1-ⅩⅩⅡ ~オカルトへのアプローチ方法~

「邪神ですか。それはまた、オカルトじみた話になって来ましたねえ」


 夕方、探偵事務所に帰ってきた安里たちに、昼の顛末を話すと、渋い顔でお茶を啜っていた。


「そういったアプローチは、なんとも」

「でもよ、こいつが呪われてたってのは間違いないぜ。はっきり見たからな」

「そうは言いましても、僕は見てないわけですし」

「あ、あの。安里さんが紅羽さんに「同化」すればいいんじゃ……?」


 恐る恐る愛が尋ねると、安里はふっと笑った。


「それができればいいんですけどねえ。僕が「同化」できるものって、実は再現可能な範囲があるんですよ。それで、この人の肉体強度はとてもじゃないけど「同化」できるような代物でないわけで」

「つまりは、無理ってことだな」

「そ、そうなんだ……。あ、じゃあ弟の翔くんは?」

「蓮さんとの約束で、彼の家族とは何があっても「同化」しないように決めているんです」

「だって、嫌じゃん。知り合いの中にこいつがいるんだぞ」

「まあ、気持ちは分かりますけど……」

「ともかく、俺がお前にこんな嘘つくメリットなんざないんだよ。だからホントだって」

「向こうが何かしらのトリックを使った可能性だってあるんですよ?」

「あ、あの! エクソシストさんたちは、私も本当だと思います。その人にキスされた後、私、すっごい調子がいいんですよ」


 肩こりもなくなったし、といいながら愛は肩を回した。朱部がなぜか舌打ちをする。


「……まあ、愛さんがそう言うなら、そういう仮定で進めましょうか。しかし、オカルトね。どう調べましょうかね」

「あと、何か邪神がいるかもしれないから、気を付けろってよ」

「気を付けて済む問題ですかそれ?」


 安里はそう言うと、考え込むように黙ってしまった。


「……ひとまず、愛さん。明日から学校に行ってみてはどうでしょう」

「え、いいんですか?」

「ええ。その呪い、とやらが消えたのであれば、襲われることもないでしょうしね」

「でも、あいつらはまだ呪いの元があるって言ってたぞ」

「そうですか。それなら、これを」


 安里がそう言って取り出したのは、黒く小さい箱だ。真ん中に小さな赤いボタンが付いている。


「緊急ボタンという事で。ピンチになったら押してください」

「はあ……」

「ひとまず愛さんの面倒は10円さんに見てもらいましょう。蓮さんは……そうですね。そのエクソシストさん、紹介してもらえませんか」

「ああ、わかった」

「僕と蓮さんで、その人たちに接触しましょう。それで、情報のすり合わせです」


 安里は蓮から名刺を受け取ると、すぐさま事務所の黒い電話を手に取った。


***************


「……まさか、1日で呼び出されるとは思わなかったぞ」


 翌日、「おさき」にてラブが呟いた。


 愛は既に桜花院に登校している。蓮と安里、そしてラブとアイニは、座敷のテーブルにて席に着いている。

「おさき」の亭主に頼んで、午前中の仕込み時間に入れさせてもらったのだ。


「ちょっと、僕も巻き込んでもらいたかったもので。すみませんね、朝に」

「いや、この少年の雇い主だということなら、構わんよ。……彼に、我々のことは話したのかね?」

「まあ、関わりありそうだったし」

「……我々のことは、あまりみだりに人に話さないでくれ。秘匿性が我々の力になるんだ」

「まあ、知ってしまったものは仕方ありませんよ。僕は安里修一です。よろしく」

「……ラブだ。エクソシストをしている」


 そう言い、安里とラブは「握手」した。続いて、安里はアイニとも「握手」する。蓮はドラマでハッキングするときによく見る、USBを差し込んで情報を盗む奴を思い出していた。


