1-ⅩⅩⅢ ~発行せよ、抗議声明文~

「おさき」にいた蓮と安里は、エクソシスト2人が出て行った後もその場に残って水を飲んでいた。


「いやあ、だいぶ事のあらましがわかってきましたよ」

「本当か? つーかお前、あんなもんと「同化」して大丈夫なのかよ」

「大丈夫ですよ。弱っていましたし」


 蓮は、安里が何をしたのかわかっていた。2年弱も付き合っているのだ。この男の能力はある程度把握している。


「さて。となると、早ければ今週中に決着は着きそうですね」

「マジか」

「そんなわけで、蓮さん。これから、桜花院に行きましょうか」


「……は?」


 安里の言葉に、蓮は首を傾げた。


「いや、俺、出禁なんだけど……」

「わかってますよそんなこと。でも、それは綴編の生徒だからでしょ?」


 安里は得意げに言って、スマホを取りだした。


「たまには、生徒のために理事長らしいことしないといけませんですからね」


***************


 桜花院女子校の学校全体に、電撃的なニュースが走った。


 なんと、綴編高校の理事長直々に、桜花院女子高等学校宛の抗議文が提出されたというのだ。


 その内容は以下のとおりである。


『令和3年5月20日

 

 私立桜花院女子高等学校

 理事長 染井桃子 殿


 私立綴編高等学校

 理事長 安藤 修二


       貴校における本校生徒への襲撃について



 拝啓 時下ますますご清栄の事、お慶び申し上げます。平素は格別のご厚意を賜り、まことにありがとうございます。


 さて、去る5月11日、貴校生徒より依頼を受け、特別措置として貴校への入校許可をいただいた本校の生徒が、下校時複数の男性集団に襲撃を受けるという事件が発生いたしました。

 幸いなことに、被害者たる本校生徒に大事はなかったものの、襲撃が貴校の生徒による企てであり、「本校の生徒である」というだけの理由でそのような凶行に走ってしまったことは、誠に遺憾であります。


 つきましては、当事者を踏まえたうえで、貴校にて詳細な説明を望み、謝罪と適切な対応をしていただきたいと存じます。


 なにとぞお取り計らいいただけるよう、よろしくお願いいたします。』


「な、何だ、これは……!」


 桜花院理事長の染井は、届けられたこの文書に、怒りを感じずにはいられなかった。


「あれだけの大立ち回りを演じておいて、抗議だと……!?」

「あわせて、色よい返事を得られないようなら、世間に公表するもやむなしとのことで……」


 文書を持ってきた教師が、狼狽した様子で付け加える。


「……だから、綴編の生徒など学校に入れたくなかったんだ……!」

「結局、トラブルになってしまいましたね……」

「もはや、綴編の生徒が何かするまでもない。反綴編の過激派が行動を起こしてしまえば、その事件はもはや隠しようもなくなってしまう……」


 染井は綴編に対しては敵意を持ってはいるが、それでも穏健派だ。過激派を抑えながら学校を運営するために、この学校の理事長は穏健派でなければならなかった。


「……ことを、荒立てるつもりはない。そう言っているんだな?」

「はい。当事者同士を交えて話ができるのであれば、と」

「確か、事件を起こしたのは1―Cの篠田くんだったな」


 染井の言葉に、教師は頷いた。そして染井は、観念したようにうつむく。


「……篠田くんを呼んでくれ。大至急だ」


***************


「なんだか、大変なことになってるわね。綴編の理事長と紅羽くん、桜花院にくるみたいよ」

「え、紅羽さんが?」


 朝1時限目が終わり、十華は愛と合流していた。次の時間の体育に向けて、体育館に移動していたのである。


「それに、綴編の理事長って、確か……」

「安藤っていうみたいだけど、お昼には来るんですって。かなり急よね?」

「安藤?」


 愛は首を傾げた。綴編の理事長は安里だったはずだ。わざわざ偽名を使っているのだろうか?


「ところで、わかっていると思うけど、あまり学校で話したりはできないからね?」

「う、うん」

「特進科と普通科同士で仲良くするのって、結構珍しいから。変に注目されちゃうし」

「わかってるよ」

「でも、なんかあったらすぐに連絡してよ!?」

「わ、わかってるってばあ。もう」


 少々、仲良くなって過保護になっているような。そんな風に思いながら、愛は十華から離れた。そろそろ、互いのクラスメートが体育館に来てしまう。

 そして、体育の授業が終わり、教室に戻ろうとした時だ。


(……あ、トイレ)


 ふと思い立ち、トイレに向かうと、愛の目に妙なものが映った。


(……黒い、もや?)


 締まっている個室の中から、黒い靄が漏れ出ている。ドアには鍵がかかっていたので、誰かが入っているのだろうか。


(……な、なんだろう)


 得体のしれない物に、心臓がきゅっと締まる。だが、この感覚は、何か見たことがある気がした。それも、つい最近に。

 恐る恐る、その靄を少し触ってみた。

 おぞましい不快感に、全身から汗が噴き出した。


「きゃあっ」


 思わず、尻餅をついてしまった。そして、その瞬間に、黒い靄はまるでそこになかったかのように消える。

 まるで、誰もいないみたいに。トイレの中は静寂に包まれる。


(な、何だったんだろう)


 不気味さに耐えられなくなった愛は、別のトイレを使うことにした。

 愛がトイレから出たしばらく後、鍵のかかった個室の扉が開いた。

 長い黒髪の女子生徒だ。眼鏡をかけており、無表情の彼女の心情は読み取れない。

 ただ、彼女の制服の裾から垣間見える手首からは、幾本の線のような傷跡が垣間見える。


 彼女の握るスマホの画面が、怪しく光っていた。 

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