴行事件。さらには綴編の生徒の素行の悪さなど、枚挙しだせばキリがない。気づけば、綴編からの抗議のはずが、桜花院からの抗議の嵐となっていた。
「……お恥ずかしい限りですな。それは、重々反省せねばなりますまい。だからと言って、ウチの関係ない生徒を数で囲んで暴行というのは、いかがなものですかな?」
安藤がじろりと、染井たちを睨む。
「……こちらとしても、早く終わらせたいのですよ、この件に関しては。こちらも忙しいのです。レ●プの、それも10年前のなんて、蒸し返されても困ってしまいますよ」
そうして、安藤はやれやれと首を振る。
(おい、何考えてんだお前)
(まあまあ、もうちょっと付き合ってくださいよ)
安藤の後ろに立っている蓮がこっそり安里にメールすると、そう返ってきた。
「……学内生徒のモラルが心配ですな? もしや、「特定の個人を攻撃するような場所」というのも、あるのでは?」
安藤の視線が、不気味に篠田を捉える。
「ひっ……」
怯えた篠田の様子に、染井が我慢できずに立ち上がった。
「……いい加減にしてもらおう! これ以上、本校の生徒を必要以上に責めるのは!」
女性理事長らしからぬ、すさまじい覇気を伴った発声である。一瞬、蓮ですら面食らった。
「だいたい、暴行事件が過去の事だから蒸し返すな、だと!? ふざけるな、彼女は今も苦しんでいるんだぞ! 全然、過去なんかじゃない。今でも夢に見て眠れない時だってあるんだ!」
立ち上がる染井に、安藤は両手を上げた。
「……そうですか。そうですな。これは軽薄な発言でしたよ。それについては、こちらも謝らないといけない。……申し訳なかった」
そう言って頭を下げる。染井も我に返ったようで、慌てて座りなおした。
「……あ、いえ。こちらも熱くなってしまいました。そちらの紅羽くんを襲った件については、本校側としても謝罪いたします。申し訳ありませんでした」
染井も頭をさげ、篠田も合わせて頭を下げた。これにより、桜花院、綴編両校は和解と相成ったのである。
「今日はありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ」
理事長室から出る際、頭を下げあう理事長同士。
その横で、篠田がじっと、蓮の事を見つめていた。
「……あの、いきなり襲ったことについては、謝ります」
「ああ、いいよ別に。正直、俺はそんなに気にしてないから」
「……今度からは、ちゃんと果たし状を用意してから挑みます」
「事前に言えばいいって話じゃねえだろ……」
蓮はがっくりと肩を落とした。このガキンチョ、言うほど反省していないらしい。
「……あ、そうだ。さっき、理事長が言ってた件なんだけどよ」
「……裏サイト、ですか?」
「おう。……ちょっとこっち来てくれ」
安藤が染井を引き付けている間に、蓮は篠田を身体で隠すようにする。
「……あんのか? 実際」
「……なんでそんなこと知りたいんですか」
「単純に、興味だよ」
蓮はそう言い、篠田の様子を窺うが、どうにも不服気だ。
蓮は息を吐いて、観念して口を開く。
「……俺が前、立花愛の護衛でここに来たのは知ってんだろ」
「ええ。噂になってましたから」
「あいつを襲っている奴の手がかりが、そのサイトにあるかもしれないんだ」
蓮は、篠田をまっすぐに見つめた。
「頼む、教えてくれ。……裏サイト、知らないか?」
篠田はじっと蓮の目を見返していたが、やがて根負けしたように視線をそらした。
「……綴編の人なんて、みんな悪い奴だと思ってましたけど。なんだか、紅羽さんは違う気がしてきました」
「え? あ、おう」
「……ありますよ。そーいうサイト」
篠田が、あっさりと言った。
「ホントか?」
「言っときますけど、私はやっていませんよ。悪口とか、そういうのをこそこそやるの嫌いなんです。嫌なことがあったら直接言います」
篠田は、そう言い切ってから、続けた。
「特進科はほとんどが中等部からのエスカレーターです。2年の時に先輩から紹介されました。あとは、普通科の人も一部使っている人がいるみたいですよ」
「入り方は?」
「基本的に紹介制です。……言っておきますけど、桜花院の学生番号がパスワードになってるみたいですから、紅羽さんでは入れませんよ?」
篠田の話だと、裏サイトに登録するには、管理人の許可がいるらしい。先輩から紹介されたアドレスに学生番号を送ると、その番号をIDとしたアカウントが発行されるのだそうだ。ちなみに、紹介もとに確認メールが来て、その確認が取れないとアカウントは発行されない。
「つまりは、ちゃんとした桜花院女子じゃないとダメってことですよ」
「そうか……」
蓮は、自分の腰くらいの高さにある頭に、無意識に手を置いた。
「ありがとよ。助かった」
篠田は顔を真っ赤にして、その手を払う。
「な、何するんですかあああああ!?」
「あ、悪い、なんかいい位置にあったから」
「…………もう!」
篠田は頭を押さえて、そのまま理事長室を出て行ってしまう。それとなく見ていた安藤は、ようやく染井とのおじぎ合戦を終えた。
「それでは、本当にそろそろ。行こうか、紅羽くん」
「……うっす」
そうして、蓮と安藤は、理事長室から出て行った。
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