「それで、色々確認したいのですが……。まず、立花愛さんの呪いというものを解呪されたとか」

「ええ。私が昨日ね。だいぶ薄まっていたから解呪できたけど、多分本体相手では太刀打ちできないわよ」

「その、本体の悪魔……でいいんですかね。それは、そんなに強いのですか?」

「……恥ずかしながら。力及ばずで申し訳ない」

「いえいえ。それで、その「呪い」は、持ってきてくださいました?」

「……ええ。頼まれていたしね。はい」


 アイニはカバンから、黒い「呪い」が入った瓶を取り出した。「呪い」は昨日よりも小さくなり、弱弱しくもうごめいている。


「ほお、これが「呪い」ですか」

「もう、ほとんど力は残っていないわ。時間経過で劣化するタイプの呪いみたいね」

「なるほど。これ、見えるんですけど、触ったりできます?」

「触る!? ダメよ、そんなことしたら憑りつかれるわよ!」

「できない、というわけではなさそうですね?」


 ラブの顔に、冷や汗が垂れる。


「……まさか、最初からそのつもりで……!?」

「どうでしょう?」

「だ、ダメに決まっています! わざわざ呪われるなんて、見過ごせるわけがない!」


 ラブが頑なに首を縦に振らないので、やれやれと安里は立ち上がった。そして、ラブの横に立ち、何かを耳打ちする。

 ラブの目が見開き、安里の方を見た。そして、蓮の方を見やる。


「……本当ですか!?」


 安里の方を見ると、にやにやと笑っている。ろくでもないことを考えている時の顔だ。そして、こういう顔をしている時の安里の企みは、大体いつもうまくいってしまう。

 こういう時にだけは、安里には全幅の信頼を寄せられる。蓮は、ラブの問いかけに頷いた。

 ラブとアイニはしばらく考えこんでいたが、やがて観念したように頷いた。


「……わかりました。そこまで言うのなら。ですが気を付けてください、瓶から取り出すと、呪いは触ることができなくなります。瓶が結界になっているので」

「わかりました」


 安里はにこりと笑うと、瓶の蓋を緩めた。


***************


「……信じられないわね」


「おさき」から出たラブとアイニは、互いに顔色が真っ白だった。


 とんでもないものを見た。見てしまった。


「……あれは、邪神よりも恐ろしい存在かもしれんぞ」

「……そうね」

「本部に連絡して、彼をマークしてもらうように申請しよう」


 そう言い、ラブは本部へ連絡を入れる。

 だが、返ってきた指示は想定外だった。


「……な、何ですって!?」


 ラブは納得できず、思わず声を荒げる。


『だから、言ったとおりだよ。エージェント・ラブ。その件については、深く関わるな。ましてや、彼らに必要以上に干渉など、絶対にしてはならん』

「し、しかし!」

『これは命令だよ。君たちは引き続き、邪神の行方を追ってくれたまえ』

「待ってください! 本部では、彼の存在を認知しているというのですか!?」


 叫んだところで、通話は切れた。欲しい答えは、もう待てども返って来ない。


「……クソっ!」

「安里、修一……」


 アイニは、先ほどの光景を思い出して身震いした。


「……本当に、信じられないわ」


 瓶に手を突っ込み、安里が「呪い」を掴んだ後のことが、頭から離れない。


「まさか、「呪い」を消すなんて……!」


 アイニは、「呪い」の存在を感知することができる。愛の場合は弱っていたこともあり、至近距離でないと気づけなかったが、普通なら憑りつかれた者には、独特の気配があるのだ。


 安里の場合も、突っ込んだ物をしばらく掴んだと思ったら、普通の人同様に「呪い」の気配が発生した。


 だが、問題はその後だ。彼に憑りついている「呪い」が、急激に弱まっていったかと思えば、数秒のうちに完全に「消え去った」。


「な……っ!?」


 アイニは驚きの余り、声が出た。今までの解呪方法とは明らかに異なるものだ。


 そして、にこりと笑う安里修一は、ただただ得体が知れず、不気味であった。


「……彼、いったい何者なのかしら」

「安里もそうだが、俺は蓮も恐ろしかったよ」


 身震いするアイニの肩を、ラブが抱いて言った。


「彼は、安里が何かをしている時、欠伸していたんだ。我々が呪いを相手取る時、そんなことは絶対にありえない。ましてや、安里がやっているような得体のしれないことを見ている時は驚いたりするだろう。……だが、彼は、全く動じていなかった」

「何をしているのかわからなかっただけじゃないの?」

「馬鹿言え。昨日の彼の身体能力を見ただろう。一瞬で我々が制圧されてしまったんだぞ。……下級とはいえ、悪魔を相手に闘う我々相手にだぞ」


「じゃあ、彼は安里の正体を知っているってこと?」

「……その可能性は、否定できんな」


 いずれにせよ、だ。本部から必要以上の干渉は禁じられた以上、彼らと積極的に接触するのはよろしくない。情報を適宜提供する、という関係を保った方がいいだろう。


 それに、彼らと一緒にいたら、自分が自分でなくなりそうで恐ろしい。


 ラブは再び身震いした。

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